第25話:聴取 ~証人だから手が出せない~

 廣田の元婚約者であるナオに連絡を取り、彼女が県警本部に来ることになったのは、伊勢兄弟が帰ってから一週間ほど、日曜日の午後である。


 兄弟が寄越したメールは短いものだったから、ナオの聴取を担当する春日の負担は大したものではない。

 しかし、「こちらが何を訊きたいか悟らせるな」と、章から厳命が出た。

 本命の質問を、どうカモフラージュするか。

 仕事とはいえ、それをいちいち考えねばならんというのが春日には面倒くさい。


 諏訪は気楽にやれと言うが、自分が関わり合いになりたくないのが見え見えだ。


 女の子との食事をキャンセルしてまで計画を練った春日は、少々うんざりしつつ、しかし女の子と話せることに期待しつつ、手配した小部屋に赴いた。


 ナオは、時間丁度に現れた。

 彼女の顔を確認した春日は、そっとポケット内のレコーダーのスイッチを入れる。


 伊勢兄弟の話と三嶋の憶測から、ナオの人物像として魔女のような女を想定していたが、予想は完全に外れていた。

 黒髪ボブカットの清楚系で、三十路のはずなのに若々しい。


「本日は、県警本部にまでご足労いただき、ありがとうございます。

 いし井奈緒いなおさんですね」

 ふだんの関西弁を完全に封印し、春日はナオに茶を出しながら優しく語りかけた。

 情報を出してくれる貴重な人間なので、扱いは丁寧である。


 はい、と返した彼女は、やはり清楚そうに見える。足元にバッグを置いた彼女がゆったりと腰掛けると、ただのパイプ椅子が急に豪華に感じられた。美人だ。

「今回、お話を聞かせていただく春日と申します」

 

 春日は微笑んで彼女と目を合わせ、一礼してみせる。ナオの視線は、自分に釘付けだった。自惚れでもなんでもなく、多少好意を持たれているのには違いない。

 事件が終わったら、プライベートで彼女に声をかけてみようと春日は決めた。


「株式会社アライヴの件について、貴重な情報を頂いたのですが、いくつか確認したいことがございまして、ご連絡いたしました次第です」

 春日が前口上を並べていくのを、ナオはぼうっとした表情で聞いている。

 人の話聞いてんのか、と内心で毒づくが、元役者の意地で、顔には全く出さない。


「石井さんは、金融関係にはお詳しいのですか?」

「いいえ。私は文系でして、数学の関わる分野はちょっと……」

「お仕事は?」

「高校で国語教師をしています」

 ナオは、京都の進学校の名をあげる。伊勢兄弟の出身高校だから、彼女は自らの母校に勤めている形だ。


「それはそれは、遠くからありがとうございます」

「いえ、今週末はこちらで人と会う約束があったものですから……」


「アライヴ代表、廣田龍平とは、いつからのお知り合いですか?」

 章の元カノだから、高校からだということは百も承知だが、建前上は知らないことになっているので、カモフラージュの質問を投げる。

「高校の時から、お付き合いしていました。こないだ別れたんですけど」


 ナオは平然と答える。そういう質問をされても嫌がらないあたり、やはり、外見から漂う繊細さとは裏腹な面がありそうだ。


「廣田の金回りが急に良くなったということですが、具体的にいつからでしょう?」

「四年ほど前から一年ほど前までです」

「どの程度変化した、とか説明していただけます?」


「いえ、それほど大きな変化では無いんです。例えば、すごくいい食事に連れて行ってくれたり、プレゼントを買ってくれたり。株価が下がってたりしたはずなのに」

「他には?」

「……車を買ってました。引っ越しもしていましたし」


 春日の顔が少しだけ曇る。いい予感がしない。

 しかし、ナオはそれには気づいていないようだった。

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