Mission2:インサイダー・パーティー

1. 容疑者は旧友

第10話:仕事 ~あいつは時間を守らない~

 多賀たがが情報課に配属されてから一ヶ月になる。

 

 その間、様々な押し問答、あるいは口論が繰り広げられたが、意外にも多賀は情報課が気に入ったらしく、まんざらでもなさそうに日々登庁していた。


 馬鹿正直に定評のある多賀は、指示されているわけでもないのに、毎日始業の一時間前から登庁し、清掃や文書整理をしている。

「おはようございます、諏訪さん」

 多賀の次に来るのは、だいたい諏訪すわである。

 元スポーツ選手なだけあって、雑な性格に似合わず時間には細かい方らしい。


「おはよう多賀。今日も早いな」

 多賀は褒められると伸びるタイプだ。


「今日は、かすさんが非番でしたっけ」

「そう。俺は午後から交通課。しまさんとゆたかさんは通常通り。あきらさんは、伊勢自動車の本社で仕事だから、今日はいない」

 言いながら、諏訪は制服に着替えはじめた。その間に三嶋がやってきて、同じく着替えはじめる。一気にいろいろ言われて多賀は覚えきれていないが、一応元気よく返事する。

 童顔である三嶋の着替えは、高校の体育を彷彿とさせるが、多賀は黙っていた。情報課の長がこの可愛らしい顔というのに、多賀はまだ慣れていない。


 情報課には女性が全くいなかった。入れるつもりも現時点ではないらしい。

 その理由のひとつは、女性を情報課に入れるとこの部屋で着替えができなくなることだと、多賀は先々週あたりに気づいた。

 机や荷物や資料やデスクトップが並ぶ情報課の会議室では、更衣場所を作るスペースさえ無いのである。


 ……他にもバカみたいな理由があるのだが、それは別の話だ。


「多賀くんも、かなり情報課に慣れてきたみたいですねぇ」

 三嶋は相変わらず丁寧な口調で多賀に語りかけてくる。彼の育ちの良さを多賀は痛感していた。

「おかげさまで」

「でも、情報課の仕事はまだでしょ。そんな多賀くんに、初仕事があるんですけどね」


「マジっすか?」

 眼鏡と顔を輝かせたのは諏訪だった。一方、多賀は浮かない顔である。

「僕に初仕事ですか?」

 この一ヶ月、過去の事件例ばかり伊勢兄弟や春日から聞いただけの多賀は、いまいちピンとこないようだった。


 無理もない。多賀のぽかんとした顔を見て諏訪は苦笑する。

 情報課での仕事は、ジャンルも規模も内容もバラバラで、話に聞いただけで仕事内容を把握できることの方がおかしい。


「企業系の事件をお願いしようと思います。

 なので、基本的には企業出身の伊勢兄弟に任せるつもりなんですが、多賀くんは秘書として補佐してもらいましょうか」

「承知しました」

 多賀は真面目くさった顔でうなずいた。


「どんな事件っすか?」

 諏訪が好奇心丸出しの顔で聞く。

「私は、あまり詳しく無い業界なんですが、廣田ひろた服飾株式会社ってご存知ですか? ブランド名は、確かNEIGEネージュフランス語で雪という意味です」

 三嶋は素晴らしく流暢な発音で言った。


「そういうのに一番詳しいのは春日だと思うんすけど、名前は聞き覚えあるっす。男物のブランドだったはずっすよ」

「僕も知ってます。友達がよく着てました。結構高級なブランドのはずです」

 三嶋は興味深そうに頷きつつ、鞄から資料の束を取り出した。多賀が資料を受け取って眺めていると、伊勢兄弟の弟の方、ゆたかが登庁してきた。始業を五分ほど過ぎている。


「重役出勤ですね、裕くん」

「俺は伊勢自動車の本社じゃ一応重役だ。問題はないだろ」

 眼鏡をさっと押し上げながら、裕は三嶋の嫌味をさらりと流し、三嶋の諸々の説明を受け、多賀と同じく資料を眺めた。


「裕さんは、『ねーじゅ』ってブランド、知ってるっすか?」

「知ってるもなにも、俺の今のスーツ、ネージュで仕立てたやつだよ」

 裕は背広の上着を脱ぎ、タグを見せる。確かに、廣田服飾・ネージュと記載されている。多賀には一生縁のなさそうな高級品だ。オーダーかもしれない。


「廣田服飾の次男と知り合いなんで、たまに買ってるんだよね。付き合い程度だけど。で、ネージュがどうかしたの?」

 三嶋は完璧な愛想笑いを崩さずに、資料を読み上げた。


「廣田服飾の子会社・アライヴの代表取締役社長、ひろりゅうへいにインサイダー取引の疑いがあります。証拠を押さえてください」

 裕は口笛を小さく鳴らした。


「廣田龍平か。俺の知り合いだ」 

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