第28話:指示 ~三嶋の笑みには隙がない~

「嘘をついてる……としたら、結構疑問点が出てくるっすよねぇ」

 かなり驚きながらも、春日の説明をおおよそ飲み込んだ諏訪が呟く。


「まず、背後にいるのは誰か、ってことっすね。

あと、ナオさんがどういう目的で嘘をついているのか、そもそもナオさんはどうしてタレコミをしたのか」

「互いに複雑に絡み合ってそうですねぇ」

 三嶋が曖昧に笑って頭をかく。


「『背後にいるのは誰か』ってのは簡単じゃないの? 龍平だろ?」

「いや、そんなはずはない」

 裕ののんびりした言葉を章が叩き切った。

「奴のスマホカバーは黒じゃない。えんじ色の革の手帳型ケースだった」


「じゃあ別人ですね。彼女が触ってたのは、手帳型やなくて普通のプラスチックカバーでしたし」

 唯一、ナオのスマートフォンを見た春日が証言する。

「それに、廣田が背後にいていながら、ナオさんにガセのタレコミをする意味もありません」

 メモを細かく取っていた三嶋が春日の言葉に頷いた。

 

「普通、自らの会社に疑いをかけるようなタレコミなんてしませんし、廣田には、少なくとも『帳簿もどき』のようなモノを作る程度のやましさはあるわけでしょ? もっと疑いがかかったらマズいですよ。株価下落の元ですし」 


「……ほんと、誰なんだろうなぁ」

「第三者じゃないっすか?」

 ため息交じりの裕のつぶやきに、冷静に返したのは諏訪だ。


「……第三者か」

 不自然ではない。むしろ、有力な仮説だ。

 とはいえ、

「余計な奴が絡むと、めんどくささが増すから嫌だなぁ」

 というのが本音である。


「あのさ、『帳簿もどき』で思い出したんだけど、実は、二課の人に例の『帳簿もどき』の解析を頼んだんだ」

 章が、一瞬できた静寂に話題を滑り込ませてきた。


「おい待てよ、あの案件を県警にバラしたのか」

 裕が驚いて立ち上がった。

「うちに捜査が入ったらどうしてくれるんだよ」

「安心しろって、二課の人にはうまく誤魔化しておいたから」


「なんで私の部下を勝手に使ってくれるんですかねぇ。事件に関係ないことで人の部下を酷使するのはやめてください」

 三嶋が隙のない微笑みに不快感を滲み出そうが、章は全く気にしない。


「いや、また謎が増えるという点で関係あるぞ」

 章が意味深に微笑むのと入れ替わるように、面々の顔がこわばる。

「あの帳簿もどき、普通の裏帳簿じゃなかったんだよ」

「といいますと?」


「普通、粉飾決算ってのは、実際より経営状態をよく見せかけるもんなんだ。

株価も維持できるし、銀行にも信用してもらえるしな。

だから、裏帳簿は表の帳簿より額が低くなりがちなんだよ。でも、この帳簿は違う」

「実際より、業績を悪く見せかけていた、ということですか?」


「正解」

 章はウィンクを多賀に飛ばす。

「それ、暗号を変えたんじゃないの?」

 裕の指摘に章は首を振る。

「表と裏で全く同じ金額だった企業があるから、多分暗号の方は変わってない」


「それ、どこ?」

「株式会社『インフィニティ』だよ。

 ……例の次男の『アライヴ』よりちょっと大きい女性服メーカーね」

 章は、諏訪と多賀と三嶋がぽかんとしたのを見て、その企業の説明を付け加えた。


「一年前から、インフィニティの記録だけ、表と裏で金額が全く同じになってね。

まあ、別にそれ以前も別段粉飾されてるわけでもなかったけど。

それに、一年前から、全体的に粉飾が減って、最近ではほぼ表と同じになってる」


「一年前といえば……」

「ナオちゃんが、龍平への違和感があった、と言ってた時期じゃないか?

『四年前から一年前まで』って言ってただろ」

 裕の言うことはもっともだったが、だから謎が消えるわけでもない。


「一年前に、何があったんでしょうね」

 三嶋は余裕がありそうな口ぶりだったが、心なしか強がっているようだ。

 こんな三嶋は初めてだった。


 机の下で握った拳の中に、薄く汗をかいているのを多賀は感じた。

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