第6話:部署 ~そんな確率ありえない~
春日英一といえば、実力派とうたいながらも、美形と名高い俳優である。
「え、ほんとですか……?」
言われてみれば、似ていなくもない。輪郭と鼻筋、色白がよく似ている。
「ほんまや。英一の方は知ってるんやな。よかったわ」
知っているも何も、多賀の姉が大ファンだ。姉がこの事実を聞いたら発狂するに違いない。サインをもらってくれと言われるかもしれない。無理である。
「そんな有名人が、僕の身近にいるなんて……」
「こっちの男も、有名やと思うで」
多賀の感動にかぶせるように、春日は隣の眼鏡の男を指さして、さらりと言ってのけた。
「あー、でもこの子、顔覚えられへんのか。じゃあ、
「じゃあ顔と名前だけ教えようか」
眼鏡の男は、自分の手帳を多賀に渡した。
開いた手帳には、仏頂面の男の顔と、
その名は確かに聞き覚えがあるような気もする。
「さあ、俺は誰でしょう?」
多賀は記憶をひっくり返す。諏訪……耳に残っているのは、アナウンサーの絶叫である。それがテレビの実況だと気付いた時、ハッとした。
「冬季オリンピックのメダリスト、諏訪慎太郎さんですよね」
「ビンゴ!」
諏訪は、座ってもわかる高身長に不釣り合いなほど、顔を輝かせた。
「俺のこと知ってる人なんか滅多にいないのに。すごいな、君」
諏訪慎太郎。
十年前の冬季オリンピックの某競技で銅メダルを獲った男だ。
若き天才選手として大会前から注目され、メダルに輝いた時に日本が湧いたのは確かだが、最も国民の目を引いたのは競技ではなかった。
表彰式の二日後に、彼は事故に遭った。
彼の乗ったバスがスリップした自動車と衝突、諏訪は現地の病院に搬送され、閉会式に顔を出すことはなかった。
日本のテレビでは、原型をとどめていないバスから引きずり出されるようにして救出される血まみれの諏訪が、競うようにニュースで流れた。同時に、オリンピック競技の中継も何度も流れた。
多賀が聞いたのはこれだった。
諏訪はオリンピックを機に引退し、短い選手生命を終えたらしい。
その後の消息を多賀は知らない。まさか、警察官だなんて思いもよらなかった。
「事故った諏訪さん、じゃないのが嬉しいなぁ」
「確かに、そっちの方がインパクトあるよな普通」
「そうそう。死にかけの俺の方が有名なんだよ基本」
「テレビでめっちゃ流れてたからなぁ」
「あれひどいよな。血なんて、普通人に見せないものじゃん。そういうのを、事故でだらだら流している人間に向かって、カメラで撮る? 裸を撮ってんのと同じレベルだと思うんだ」
「……それはちょっとわからんわ」
「え、どこが?」
「全部や」
多賀は目の前で繰り広げられる光景についていけなかった。思わず迷い込んだ会議室に、こんな有名人が集っているとは思いもよらず、まだ夢の中ではないかとさえ思った。
ここに多賀を連れてきた男の素性と、その目的はまだ明らかではないが、そんなことは多賀の頭から飛んでいる。
「どうして、こんなに有名人が……」
「そういう部署だからだよ」
多賀の独り言に答えたのは、例の上品そうな男だった。
男はいつのまにか、多賀の斜め向かいに座っている。
「ここは、各界の有名人を集めた部署なんだ」
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