4. 記念パーティーの動乱
第30話:宴会 ~セキュリティには抜け目ない~
前回の合コンも庶民である多賀の心臓をつつくような優雅さを誇っていたが、この熱田重工の80周年記念パーティーは別格だった。
連邦第一ホテルの宴会場は、今日のためにワンフロア丸ごと貸し切ってあった。
エレベーターを降りるとすぐ、熱田重工の担当者が来賓を出迎えると同時に招待状を確認している。
単に名簿と対応させるだけでなく、社長秘書と雑談を交わしながら出迎えられるのだから顔パスと同義である。
この中に外部の人間が紛れ込むのは、警察だろうが不可能に近い。
「でも、セキュリティが一種類しかない時点で対策は立てられちゃうのに」
見事に会場入りを果たした多賀の肩を、裕が優しく叩いた。
諸事情で章はまだ来ていない。それでも、こいつは秘書だという裕の一言は呪文のように効いた。
「まあ今回は強固なセキュリティを用意することは重要じゃないから、弱点を克服する意味もないけど」
好きに食べな、と裕は会場をぐるりと指す。
立食形式の実物を初めて見た多賀は、ドラマそのままの光景に息を飲むしかない。
「とりあえず廣田の動向だけ確認させてださい」
「……仕事熱心だねぇ。俺なら素直にご飯食べちゃうけどねぇ」
というより、食事も仕事の一環であるという状況に多賀が慣れていないという方が大きい。
廣田は既に会場にいた。
前回と同じく洒落た格好をして、知り合いらしい男性と談笑している。
「どうする? 何かスってくる? 」
章と違って裕は真顔で冗談を言うから、多賀はいつも一瞬戸惑う。
「……いえ」
しかし、先日春日が言ったとおり、廣田が獲物になりそうなデータを持っているならばそれを狙いたい気持ちはある。
「あとで探りくらいは入れようかと思います」
獲物を見定める程度なら、この会場のように混雑していない場所でも相手に気づかれない自信はあった。
「章はあと二時間もしないうちに来るだろうし、章が来てから動いても全然遅くはないよ。俺は知り合いの人たちに挨拶してくる」
言うと、裕は人々の輪に飛び込んだ。
とりあえず、多賀は秘書のつもりで、裕の後ろについておく。
その間、若干暇になったこともあって多賀は会場の人々を観察し始めた。
皆似たような服装ではあるが、中身は多種多様である。
その中でも、廣田はデザインセンスに長けていたからか少々目立った。さすが、服飾ブランドを展開するだけある。
廣田の話し相手はいつの間にか変わり、中年の男になっていた。
離れているから会話の内容は当然分からないが、歳下の廣田の方が立場が上のようにみえる。相手は廣田側、つまりアライヴの人間なのだろう。
そこまで眺めたところで、話の輪から離れた裕から声がかかった。
多賀は廣田から目を外そうとして、はっとした。
「待ってください、裕さん」
「どうした?」
裕は廣田の方に目を向けた。
「あの人のスマホが……」
眼鏡をかけてなお、多賀ほど目の良くない裕はじっと目を凝らす。
「龍平が今触ってるスマホのこと? それがどうしたんだ」
「合コンの時に持ってたスマホと違います」
裕が多賀の方を振り向いた。
廣田のスマホは、黒いケースに包まれている。
前回、多賀が見たスマホとは外観がまるで異なっていた。
「あれ、春日さんが言ってた、ナオさんの黒いスマホじゃないですかね?」
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