夏の日、邂逅
竜宮世奈
第1話
ド田舎の家特有の、良く言えば余裕のある、松なんかが植えてある無駄に広々とした庭。
2階建ての、歴史を感じさせる木造の家屋。
その家の背後にそびえる、稜線を天高く走らせる山々。
山間部の田舎の空気は、自分の住んでいる街よりも幾分か澄んでいて心地よいが、暑いことに変わりはなかった。夏の厳しい日差しが、UVカットのガラスに長時間守られていた裕二の皮膚に容赦なく降り注いだ。
「こんにちは」
約1年ぶりのじいちゃんばあちゃんの家なので、少し気を使った挨拶をしてしまう。
「おや、来たかい裕ちゃん」
26歳の裕二をちゃん付けで呼んで玄関に姿を現したのは、少し腰が曲がったばあちゃんだ。
「よく来たね。さぁ、おあがり」
ばあちゃんの元気そうな顔を見て、心が安らいだ。
「うん、お邪魔します」
玄関を上がると、すぐ隣りには居間がある。10畳の、畳の部屋。長方形の木のテーブルと、隅に置かれたテレビ。
ホッとする、懐かしいにおい。
開け放たれた縁側から吹いて来る心地よい風と、扇風機。やっぱり、街とは違う空気が流れている。
祐二はカーキ色のボストンバッグを畳の上に降ろすと、テーブルの傍に腰掛ける。ばあちゃんが麦茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
この麦茶も、安心する懐かしい味だ。
「じいちゃんは?」
「畑に行ってるよ」
じいちゃんばあちゃんの家は、深い山間部に位置する小さな集落にある。
隣り町まで行かないとコンビニがない。携帯の電波はかろうじて入るが、Wi-Fiなんて都市伝説、の様なド田舎だ。
でも、久石譲のSummerがとてつもなくしっくりくるこの何もないド田舎が、裕二は大好きだった。
裕二は、お盆の連休を利用して、この村に来ていた。恋人である麻美はサービス業に従事している為休みが合わず、またこの歳くらいになると一緒に旅行に行くような(行けるような)友人もおらず、特別な用事もない。ふと思いついて、休暇を田舎で過ごすことにした。
実家から約3時間半、V36スカイラインクーペで高速道路を走り、渋滞に巻き込まれながら、この地に辿りついた。祐二は運転も好きだったので、適度に長いこのドライブが出来るのも、楽しみの1つだった。
ばあちゃんが出してくれた麦茶と煎餅を頬張りながらテレビを見ていると、じいちゃんが畑仕事から帰ってきた。
麦わら帽子を被り、首に手ぬぐいを巻いてきる。絵に描いたような、田舎のじじいスタイル。
「おぉ、良く来たな」
じいちゃんは祐二を見てゆっくり笑った。そして麦わら帽子を脱いで居間へ上がった。
暫く3人で雑談をすると、じいちゃんはまた麦わら帽子を被り外に出ていった。
「運転で疲れたろう、少し横になったらどうだい」
そうばあちゃんに言われた裕二は、言われた通りに休むことにした。
奥にある部屋に向かうと、そのまま畳の上にごろんと横になった。
Tシャツを挟んで背中に伝わってくる、畳の感触。におい。心地よい風。うるさいはずの蝉の声も、ヒーリングミュージックに聞こえる。
なんで、じいちゃんばあちゃんの家は寝転ぶだけで、こうも心地よいのだろう。
運転と、連休前の溜まった仕事の疲れもあって、裕二はすぐに眠ってしまった。
目を覚ますと、日が暮れかかっていた。
眠気眼で居間に戻ると、隣りの台所でばあちゃんが夕飯の支度を始めていた。じいちゃんはテレビを見ながら晩酌している。
裕二がテーブルの傍に座ると、じいちゃんがおちょこに日本酒を注いでくれた。
「ありがと」
祐二は、日本酒をくいっと飲む。酒好きのじいちゃんの遺伝子を継いでいるせいか、裕二も酒は好きだった。
「そうだ。裕ちゃん、お祭り行って来たらどうだい」
台所でせっせと動いているばあちゃんが、思い出した様に言った。
「今日お祭りなの?」
「そうだよ、神社のお祭り。ご飯出来るまでまだ時間あるから、行って来たらどうだい?」
「でもひとりで行くのもなぁ」
「ひとりでもいいじゃないか。お祭りもいいもんだよ」
「うーん」
頑なに断るのもアレなので、裕二はお祭りに行くことにした。財布とスマホだけ持って、家を出た。
虫の音をBGMにして、優雅に翅を羽ばたかせて飛ぶトンボ。
薄暗くなってきた田んぼ道をぽつぽつ歩いて行くと、山の麓に、石の鳥居と、山の上に続く階段があった。山の中腹にある神社のところに、提灯の賑やかな灯りが見える。神社の階段を、手を繋いだ浴衣姿の親子がゆっくり登って行く。
まぁ、一通り見て帰るか。
お祭りは、娯楽の少ないこの村の重要なレクリエーションであり、多くの村人で賑わっていた。金魚すくいに興じる子供達、アニメキャラのお面、屋台の鉄板の上で焼かれる焼きそば……良いにおいがしてくる。そして目に映る生ビールの文字。
何もしないつもりだったが、せっかくだからと、生ビールとイカ焼きを買って、神社の敷地の隅に座って食べた。
こういうお祭りで飲む生ビールは、やっぱり美味い。この、若干ぼったくられてるような気もする価格も、お祭りで味わう雰囲気という付加価値を考えれば、別に許せるものだ。そういう雰囲気っていうものは、お金じゃ買えないものだから。じんちゃんばあちゃん家の畳の上でする昼寝のように。
いつか麻美も連れて来てやるか。
紙のカップの底の溜まった、残り少なくなったビールを眺めながら、まだこの時間もせっせと働いているであろう恋人の事を考えた。
その時、どこからか鈴の音が聞こえてきた。鈴の音かどうかは分からないが、そのような音がした。クリスマスにサンタさんが現れる時になる鈴の音のような音だった。
裕二は立ち上がり、森の奥を覗いて見た。すると、木々に隠れるようにして、上に続く石の階段があった。
こんなところに階段があったんだ。
裕二はビールを飲みほし、ゴミをゴミ箱に捨てると、階段を上ってみることにした。辺りに光りはなかったが、月明りのせいかはっきりと足元は確認出来た。しかし、階段を上った先は真っ暗でなにがあるのか分からなかった。
裕二は、何かに誘われるように階段を上り始める。段々と祭囃子が遠くなり、代わりに風の音が強くなった。急に吹いて来た突風に、夕立でもくるのかな、と思った裕二は、じいちゃんばあちゃんの事を思い出した。
そうだ、そろそろ帰らないと。
そう思い、振り返ろうとしたところ、
「振り返ってはだめ」
と、女の子の声が聞こえた、気がした。
その謎の声に引っ張られるように、裕二は振り返らずに階段を上った。
階段を上り切ると、そこは平場になっており、石垣の前に均等に建てられた木の柱と柱の間に結ばれた縄に赤い提灯が均等に吊られていた。その提灯の仄かな灯りで、細い平場になっている道は照らされていた。
ここも祭りの会場になっているのか。
そう思った時、平場の先にいる赤い存在に気付いた。
なんだろう……
よく見ると、それは赤い浴衣を着た少女だった。
中学生くらいだろうか、黒髪のおかっぱ頭に、赤い花の飾りをつけている。人形のような、透き通った肌に幼い顔をしている。
友達と待ち合わせかな、と思った。しかし、少女はこちらに近づいてきた。まぁ関係ないだろうとそのまますれ違おうとした時、少女は裕二の腕を握った。
「え?」
裕二と少女には身長差があった。少女は見上げるように裕二を上目遣いで見て言った。
「こっち来て」
そう言うと、少女は裕二の手を引いて歩き出した。
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