第八話

第一章:あの日、あの時、あの場所で―――


*****




 おかしい。


 おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしい…。


 何でどうして嫌だ止めろやめてくれ嘘だウソだうそだうそだうそダ…。


「何で…」


「おい、恭佑⁉」

「っ! 恭佑、見ちゃダメ!」


「何で…。何で、お前がそこにいるんだ」


「………」


「なあ、答えろよ―――」




「―――辰巳たつみ‼」




*****




 久保田が意味深な言葉を残して屋上から去った、その日の放課後。俺は歌南と雅輝で件の公園へと足を運んでいた。こちらは三人、向こうは六人。単純計算で言えば機動力的な面でこちらが優位に立っている。例の少女と連絡をとる術がない今、俺達は久保田達よりも早く現場を抑えなければいけなかった。

 クラスの違う雅輝と落ち合うの時間すら惜しいということで、スマホで連絡を取りながら各々第二公園へ向かうこととなる。歌南と俺は徒歩なので自転車の雅輝は多少遅れようとも途中で合流できる筈だ。結果、殆んど同時に第二公園に到着していた。まだ、久保田達の姿も見えず、例の少女も現れていない。


「そういやさ、どうして久保田達がこの何にもない公園にたむろってるか気になって調べてみたんだけど…」


 公園のベンチに腰を下ろした雅輝が珍しく神妙な顔で続ける。


「二人は、最近出回ってるおまじないって聞いたことあるか?」

「おまじない?」


 雅輝コイツは遂に頭の中身までちゃらんぽらんになってしまったのだろうか。


「おい、その憐れむような視線やめろ」

「ごめん、つい…」

「ごめん」

「えっ、歌南ちゃんもだったの⁉」


 会話が直ぐに脱線してしまう。


「で、おまじないって?」

「ほら、この星取にある公園にはさ大小色んな祠があるだろ」

「ああ、確かに」

「小学校の頃に流行はやった七不思議にも入ってたわよね」

「そう。で、その祠にさ、願いを叶える力が宿るっていうんだよ」

「…はぁ?」

「いやね、おれだって信じてる訳じゃないんだけど…。どうも曰くつきのおまじないらしいんだよね」


「一番大事なものを差し出せば、願いは叶うって話らしい」


「一番大事なもの…」

「………」


 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 誰しも、一番大事なものというものはあるだろう。大切なもの、それが有形無形に関わらず。そして、何よりも気味が悪いと思ったのは、


「誰が、その一番大事なものってのを決めるんだ…?」


 そう、誰にとって一番大事なものであるのか。そして、それを個人本位で決めてしまっていいものなのか。願いには、必ず代償がつきそう。一番大事なものというのはそんな簡単に差し出していいものなのか…。


「それも分からない。まぁ、所詮噂だしな。出所も不明、実現したってオチも今のところ無し。この四月になってからなんとなぁく流行りだしたなってことまでは分かったんだけど…」

「いや、でも待って。あんなガラの悪い連中とそのおまじないがどこで繋がるっていうの?」

「どこでって訳じゃないけど、このおまじないってのが一つの祠につき先着一名様までらしいのよ。久保田達アイツらがどんな願い事をするのかなんて流石におれも想像つかないけど、誰にだって叶えたい願いの一つや二つあるべ?」

「「………」」


 歌南と俺は、二人して沈黙してしまった。何を考えているかなんて内容まではもちろん分からない。だが、お互いがお互いにこのおまじないに対して思うことがあるのは火を見るよりも明らかだった。

 歌南は何を願い、そして、俺が願うことなんて…。その代償があまりにも大きすぎて叶える意味がない。


「もしかして、その女の子ってのもおまじないを叶えたい一人なのかもしれないな。だから、この人気のない公園で鉢合わせてトラブルになったって考えれば筋が通るし」


 雅輝の言葉に足りていなかったピースがはまっていく音がする。そして、俺達が何をすべきなのかも自然と分かってくるというものだ。


「ってことで、ちょうど話を聞かなければならない相手が来たみたいだぜ」

「「!」」


 雅輝の視線の先、公園の入り口には久保田を中心とする男子高校生のグループが仁王立ちしていた。その表情は等しく険しいもので、敵意さえ感じる。ある一人を除いては。


「…誰だ、あれ?」

「一人、増えてるわね…」

「顔は見えないけど、おれの可愛い子センサーに反の「黙って」」

「はい…」


 哀れ、雅輝。しかし、このみかん頭のセンサーは時にしてとんでもない精度を誇る。スポーツ用のパーカーを着て、フードも深めに被っているので顔は確認できないが、背姿から女の子であろうことは容易に想像できた。


「どういうつもりかしら。もしかしたら、あの子を人質に…」

「考えすぎだって歌南ちゃん。ドラマじゃないんだから」

「…。何か日輪から言われるとすっごい腹立つ」

「ごめんなさい、許可出るまで喋りません…」


 歌南と雅輝のやり取りはこの際聞き流すとしよう。確かに雅輝の言う通りだ。流石に久保田達もそこまで考えもなしにやる奴らではない。それに、何となく…感覚的な部分でパーカーの子は昨日の青い少女とは違う。そんな根拠もない確信があった。


「…お前ら、忠告はしたよな?」


 低い、今までに聞いたことのない久保田の声が公園の静寂を割く。


「勝手にしろって言ったのはそっちじゃない」


 何故か無駄に好戦的な歌南が返した。それだけで久保田の額には青筋が確認出来そうなほど険しさを増す。


「どいつもこいつも、何も知らないくせに邪魔ばかり…」

「じゃあ、教えてくれよ。お前は、こんな小さな公園でそんなに仲間を引き連れて何をしようってんだ?」

「…お前らには関係ない。消えろ」

「だとよ、恭佑」


 ここまで来て丸投げするな、雅輝。俺に出来ることが見つからない。


「話し合うって雰囲気でもなさそうね」

「別にやりあうのはいいけど、喧嘩して警察呼ばれるのはなぁ…」

「そんなこと気にしてるの?」

「いんや、おれ個人は別にどうでもいいんだけどさ。特に歌南ちゃんは一応成績的には優等生だし」

「俺はどうでもいいって話し方ですね、日輪さん」

「何を今更、おれ達悪友だちだろっ?」

「「………」」

「ねえ、お願いだから二人して無視しないで…」


 こんな場面にそぐわない会話をしている間にも久保田のボルテージはうなぎ登りになっているようで、それが伝播している取り巻き立ちが今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だった。

 どうする。どうすれば…せめて歌南だけでも安全なところに―――




「おや、仲間割れですか? 血の気が多いようで」




 そして、このどうしようもないタイミングで更に混沌が加わることとなる。

 凛とした声。見慣れぬ制服。青い髪と瞳の眠そうな少女。昨日の少女が久保田達の背後、公園の入り口からこちらの様子を眺めている。


「ちっ。本当に次から次にと…」


「もういい! おい、祠まで走れ! 俺達が何とかする‼」


 堪忍袋の緒が切れたのだろう。久保田が大声で周りに指示を飛ばし、六人の男子生徒のうち三人が昨日同様青い少女に向けて駆け出した。久保田を含む残り三人はこともあろうかこちらに駆け出してきている。


「雅輝‼」

「言われなくても!」

「あ、ちょっと…」


 歌南が行動を起こすよりも早く、雅輝と俺はまず久保田達三人に向かってスタートを切った。残念なことに俺は一人で三人を相手にできるほどの腕力は持ち合わせていない。確かに、青い少女のことも気がかりだが、それよりも今は目の前に迫る脅威をどうにかしなければならない。そうでないと、失ってしまう。


退け、日輪!」

「そうはいかないだっての!」

「ちっ……」

「おい、お前も先には行かせねぇ!」

「ぐおぁ⁉」


 真横から声が聞こえる。運が良かったのか、それとも戦力的な問題なのか、三人のうち雅輝に向かっていったのが久保田を含めた二人。残り一人の男子を俺はどうにかすればいいということになる。一人なら最悪、足に縋りついてでも―――


「ちょっと⁉ 待ちなさい、あなた‼」

「……え?」


 背後から聞こえた歌南の声に思わず振り返る。


「なっ⁉」


 そこにはパーカーの子を追う歌南の姿。

 そうだ、久保田は何と言った? 俺達が何とかする! いや、その前だ―――


 ―――祠に向かって走れ!


「っ!」


 つまり、あのパーカーの子を祠へ向かわせるためのデコイ。それを男子高校生が六人もいながら。


「退けっ‼」

「うぉぁ⁉」


 掴みかかってきていた男子生徒を乱暴に跳ね除け、俺は歌南の後を追う。

 何故か。理由は俺にも分からない。おまじないの話を信じている訳ではないが、現に久保田を含む同学年の生徒が何人も身を張っている。そして、先ほど雅輝から聞いた言葉が脳内で反響を繰り返していた。


―――一番大切なもの差し出せば、願いが叶う。


 気味が悪い。身の毛もよだつ。何か嫌なことが起こってしまいそうで…。

 そんな勘だけを頼りに走る。走る、走る。


 しかし、間に合わない。俺も、先を行く歌南でさえも。




―――イイイィィィイィィィ…


 眩いばかりの光が辺りを包み込んだ。


「「「「「⁉」」」」」


「そんな…。まさか…⁉」




―――ドサッ


 次の瞬間、光の中で何かが地面に倒れる音がした。決して軽くなく、そして金属などでは出ないような柔らかい音。視界が戻るにつれ、それが意味する現実を皆が目の当たりにすることとなる。


「嘘…」


「おい…。千里ちさと…、千里‼」

「久保田⁉」


 雅輝の声で我に返ると同時に、俺のすぐ横を久保田が駆け抜けた。呆然とその場に立ち尽くしている歌南の足元、パーカーを着た子に久保田が駆け寄る。通れた拍子にパーカーが脱げ、ようやく性別と表情がはっきりした。その表情には生気が感じられない。


「千里! 千里、しっかりしろ‼」


 必死の呼びかけに、しかし、千里と呼ばれる少女は何の反応もしない。




 それよりも、だ。




「嘘、だろ…」


 歌南と同じ様に俺もその場で立ち尽くす。言葉が出ない。考えがまとまらない。おかしい、何で、どうして…。


 倒れた女の子、名を呼ぶ久保田。そして、そんな二人が足元にいるにも関わらず前を見つめ続ける歌南。その視線の先には―――




 おかしい。


 おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしい…。


 何でどうして嫌だ止めろやめてくれ嘘だウソだうそだうそだうそダ…。


「何で…」


「おい、恭佑⁉」


 雅輝の声が聞こえる。


「っ! 恭佑、見ちゃダメ!」


 歌南の声も聞こえる。


 でも、そんなの問題じゃない。


「何で…。何で、お前がそこにいるんだ」


「………」


「なあ、答えろよ―――」




「―――辰巳たつみ‼」




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