第24話:楽観 ~油断していて気付かない~

 廣田に直近で会える機会とはいえ、パーティーは二週間以上先である。


「で、しばらく暇になるけど、どうする?」

「ゆっくりしたら? たまには休憩くらい入れよう」

「……いいんですか?」

 多賀としては、まだ事件も解決していないのに、ほいほい休みを入れることに違和感があるのだが、伊勢兄弟はそうではないらしい。


「僕はちょっと本社に帰りたいなぁ。仕事たまってるし」

 章はさらりと薄情なことを言う。

「えっ、僕はその間どうすればいいんですか?」

「自分で考えろ」

 配属されて一ヶ月の新人は目を剥いた。無茶な話だ。


「というのは冗談。向こうからでも指示は出すよ」

 真面目なタイプの裕が、冗談を言うと暴論にしか聞こえないから困る。


「まあ、二週間しかありませんし、いい機会だと思ってのんびりしましょう」

 三嶋まで伊勢兄弟に乗っかって楽観論を唱え始めた。

 いや、この二人がそこまで言うとなると、楽観論ではないのかもしれない。


「この二週間の予定を立てるとしたら、帳簿もどきの分析だな」

 『帳簿もどき』というのは、先刻の裏帳簿のことらしい。帳簿であるという証拠が無い以上、一応、裏帳簿と呼ぶのは避けているつもりのようだ。


「俺らは本社に帰るわけだし、捜査二課に帳簿もどきの分析を頼むとして」

「ちょっと待て裕、あの暗号を読める人間は、イセ(株)にしかいないだろ?」

 そんなことをすれば、粉飾決算をもみ消したことも、ついでに県警にバレる。


「じゃあ、それは俺たちがやる。あとは、ナオちゃんにもう一度話を聞きたいな」

「僕は絶対嫌だ」

 章が断固拒否の姿勢を見せる。

 自分を振って、より魅力的な男に逃げた元カノに顔を合わせたくないのだろう。

 気持ちはわからなくもない。


「でも、俺だって気まずい」

「誰が行く?」

 女性がいまいち得意ではない多賀は、小さくなってそっと諏訪の後ろに隠れた。


「それこそ捜査二課に振ろう」

「捜査二課の人たちにそんな雑用押しつけないでください」

 表向きは捜査二課所属の三嶋が釘を差す。

「なら、今諏訪の後ろに隠れた、多賀なんてどう? なんなら、諏訪でもいい」

 多賀の見立ては兄弟にバレていたらしい。


「春日だと女の扱いに慣れてるけど」

 ナオが地雷の多そうな女だと察した諏訪としては、春日に面倒ごとを回したい。

「ええよ。俺に任せて!」

 女性相手というだけでテンションの上がる春日は、二つ返事で引き受けた。


「どうも、春日。あとで、何を聞き出したいかをメールするからよろしく」

 伊勢兄弟は、帰省を終えて東京に戻る青年のような口ぶりで、さっさと情報課を後にした。


 二週間は、実に中途半端な期間である。しかし、廣田側には十分だった。廣田がその間に動き始めていたことに、もちろん兄弟は気づくはずもない。

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