第11話:嫌悪 ~知り合いだけど問題ない~

「知り合いですか。やりにくければ、降りますか?」


 三嶋が眉をひそめた。

 いくらコネを武器に事件を捜査する情報課でも、直接の知り合いが捜査対象となると流石にまずい。

 しかも背広をオーダーするほどの深い仲ならば、捜査の邪魔、あるいはかえって泥沼になる可能性もある。


「全然平気だよ。むしろノリノリ」

 しかしゆたかはけろっとした顔で資料をひらひらと振った。

「親同士が仲がいいんで、付き合いでスーツ作ったんだけどさ。子供同士はいまいちなんだよね。特に、章と龍平は同じ中高の同級生だけど仲は最悪」

「そ、そうなんですか?」

 なんだか不穏なものを感じる。多賀はどう答えればいいのかわからず、裕からそっと目線を逸らした。

「なんというか、仲が悪いわけじゃなくて、俺たちが一方的に龍平を嫌ってるというのが正しいんだけどね」


 面々が困惑しているのを察したらしい裕は、今から章に連絡を取ると言って、三嶋が止めるより前に電話をかけ始めた。

 数コールで電話を取った章は、しばらく裕の話に相槌を打っていたが、廣田が捜査線上に上がっていると知ると、

「僕も捜査に入れろ! 仕事早退してくる!」

 うわずった声で叫んだ。


 スピーカーで会話を聞くメンバーは、呆れ半分、恐れ半分の表情だ。多忙なはずの章がここまでやるとは。廣田龍平という男、章と仲が悪いどころか相当な恨みを買っているらしい。

「それにしても、あの次男が捕まるとしたら詐欺だと思ってた。意外だな」

 電話口で章がぽつりと呟く。多賀を陥れたスリの時と同様、章は嫌いな人間を名前では呼ばないらしい。


「執行猶予ついたら嫌だな」

 伊勢兄弟の会話の内容はヒートアップしつつあった。

「いや、この資料を見る限り、頑張れば実刑にして刑務所にぶちこめるかも」

「マジかよ。いつか、何かやっちゃうと思ってたけど、結構早かったなぁ」

「刺される方が先かなと思ってたけど、外れたね」

「親兄弟はまともなのにな。気の毒すぎる」


 兄弟の会話を聞くに、章からも裕からも相当嫌われているようだ。

 一体何をすれば陽気な兄弟から恨まれるのだろう。多賀は捜査資料上の廣田の顔写真を眺める。


「とにかく、今から、仕事を明日に回す準備をするから。昼過ぎには出て、一時には行くよ」

 それまで話を進めすぎるなよ、と章は何度も念押しして電話を切った。


「ね、ノリノリだったでしょ?」

 裕は口角を上げて笑った。

「驚きました」

「ま、向こうは一方的に俺ら兄弟を、友達というか、都合のいい知り合いというか、そう思ってるみたいだけどね」


 裕は肩をすくめる。三嶋はこころなしか、ほっとしたような顔をしている。

 自分にはまるで縁のない交友関係の闇を感じて、諏訪は心中でおののいた。


「では、章くんが来る間に、とりあえず事件の概要だけ説明しておきましょうか? 章くんが来たら、彼に同じ説明をすれば問題ないでしょ」 

 三嶋は資料を広げる。多賀と諏訪も横からその資料を覗き込んだ。

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