3. 緊迫の合コン
第18話:晩餐 ~マクドナルドは現場じゃない~
そして、翌週の日曜日。
伊勢兄弟と多賀の待ち合わせ場所は、合コン会場となるホテルの向かいのマクドナルドである。指定したのは多賀だ。
「……なんか、これから行くところと随分格差があるね」
カジュアルとはいえ礼服姿の伊勢兄弟は、居心地があまり良くなさそうである。
多賀も当然礼服で、周りからの視線がすさまじいが、意に介する様子は全くない。
「僕、緊張して緊張して」
「今コーラなんか飲むと、後でしんどくなるぞ」
「いいんですよぉ、どうせ僕は合コンなんか無理ですからぁ」
「え、もしかして酔ってる?」
「酔ってません!」
精神が参っているだけである。
「ただ飯を食べに行くと思えばいいじゃないか。な?」
「でも、仕事は仕事ですよう」
「仕事と言っても、女の子と話して、龍平のスマホ取るだけだぞ。
いや、無理そうなら、取らなくたっていい。様子見だけでもいいんだ」
「スマホはいいんですよう、女の子が無理なんです」
生真面目な多賀が、女子みたいな嘆き方をするのは、どこか面白みがある。
「そっちかよ!」
「……女子という生き物が苦手なのはわかったけど、時間ないぞ。
仕事だと思って諦めろ」
ついさっきまで、ただ飯などと言っていた癖に変わり身が随分と早いが、正論ではある。多賀は、中身の残ったコーラのカップを持って、渋々席を立った。
「ま、実際店に入ったら乗り気になるもんさ」
章は楽観的に言い、裕を携えて、多賀をお目当てのレストランに引きずり込んだ。
章の見立ては当たっていた。
慣れない高級ホテルの洒落たレストランに、はじめ戸惑っている多賀だったが、幹事だと名乗った男と顔をあわせ、思っていたより優しくされ、可愛がられると、ついさっきまで悪かった顔色がみるみるうちに戻った。
「ご飯楽しみです!」
さっきまでの鬱状態はどこへ行ったのか。
「……落ち着いたならいい。例の次男が来たら裕が言うから、マークしておけよ」
章は袖を整えながら、合コン幹事である先輩の元へ去った。
裕は、用意された椅子の一つに勝手に座り、辺りを見渡している。
多賀もならって、隣の椅子におそるおそるかける。
暗めの照明の下、合コン参加者らしき男女がポツポツと集まっていた。
座席の規模から考えるに、男女七対七くらいになりそうだ。
男側の年収と年齢を考えるとかなり多く、どちらかというと、豪華な食事会という方が近い。
「あ、もう龍平来てんじゃん」
眼鏡の下で目を細めていた裕が、入り口近くの若い男をそっと指差した。
「あれが、廣田龍平。覚えられそう?」
ゆるくかかったパーマ、繊細に整えられた髪、カジュアルに崩したグレーのジャケットを羽織り、微笑みを絶やさない。小洒落た男、というのが第一印象である。
廣田は二人の女性と談笑したのち、スマホをしばらく触っていたが、すぐにジャケットの内ポケットにしまった。
「覚えました」
睨みつけるように目を細め、口元に不敵な笑みを浮かべて多賀は頷いた。
普段の人畜無害そうな表情は何処へやら、急に大人びて見える。
ジャケットの内ポケット。厳重そうに見せかけて、スリにとっては、外見ほど難易度は高くない。
スっては返し、またスっては返したとしても、多賀の腕前で気付かれることなどありえない。
多賀の初仕事は、ずいぶん幸先が良さそうに見えた。
それが裏切られたのは、合コンが始まって一時間後、情報課の面々が動き出して三十分後のことである。
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