2. ちょっと休憩

情報課の昼休み ~ここにはルールなんてない~

 県警の最奥にひっそりと存在するの情報課だが、その昼休みは、自由奔放である。

 備え付けの小さなテレビを見るもよし、スマホを見るもよし。県警庁舎にも関わらず、無法地帯になることも多いのが情報課だ。


 昨年度まで多賀たががいた滋賀県警は、昼休憩には当然自由が認められているものの、高校時代と同程度の規則はあったので、新人の多賀には少々落ち着かない。

 

 独身一人暮らし男がほとんどの情報課では、多くがコンビニ弁当かカップラーメンを食している。

 かすに至っては、ゼリー飲料と野菜ジュースで済ませている。

 野菜ジュースをチョイスするあたり、一応健康に気を遣っているつもりなのだろう。元舞台俳優としてのプライドが伺える。


「カップ焼きそば、うまいねぇ」

「毎日でも食べられるわ、俺」

 一方でプライドのかけらもないのは、自動車会社の御曹司である伊勢兄弟だ。早死にするぞと周囲からは思われてるし、伊勢兄弟もコンビニ弁当ばかり食う周囲のことを、早死にするぞと思っている。実際にはどんぐりの背比べである。


「……僕、お金持ちの人って絶対にグルメだと思ってました」

 多賀がぼそりと呟いたが、伊勢兄弟には聞こえていたらしく、二人同時に振り向いた。

「お金持ちじゃないよ。それに、金があるからって時間がかかる料理は食べられないよ。本社の人間はみんな寂しい食事だよ」

「せめて弁当ならまだいいんだけど、そういうわけにもいかないし」

 だが、いくら弁当を食べたくても、早起きして自分で作るのは面倒だ。


 しかし、一人だけ手作り弁当を食す者がいる。

しまさんって、いつもお弁当が手作りですけど、朝何時起きなんですか?」

 緑茶パックを潰しながら多賀が尋ねた。

「六時半ですよ」


「それで、そんなすごいお弁当ができるんですか?」

「いえ、妻が作ってますから」

「妻ァ!?」

 情報課の課長で階級が警部といえど、三嶋は三十歳手前で、おまけに童顔だ。私服では高校生に間違われ、散髪に行けば勝手に学割を適用される男である。

 妻どころか、女の影すらなさそうに見えるが。


「意外ですか?」

 三嶋がいたずらっぽく笑う。

「……ええ、まあ」

「三嶋は半年くらい前に結婚したんだ。新婚さんだね」

 伊勢兄弟の兄、あきらがコロコロ椅子を転がして、さりげなく多賀の元へやってきて耳打ちした。


「まあ、この歳になると、一応身を固めるべきかと思いまして」

 三嶋は照れてみせる。しかし周りの者は冷ややかな視線だ。

 いや、冷ややかというより、哀愁漂うという方が近いかもしれない。


「俺は三嶋と同い年だけど、彼女すらいない」

「僕なんか三嶋より一つ上なのに、見合い話すらない」

「俺は一応いますけど、自然消滅しかけっすね」

「多賀は?」

「遠距離になるからといって、大学卒業時に振られました」

 阿鼻叫喚の地獄絵図である。


「俺の場合、彼女が三人いるから、選ばなあかんねんなぁ」

 肩をすくめて言うのは、俳優の弟であり、本人も元舞台俳優の春日だ。

「……黙れ」

「……死ね」

「減らせよ」

 自ら周囲の地雷を踏みに行く春日は、おそらく鋼のメンタルを持っている。


「ええやぁん、おにゃのこと遊ぶくらい」

「なんだその言い方気持ち悪い」

「じゃあ、なんて言えばええの?」

「女遊びだろ」

「人聞きが悪すぎんねんけど」

 春日は頬を膨らませる。

 大人がする表情ではないが、美形なら許せてしまうのが不思議だ。


「倫理観が汚いのはいいですけど、業務に支障をきたさないでくださいね」

 完璧な愛想笑いを浮かべながら、三嶋が低い声でぼそりと呟く。

 顔と声の落差に、多賀は身震いした。


「業務に支障をきたすどころか、有名人の友達も増えてるんやで? むしろ、褒めてしかるべきやろ」

「女遊びして、どうやって有名人の友達を作るんだよ」

「今の時代はSNSや。合コンなんかでラインを交換して、そこからさらに紹介してもらうんよ。俺はこれでも芸能科の高校の出身やし、兄貴つながりもあるから、大学時代から有名人の合コンに混ぜてもらえたしな」


 春日は、スマートフォンの画面を見せる。SNSのホーム画面だ。春日のアカウントは、フォローフォロワー共に五万を超えていた。ツイート数も二十万近い。

「……春日さん、ツイ廃ですね」

「有名人って言ってくれへん?」

「呟きの頻度が僕の30倍ですよ。いくら有名人でも廃人です」

「多賀もやってるん? じゃあ、俺のアカウントと相互なろうや」 

「あ、お願いします」

 春日は多賀を丸め込み、二人で盛り上がっている。ちょろい。


 一方、ここ最近女とまるで縁がない伊勢兄弟は、春日たちの輪から少し離れて、コーヒーを飲みつつため息をついていた。

「なんか、春日のコミュ力が高い話に落ち着いてるけど、三股の件、全く解決してないよな」

「ああ、いつか、痛い目みそうだな」

「ああなるよりは、今みたいに出会いがない方がマシだな」

「……僕、春日の合コンに今度呼んでもらおうかなぁ」

 章は羨ましそうだ。


「おいおい」 

 この兄、なぜ三股の男を羨ましがっているのか。同じ血の流れるゆたかはドン引きである。


 情報課の昼休みは、自由奔放である。

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