第2話




「え、なになに……?」



 裕二は突然の事で困惑していた。この歳になると、中学生くらいの少女と接することなんてほぼ皆無なのに、いきなり手を引かれるとは……一体なにが起こっているのだろう。


 少女は無言で裕二の腕を引っ張りながら、ズンズンと細長い平場の道を進んで行く。



 右手側は崖になっており、左手には石垣があり、上方に提灯がずっと規則的に並んでいる。


 小さい頃から知ってる神社だけど、こんなところ初めて来るな。



 そう思いながら少女に手を引かれながら小走りで進んで行くと、崖だった右側に木製の小さな小屋が長屋のように並んでいる場所に出た。


 少女はそこもスルーすると思いきや、3番目の小屋に入った。


 そこは四畳半の小さな部屋だった。


 入って正面の壁には小さな窓があり、右側の壁際にはじいちゃんばあちゃんの家にあるような古い箪笥が置いてあった。



「上がって」



 少女は草鞋を脱いで畳の上に上がった。



「あぁ、うん……」



 裕二は言われるがままにクロックスを脱いで上がった。 


 少女は左の壁に背を向けて正座した。


 裕二は立ったまま頭をかいた。



「かくれんぼ……、っていう歳でもないよな」



 少女は何も言わず反対側の壁に置かれた箪笥を眺めている。


 裕二はスマホを取り出し、時間を確認する。時間は00:00を表示している。


 電波は圏外だ。



 いつの間に、こんな時間?


 いや、流石にそんな一気に時間が進む事ことなんてあり得ないだろう。


 スマホ、壊れたかな。



「もう帰ってもいいかな?」


「ダメ」



 即答。


 一体どういうことだ。


 何故帰っては行けないのだ。


 っていうか、何で俺はこの小娘の言いなりになっているのだろう。



「なんでダメなんだ? そろそろ飯の時間が……じいちゃんの晩酌の相手もしたいし」


「大丈夫、現世うつしよとここは時間の流れが違うから」



 その言葉を聞いた瞬間、裕二の頭にいつくかのが仮説が駆け巡った。



 1つは、俺はこの若い少女にハメられそうになっている。美人局か分からないが、とにかくかつがれそうになっている


 2つ目は、この少女が中二病の真っ最中か、本当にイっちゃってるくらい重症。


 3つ目は、俺が本当に異世界に迷い込んじゃって、少女はその異世界の住人。オカルト好きな裕二は、その可能性もあるだろうなと考える。



 でもまぁ、実際は1か2だろうな。



 そんな事を考えてる裕二を見上げて、少女は言った。



「こっそりと、窓の外を見てみて」


 少女に言われるがままに、裕二は窓に掛けられている布をめくり、お盆ほどの大きさの窓から外を覗いてみた。



「な、なんだよこれ……」



 裕二は目を疑った。


 眼下には、見渡す限り黒い森が広がっている。田んぼや、民家があるはずの場所もみんな森になっている。そして、森の中を赤黒い大きな蛇、または竜のようなものがうねうねとうねっている。


 裕二は少女の方を振り返った。



「これは一体?」


「今夜は、森が騒いでる。近寄れば、取り込まれてしまう」



 無駄に物わかりのよい裕二は、すぐに諦めて壁にもたれて座った。



 ここは、俺の知っている世界じゃない。



「本当に、時間の流れは違うのか」


「うん。無事に帰ることが出来れば、あのお祭りの夜に戻れる」


「無事に帰れれば、か……」



 裕二は頭の後ろで手を組み、少女の方を見た。


 本当に、美しい少女だ。


 こんな綺麗な、可愛らしい娘と一夜を共にすると思うと、若干よろしくない妄想が……いや、いかんいかん。裕二は頭を左右にブンブンと振った。



「君、名前は」



 いけない妄想をかき消すように、裕二は尋ねた。



「まほら」



 まほらか。変わってるけど……



「良い名前だな」



 今まで無表情だったまほらが、少し驚いたような、照れたような仕草を見せた。



「俺は、千曲裕二。この世界のこと、教えてくれるかな?」



 まほらは少し困った様に言った。



「この世界のことは、あまり言葉に出来ない」


「それならいいよ」



 裕二は穏やかな表情で言った。



「あー、ビールかなんかないかなぁ」



 今日は思いっきり飲んで寝ちゃいたいよ。


 そして、目覚めたらじいちゃんばあちゃん家の良いにおいのする畳の上だった、ってことにしたい。



「お酒ならある。けど今はない」



 そう言うと、少女は浴衣の懐に腕を突っ込んで、花の形をしたお菓子を取り出した。



「これならある」



 裕二はお菓子を受け取った。



「ありがとう……まほらの分はあるの?」


「うん」



 まほらはもう1つ、胸からお菓子を取り出した。それを見て、裕二は菓子を口に運んだ。



「いただきます」



 お菓子は、甘かった。その甘さで心が緩んで来たのか、すぐに心地よい眠気が襲ってきた。





 裕二は、壁にもたれたまま、眠ってしまった。

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