第9話:着任 ~落ち着いてなどいられない~
「あ、いいじゃないか、それ」
章が両手を挙げて賛成する。
「待ってください。そんなこと、可能なんですか?」
突然の異動になりそうな流れになりそうなのを察して、慌てて止めに入る。
「存在自体が秘密の組織に、人事権も何もあるわけがないじゃないですか。我々の希望は大抵通りますよ。秘密組織なめないでください」
しかしながら多勢に無勢、しかも歳上だらけとあって、多賀に分はない。
「なにせ、こっちは人手不足だからね」
「いきなり異動なんて、無理ですよ! それに、僕はそんな仕事をしたくて警察官になったんじゃありません」
「君が目指していたような、普通の警察官業務だって沢山あるぞ」
事実だった。多賀の指摘通り、情報課が動くべき事件はそうそうない。情報課の存在を隠すカモフラージュも行うため、情報課メンバーは、週に数日ほど他部署からの応援として、一般の警察官にまじった業務も行っていた。
「そ、そうなんですか」
「まあ、ストレス発散の一種だね。毎日が退屈だと疲れるだろ。今日だって多賀を呼ぶと連絡したら、このとおり一瞬で揃ってくれたくらいだ」
「そんなのいつ連絡したんですか?」
「駅から歩いてる間にラインで呼んだんだけど。見なかった?」
章の背中ばかりをずっと眺めていたので気がつかなかった。バカだ自分は。
「写真見たよ。スリの時も大胆なんだね、君」
何てもんを晒すんだ! 地団駄を踏みたいのを多賀はぐっと堪える。
「こんなに簡単に、僕の異動が決まるって有り得るんですか?」
「異動拒否したいの? いいけど、その時はこの写真、滋賀県警行きだよ」
章とそっくりな顔をした
今、多賀が一番見たくない画像である。
多賀が目をそらそうとすると、裕は画面の裏から一枚の写真を取り出した。手品だ。多賀の目の前で、二枚三枚と裕は写真を増やしていく。
「一枚どう?」
十枚を超えた頃、トランプのカードのように写真を広げた裕は一枚を抜き取って多賀に差し出した。
「結構です」
ぶすくれた表情で多賀は答える。多賀は大学の頃に手先の器用さを生かして手品サークルに入っていた。そんな多賀の前で面白くもない手品を披露されてはたまらない。
社会人二年目の、歳の離れた後輩が憤怒する姿を皆が微笑ましく見ていた。
人数も少なく出自も独特なメンバーが揃う情報課では、警察の上下関係に萎縮する成員がいるとやりにくい。
章の求める「大胆な人間」とは、人間関係を円滑にするための要素でもある。多賀はまだ気づいていないが。
「落ち着けよ。別に悪い課じゃないから。命の保証も、そこそこあるし」
「そ、そこそこ……?」
「何言ってるんだ、普通の警察官だって似たようなもんだろ」
「それはそうですが……」
「じゃあ、あとで制服に着替えて、君の荷物全部持っておいで。空いてる机ならどれでも君の机にしていいよ。手続きなら三嶋がしてくれるし」
多賀はどこか釈然としないながらも返事した。
「どうした? やっぱ、不安だよな、急にこんなところに入る羽目になって」
「諏訪さん……」
「俺も、最初は不安だったぞ。俺の時も、超急な異動だったし」
スポーツマンというだけあって第一印象は怖かったが、諏訪の声は優しかった。彼に一生ついていこうと多賀は決めた。
「でも大丈夫。ここ、ちょっと怪しい手当がつくから。多分、多賀の年収なら倍になると思うぞ。安心しろ」
諏訪のフォローに平手打ちされた気分になった。多賀は、あまりの急展開に心の中で泣いている。
安心なんかできるか!
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