第19話:意図 ~僕は高収入じゃない~
そのころ、多賀は女性たちにリードされるがままであった。
秘書、という、一見高収入とは思えない、面白い経歴を持つ青年である多賀を将来有望だと考えたのか、興味津々の女性は一人ではなかった。
実際は秘書でも高収入でもないわけで、それをなんとか誤魔化すとなると変わった経歴になるのは当然なのだが、彼女たちは多賀が高収入(になる予定の男)だと信じて疑っていない。
相手を騙しているような気がして、多賀はどうも落ち着かない。ここで素直に女性との会話を楽しめたら、今まで恋愛で苦労しなかっただろうに。
しかし、かなりハイレベルな合コンである。液晶を挟んで見ているのではないか、と思わず目をこすってしまいそうな美貌の彼女たちのトークは、多賀が想像してた会話の何倍もの魅力をあらわに、多賀を虜にしようとしている。
多賀の右に座る裕はこのような合コンに慣れているらしく、女性陣をうまくあしらっているが、多賀は楽しそうではあるが薄っぺらい会話がどうにも苦手だった。
これが章の言っていた「世話好きを装いたい女子」だとしたら、演技のレベルが高すぎる。もしも彼女たちの詐欺の標的になったなら、多賀は一発で騙されるだろう。なにせ、伊勢兄弟お墨付きの騙されやすさなのだから。
いや、こんな女性相手なら、知ってて騙された方がよっぽど幸せなのではないかとすら思えてくる。
ぎこちない笑顔で応対しながら、多賀の背中には嫌な汗がにじんでいた。
「多賀、ちょっと」
一瞬だけ見えたトークの切れ目をすかさず捉えた章から、助け船、いや呼び出しが入った。助かったとばかりに多賀は席を離れる。
「どう? 楽しくやってる?」
章は微笑みながら多賀に耳打ちした。
「ええ、まあ……」
「今、例の次男がトイレに立ったんだ」
多賀は章の隣席の空席に目をやる。明確に把握しているわけではないが、恐らくそこが廣田の席だ。
あんなに廣田を嫌っていた章が、今回廣田と隣同士になっても不快な表情を全く見せていない。恐ろしい演技力だ。いや、復讐心だろうか。
「あいつがトイレから帰ってくる時に、奴のスマホを持って帰ってくれないか?」
「わかりました。盗ったスマホはどうしましょう?」
警察官のする発言ではないが、あくまで多賀はスリ要員としてここに来ている。章の命には素直に従うことにしていた。
「画面の指紋を拭って、絶対に気づかれないように奴の懐へ戻せ」
「……了解です」
多賀は腑に落ちない顔をしたが、すぐに真顔に戻って返事する。
上官の意図がわからなくても命令には従う。でなければチャンスを逃す。
警察官の捜査の鉄則だ。
多賀が自席に戻ろうとした時にはトイレから廣田が出てきていた。
裕にお手洗いだと声をかけ、多賀は廣田の方へ向かった。
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