第8話:異動 ~異動は急には起こらない~

「しかし、そのような事件は、あまり数が多くないのではありませんか?」

「でも、大事件かつ難事件になりやすいだろ? 当たれば大きい。そういう事件を解決するため、いろんな筋から情報を集める部署が、ここ『情報課』だ」

「『情報課』ですか……」


 聞いたことのない部署だった。

 多賀は県警に異動して一ヶ月にしかならないが、名前すら知らない部署がまだ残っていたというのは驚きである。


「存在自体が機密だから、よそで喋らないでね」

 伊勢兄弟が同時に人差し指を口元に立てる。

「あの、どうしてそんな機密を、僕に話すんですか?」

「君に、情報課に入ってもらいたいからさ」

「僕ですか?」


 多賀は自分を指さして尋ねた。伊勢兄弟が頷く。

 それに合わせるように、春日も、諏訪も三嶋も、伊勢に合わせて頷いた。

「僕、別になにも有名になる要素のない、ただの凡人ですけど……」


「だからだよ。諜報する上で、顔の売れていない人間というのは、必ず必要になる。顔が地味、髪型も地味、学歴も高すぎず、友達も多すぎなければなおよし。全国からそういう警察官を探したら、君が出てきたんだ」


 唐突に悪口が始まった気がする。


 個性を出そうと、毎朝必死に整えている前髪を、思わず多賀は押さえた。

 地味と言われた。

 一年ちょっとの苦労が、どこかへ消えて飛んでいったようだった。


「いや、それだけの警察官なら沢山いるんだ。だが、ある条件を加えたら君だけになった。いいか、うちは、有能な人間が欲しいんだ。それが君だ」

 コンプレックスをことごとく突かれ、泣きそうな多賀の顔を見て、章は多賀を慌てて褒め始めた。

「じょ、条件とは……?」

「手先の器用さと、大胆さだ。君、恐ろしく手先が器用なんだってな」

「え、まあ……」


 目頭に溜まっていた涙は引っ込んだ。確かに、器用さには自信があった。

 針に糸を一発で通し、割り箸を美しく割り、目をつむりながらでも液晶保護シートを気泡を入れずに貼れ、趣味のプラモアカウントのフォロワーは、先週五千人を超えた。現実世界の友達は少ないが、ネットになら五千人いる。


「で、思ったことを何でも口に出す大胆さは、今までの会話で自ら晒したとおり。第一、知らないおじさんに平気でついていく時点で、相当大胆だよねぇ」

 警戒心がないという方が正しい。多賀は無言で恥じ入った。


「君を情報課にぶちこむために、わざわざ、滋賀県警から異動してもらったんだ。君が何と言おうと、うちに来てもらうぞ」

「先月の異動は、まさかそのためだったんですか?」

「上に言ったら、簡単に異動させてくれましたよ」

 三嶋は平然と言い放つ。

「三ヶ月ほど、一般の警察官として本部勤務にしてもらうつもりだったんですが、ちょうどいいので、今日から情報課に来てください」


「今日から!?」

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