第23話:帳簿 ~これは表の帳簿じゃない~

「……裏帳簿なんですか?」

 数字だらけどころか、数字以外が無いその表は、帳簿と言われない限り、とてもそう見えない。言い切るには説得力がなさすぎる。

「そうだよ。……なあ、裕」

 断言する章だが、表情が妙に固い。


「これと非常によく似た裏帳簿を、かつて見たことがある」

 普段から声の低い裕だが、急に声がいっそう低くなった。何か不吉なことでも思い出しているのだろうか。会議室の空気はとてつもなく重い。


「裕が就職してすぐだから、五年くらい前か。うちの事業所で、粉飾決算の裏帳簿が見つかったんだ。……仙台製作所だったよな?」

「そうそれ。その帳簿とまるで同じなんだよ。この表が」

 裕が画面をなぞる。一つ一つのセルを指し、日付だ事業所名だと述べていく。

 日付ではありえない数字の羅列なのだが、裕にはわかるらしい。

「同じというのは確かですか?」

 場の空気に同調するかのように、三嶋は冷静沈着である。


「揉み消すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ? あの暗号の形式は、忘れたくても忘れられない」

「えっ、揉み消したんですか?」

「そりゃそうだろ。とんでもないスキャンダルだぞ。

 僕が全責任をもって処理させられて、大変な目に遭った。証拠を残して、世間にバレたら首だ、入社したてなのに」

 輝かんばかりのコネを持つ章だが、それに伴う責任も多々あるらしい。


「……でも、形式が同じやとはいえ、それが裏帳簿やという証拠にはならへんのちゃいます? 裏帳簿に、定まった形式があるわけやないですし」

「だからこそ、ここまで似てると、裏帳簿だって言い切れるんじゃないのか?」

「微妙な範囲ですねぇ」

 絞り出すように三嶋が呟く。


「裏帳簿だったら、インサイダーじゃない可能性は高いんでしょうか」

「だと思うけどな。たとえ、奴本人が関与してなかったとしても、二種類の犯罪を同時にさばきつつ、合コンにも出られる、上場企業の社長なんていない」

「あるいは、龍平が全くの無関係か」

「あんな帳簿をスマホに保存しておいて?」

「スマホに裏帳簿なんか保存しませんよ、普通」

「未送信のメールにデータはあった。パソコンと共有している可能性もあるだろ」


 章は裕と三嶋と睨み合う。じっと鋭い視線が交わされていたが、根負けしたように章が息をついた。

「……そうだな、裏帳簿と考えるのは早計すぎたかもしれない」


「あのう」

 多賀が、小さく手を上げて恐る恐る割り込む。

「二つの裏帳簿を書いたのが同一人物という可能性は無いんですか?」

 はっと課員の顔つきが変わる。どうしてそれに気づかなかったのか、という悔しさも伊勢兄弟の顔から滲み出ていた。


「章、粉飾決算の奴、最後どうなった?」

「関わった人間を別の理由で全員解雇して、それっきりのはず。

 表沙汰にはできないから、単なるリストラと同じだ」

「簿記持ってる奴なら、再就職は可能かもな」


 伊勢兄弟は、しばらく考え込んでいたが、ふと同時に顔を上げた。

「次の機会に、もう一度証拠集めをしよう。答えを出すのはそれでも遅くない」

「龍平と俺たちが出会える、次の場所は……」

 裕は、予定のびっしり書かれた手帳をパラパラとめくる。


「熱田重工80周年記念パーティーだ」

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