第34話:買収 ~帳簿に狂いなんてない~

「じゃ、情報を共有したところで話を進めるけど、二つ目のニュースね」

 章はすました顔で続けた。

「インフィニティ(株)が、アライヴ(株)の買収を発表したんだ。今日の昼三時に」


 スマートフォンを探った裕が、章と多賀に画面を見せる。

「経済紙の電子ニュースにもなってるらしいね。短い記事だけど」

「そうそう。確か、インフィニティ側がアライヴに買収を持ちかけたらしい」


「……えーと、インフィニティ、ってどこでしたっけ?」

 アライヴの方は、今回追っている廣田が代表取締役をつとめる企業だ。

 そのアライヴの関連の企業名だったことは覚えている。


「アライヴより、ちょっと大きな女性服メーカーだよ。

そして例の『帳簿もどき』で唯一、粉飾が全くなかった企業でもある」

「……あ、そうでした」

 秘書役を務める多賀は二人から預かった鞄をぎゅっと抱え直した。


「あれから色々考えたんだけど、インフィニティの件、違和感があってね」

「どのあたりが?」

 浮かないように人並みに料理を楽しみながら、裕が小さく首をかしげる。

「女性服メーカーが紳士服メーカーと取引なんかするかな?」


「俺もそう思ったけど、俺らは自動車業界のことしか分からないだろ。

 服飾業界では、ありえることなのかもしれない」

 そもそも、そういう発想に至っていなかった多賀は、黙ってやり過ごす。

 多賀より数センチ背の高い伊勢兄弟は、多賀の頭上で言葉を交わしはじめた。


「でも、アライヴの場合、同じ服飾メーカーでは、インフィニティと最も取引額が多かった。表帳簿でも、裏帳簿でも。

それ、インフィニティ側からの買収の打診と関係あるんじゃないか?」

「関係あるって、アライヴとインフィニティ間の取引の有無が、ってこと?」

「それもあるけど、粉飾の有無もある」


「あのう、その二つが有るのと無いのではどう違うんですか?」

「これは推測だけどね……」

 章が多賀に向かって軽くウィンクした。

 多賀が女ならば、惚れているんだろうなと思う。

 こんな章を振るナオという女、やはり只者ではない。まあ、廣田だって章以上の粋な演出など得意そうだし、おまけに章よりイケメンだという理由が大きそうだが。


「買収の打診があるとしたら、とりあえず一年以上前だろうね。

僕は二社間の取引が行われるとしたら、その時点からじゃないかと思う」

「なるほど、だから、インフィニティとの取引だけは粉飾決算が無かったのか」

 どのあたりが「なるほど」になるのかわからず、多賀は眉間にしわを寄せた。


 見かねてか、裕がそっと多賀に耳打ちする。

「……買収となると一大事だろ? 両社共に、相手にはとても気を配る。

そんなタイミングで帳簿に狂いが出てみろ、粉飾がバレる可能性が高くなるだろ」

「なるほど、理解しました」


「あと『帳簿もどき』の粉飾額がここ最近少なくなってたのも納得だよね。

買収されるとしたら、評価額を上げなきゃいけない。業績を悪く見せかけてなんかいられないもんなぁ」

 そういえば、捜査二課に解析を押し付けた章が言っていた気がする。

 最近、裏帳簿と表帳簿のズレが少なくなり、ここのところはほとんど無い、と。


 多賀の心臓が高鳴るのは会場の熱気に酔ったせいではなかった。

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