第26話:束縛 ~話に整然性がない~

 行く末を案じた春日は質問の予定を変えることにした。しかし、中身は考えていないので、ここから先はエチュードアドリブだ。


「……どうして、情報提供していただくに至ったか、お伺いしても?」

「四ヶ月ほど前に、急に別れろって言われたんです!

 あまりに理不尽だったので、仕返ししてやりたくて!」

 あんたの浮気が原因だろという言葉を春日は飲み込む。まあ、ナオも抗戦したようだし、実は浮気ではなかったのかもしれないが。


「……個人的なことを聞いてしまってすみません。次に、どうしてインサイダーだと石井さんが思ったのかについて、お聞かせ願いたいのですが」


「あの頃、ずっと誰かと、こそこそラインをしていたんです! 

浮気かと思いましたが、別にその人と会っている様子もないので違うと思いました。

……会社の中での浮気なら可能でしょうけど、その様子は無いと社員の人に言われましたし」


 廣田のことを興奮気味に言い立てる彼女を見て、ああ確かに束縛が強そうだと春日は直感した。

「なるほど、ありがとうございます」

 春日はさらに質問を重ねる。


「プライベートな話が続いて申し訳ありませんが、そのときあなたは、廣田に、浮気しているのではないかと言いましたか?」

「ええ、スマホを見せるよう言いました」

「廣田の反応は?」

「仕事の相手だと言って、スマホを見せてくれました。内容はわかりませんでしたが、仕事のやり取りに見えました」


「その相手の名前などは見ましたか?」

「スマホにメモを取ったので、見てもいいですか?」

 春日が促すと、ナオは足元のカバンから、黒いケースに入ったスマホを出した。

 

 慣れない手つきでだが、ナオは、一人ひとりの企業名と個人名を的確に返していく。春日の知る、服飾業界の有名企業とその重役であろう人物の名前が連なる。

 録音を悟られてはまずいので、春日はメモを取るふりをした。

 ツッコミどころもケチのつけようもない、見事な回答だ。


 しかし、春日の疑念はさらに深まるばかりである。

 

「本日はありがとうございました。また、ご協力を依頼することがあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」

 さらにいくつか質問を交わし、春日は笑顔で頭を下げて、ナオを見送った。


 小部屋の扉が閉まり、一人パイプ椅子に腰掛けた春日は、思わずため息をついて、先刻の笑みとは全く違う爽やかな笑みをこぼす。

「あの子を狙うのはあかんな」

 独り言を言うつもりはなかったが、つい口をついて出た。


 春日には確信があった。

 ナオの裏には、誰かいる。

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