第7話:諜報 ~コネは使うものじゃない~

「じゃあ、皆さん有名人なんですか」

「僕自身は有名人じゃないけど、うちの会社が有名なんだ」

 

 物言いが大胆だねぇと苦笑した男は、隣に座る会議室で待機していたメンバーのうち、唯一スーツを着た男と顔を見合わせた。

 二人はよく似ている。髪型と、片方がかけた眼鏡を除けば瓜二つだ。


 二人は、全く同じタイミングで懐から名刺を取り出し、多賀に差し出した。

「僕は伊勢いせあきら、株式会社『伊勢自動車』で専務してます。兄です」

「俺は伊勢いせゆたか、株式会社『伊勢自動車』で常務してます。弟です」


 多賀を連れてきた男は章の方、眼鏡をかけているのがゆたかの方らしい。区別がつかない自信が多賀にはあった。顔を覚えるのは苦手な性質たちである。


 伊勢自動車といえば、日本の自動車会社では四番手くらいになるだろうか。

 独特のエンジンと耐久性がウリの技術系大衆車メーカーで、レースにも強い四駆には、コアなファンも多い。

 その専務と常務、一体、年にいくら貰えるのだろうというのが、多賀の素直な感想である。


「まあ、名義だけ貸してるようなもんだけどね」

「俺たちだけ、企業出身で警察官じゃないけど、仕事内容は似たようなことをしてるから安心してね」

 兄弟は矢継ぎ早に言った。


「で、最後の一人、うちの課長だ」

 章は、最初から一度も喋らずに、机の上で手を組んで座っていた男を指した。

 まだ高校生くらいにしか見えない若い男だった。多賀は、自分より年下だとさえ思っていた。

 きっと、若作りが趣味なのだろう。


「課長の、しまひろです。私も有名人ではありませんが、父は文部科学大臣の三嶋 政実まさみです。ご存知だとやりやすくて助かるのですが」

 三嶋は、言いつつ警察手帳を丁寧に広げて多賀に見せた。

 階級は警部だという。警部? この年齢で? 若すぎる。

「……キャリア組の方ですか?」

「いえ、私は当時でいうところの国家公務員2種、いわゆる準キャリアです」

 それでも年齢は三十路になるだろう。やはり趣味は若作りにちがいない。

 三嶋は多賀よりかなり年上になるが、この中で一番物腰が柔らかい。それは本人の癖のようだ。

「こうやって、各界の有名人といいますか、コネを持った人間が集まっている部署なんですよ。私は政界担当です」


「あの、どうして、そんな部署をつくるんですか?」

「もし、君が捜査員だとしよう」

 答えを引き取ったのは、三嶋ではなく、伊勢裕だった。

 章に比べると声が少し低く、表情も少々乏しい印象である。


「被疑者に気づかれないように、証拠を探さなければならないことなんて山ほどある。だよね?」

「はい」

「そのとき、証拠がある場所が、一般人が入れない場所……例えば、セキュリティーが厳重な大企業の中にある可能性が高いとしたら?」

「他の証拠を集めて、捜索に踏み切るべきです」

「他の証拠がないときは?」

「それは……」


「その企業の中に入ればいいのさ」

 裕はにやりと笑った。その顔は、眼鏡をかけた章そのものだった。

「コネを使って、その企業の入り口をパスすればいい。中に入ってしまえば、あとは簡単に諜報できる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る