第12話:廣田 ~そういう話はわからない~

「龍平は廣田服飾(株)に入ってすぐ、子会社と自分のブランドを作ったんだよ」


 今二九歳である章と廣田は同級生なので、今から六年前の話になるだろうか。

 裕の記憶だと、廣田は昔からファッションにうるさく、自らの独特の感性に誇りを持っていた。

 実際、廣田のセンスは良かったし彼の両親も認めるほどの腕だったから、すんなりとブランド制作にまでこぎつけたはずだ。


 そして、多少の山や谷はあったが、親の補助もあってか、彼の会社であるアライヴ(株)の経営は、二年ほどで波に乗り始めた。

 章や裕にとっては面白い話ではなかったが、廣田が(ずる)賢く、経営に向いた性格であるのは確かで、別段不自然な話でもなかった。


「裕くんの言う通り軌道には乗っているようですね。

 でも、所詮は中小企業です。大企業ほど、お金の流れはありません」

「けれども、両親の経営を見て育った龍平はそれでは不満だったんじゃないかと俺は見てる。龍平は焦ったはずだ。自会社の規模が、親会社の一割程度で安定してしまったからな。これが証拠さ」

 裕は山のような帳簿と資料の山をかき分け、幾つかの数値を指差した。


 曰く、設立三年次に当時の規模には合わないほどの多額の借金をして、経営規模拡大に力を入れ始めていたらしい。

 ある程度の功はなしたようだが、金額に見合うほどの効果ではないようだ。


「ああ、確かにこれは焦っているのが感じられますね」

「……そうっすか?」

 理系出身の諏訪にはいまいちピンとこない。


「多賀、お前文系だよな? こういうのわかる?」

「僕、文系は文系でも法学部です。インサイダー取引について、法律上のことならわかりますけど、こういうのはちょっと……」

「だよなぁ。仲間がいて良かった」

 諏訪はのほほんと笑う。


「でも、すぐに諦めたんでしょうか。一年くらいで規模拡大もやめて、広告費も大幅に下げてますね」

「龍平は飽きっぽいからな。でかい口叩く割に小心者だし、付き合わされる方も大変だろうな」

 何か思い当たる節でもあるのか、裕は眼鏡を拭きつつ、目をつむって懐かしそうに苦笑した。


「で、そのあとは大きな動きもなく、中規模アパレル企業としてそれなりに業績を上げながら今に至る、と。まあ、ちょっと欲を出したくなる規模ではありますね。不正に走る馬鹿も、全くいないわけではないでしょう」

「龍平ならそこでインサイダー取引に走っても、おかしくはないな。

 あの我慢強さというか我慢弱さなら、去年あたりからでも不正に転びそうだ」


 裕と三嶋は話にふける。

 しかし、多賀や諏訪は、やはりなかなか話についていけない。あちこちに並べられた資料をチラチラ見るしかなかった。

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