第29話:前兆 ~タダ飯だから気が抜けない~

「……これ全部、熱田重工のパーティーで解決しなきゃいけないんですか?」

 言葉が見つからなかった多賀が、単刀直入に尋ねた。


「無理だろ。解明できたとして、せいぜい、一つか二つじゃないの?」

「ですね。こんなの、丸ごと片付けようとするものじゃありません」

 質問を切って捨てた裕に、三嶋が同調した。

「ナオさんがパーティーに出席するわけないんですから、ナオさん方面の疑問は、解決できたら奇跡ですよ」


「むしろ、パーティーのせいで、話がややこしくなるかも」

 鷹揚に頷く面々に、一人焦る多賀は取り残されている。

 伊勢兄弟や三嶋たちには、状況以上に余裕があるようだ。


「まあ、本来のパーティーの目的は、新たな証拠探しっすし、話がこんがらがるのは不可抗力っしょ。俺は、証拠や情報を集め回るのが先だと思うっすけどねぇ」

「ま、実際に集められるかどうかは別の話やけどな」

 諏訪と春日が、女子よろしく、ねー、と顔を見合わせる。

 長身の二人にはあまりにも不自然な姿だが、状況が状況なので誰も何も思わない。


「狙うとしたら、廣田の仕事周りの情報かなぁ」

「あとは、廣田の部下が粉飾決算に関わっているかどうかっすね。

関わっていようがいなかろうが、とりあえず、パーティーに連れてくる程度の身近な部下くらい押さえておいても損はないっすよ」


「うーん、廣田が仕事のデータなんかを、丸ごとパーティーに持ってきてくれていたら、多賀が全部スってくれんねんけどなぁ」

「春日さん、いくら僕でも、そんなデカい物をスるのはちょっと無理ですよ」

 春日がぶっ飛びそうな兆候を察した多賀は、念のため釘をさした。


「えー、ええやん、なんとかスってくれへん?」

「そもそも、データを持ってくるわけないのに、そんな技術が僕にあるって仮定するのは無意味ですよ!」

 春日は、冗談にマジになるなと多賀の主張を一瞬で流した。実に理不尽である。


「あのう、そもそも、今度のパーティーに僕は行く前提なんですか?」

 例の合コンですら、結構気後れした。パーティーとくれば、多賀には相当きつい。

「行きたい?」

 眼鏡を光らせて、裕がにやりと微笑む。


「いえ、僕はどちらでも……」

「じゃあ行こう! こないだのタキシードをまた着てくればいい。

 新しいシャツを送るから、それを着ておいで」

「そうだね、またタダ飯くらいの感覚でいけばいいさ」


 いつの間にか、ピリピリした空気は立ち消え、ミーティングは平和に終了した。伊勢兄弟は本社へと帰り、パーティー当日まで姿を見せることはなかった。

 雑に梱包されたシャツが多賀の元へ届いたのは、パーティーの前日である。

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