第七話

第一章:あの日、あの時、あの場所で―――


*****




 今朝一の衝撃はこれしかない。


「木暮~。…ん? 木暮は遅刻か? 珍しいな」


 朝一番のHR(ホームルーム)での出欠確認の際、担任が少し困惑したように頭を掻きながら呟いた。担任にも連絡が行っていないところを見るに、少なくとも学校を休むつもりではないらしい。何せ歌南自身が連絡できない状態であったとしても、あの両親ならば間違いなく連絡を欠かさないからだ。

 でも、寝坊しての遅刻であったとしても連絡をしそうなものだけど…。不安になる、事故にでもあったのだろうか。の朝もこうだった。思わずスマホを出してメッセージを確認するものの新着は無し。昨夜俺が送ったメッセージには既読がついているだけ。昨日の久保田のこともあるので、取り敢えずメッセージだけ送信しておくことにする。杞憂で終われば、それでいいのだ。

 息苦しさと不安で胸が張り裂けそうになり、思わず口を押えた。落ち着け、落ち着け。まだ決まったわけじゃない。そう自身に言い聞かせる。




*****




 結局、歌南が学校に姿を見せたのは午前も二つ目の授業が終わりを迎えようとしていた時間帯であった。その額には汗が見え、心なしか顔色が悪くも見える。席が離れているので話しかけることも叶わず、メッセージを確認しようにも歌南からの返信は既読がついただけに留まっていた。所謂、既読無視。

 別に、今こうして無事ならそれで問題はないのだが、心配していた方としては何か一言欲しいと思ってしまう。だから、モテないのだろうか?


「歌南」


 昼休みに突入すると同時に今日は俺から声をかけた。三限目と四限目の間の休憩時間には歌南が早々に教室からいなくなっていたので聞けなかった。どうせ同じ場所へ向かうので逃げられるようなことはないだろうが、たまには自分から動いてみてもいいだろう。一刻も早く、声を聴きたかった。


「何よ」


 返答はいつも通り。教室に姿を見せた時ほど顔色も悪くないので一安心。


「何かあった?」

「別に」

「久保田関係?」

「だから、何もないってば」

「いや、お前が遅刻って珍しいし…」

「…うん、昨日は少し疲れちゃって。心配かけたのならゴメン。でも、本当に何もないから」

「…。そっか」

「…ほら、悠姫と雅輝が待ってる。行きましょ」

「おう…」


 先を行く歌南の背中を追いかけながら思う。

 どうして、どうして歌南コイツ隠しているのだろう。幼馴染という関係はバカにならない。歌南の様子がおかしいのは目に見えていた。しかし、その隠したい何かも、隠したい理由も今は全く見当もつかない。だから、問い質すことはせずに後を追う。


 そう、必要以上の干渉は望んでいない。お互いに。

 昨日だってそう自分に言い聞かせたじゃないか。




*****




「おーう、恭佑」


 そして、まさか今日二番目の衝撃が屋上で待ち構えているとは思ってもみなかった。


「なっ…」

「お前…」


 流石の歌南も隣で絶句し、俺は思わず気構えてしまう。


「そう構えんなって。どうせまだ話してもないべ?」

「だからって…」

「こういうのはさ、変に探りを入れるよりも直接話した方が誤解もなく進むから」


「な、


「………」


 そう、雅輝が屋上に連れてきた人物とは、昨日一悶着あったばかりである久保田その人だった。どういう経緯で屋上まで連れて来たのかは知らないが、校内にも関わらずこちらを睨んでいることろを見るに友好的ではなさそう。運良く委員会活動で芳村がいない曜日だったので、ここに集まったのは昨日の関係者のみ。その面、気にせずに話はできそうだったが、お陰で久保田も猫を被ることなく不機嫌さを全面に出している。


「取り敢えず、恭佑も歌南ちゃんもこっちおいでよ。別に久保田だって意味もなく暴れるような不良じゃないし」


 何かあった時の為におれがいるんだし。そんな言葉が自然と聞こえて来そうな雅輝の表情だった。頼もしいと思う反面、やはり羨ましい。自分にないものは輝いて見える。手を伸ばしても届くことはなく、見ているだけでは焦がれるだけだというのに。


「さーて、じゃあどっちから話そうか」


「「「………」」」


 歌南、俺、久保田、等しく沈黙。当たり前だ、どちらからというよりもどこから進めればいいのか分からない。圧倒的にこちらサイド歌南と俺には情報が不足していて、久保田も最初から素直に話してくれる筈もないのだから。


「おいおい、これじゃあ進まないじゃん。お互い警戒し過ぎだって、りら~っくす」


 能天気なオレンジ頭が笑っている。何が、面白いのだろうか?


「…ったく、冗談も通じねぇのかよ。じゃあ、歌南ちゃんから話してもらおうか。久保田にはここまで来てもらってるわけだし」


 それでもいい?と歌南に視線を送る雅輝。勿論、正直今回の件に関しても殆んどオマケ程度である俺に確認を取る必要もないのだが、輪に入りきれていないようで少し不快感を感じた。

 ここ最近ずっとだが、我ながらおかしいと思う。本当に遅れてきた反抗期なのだろうか。確かに食事をおざなりにしている事実も否めないが、そこまでカルシウムが不足しているのか…。試しに煮干しでも常備するとしよう。


「私があの公園にいたのは偶然じゃない。あの公園の近くに住む人から、ここ数日ウチの学校の生徒がたむろしていて困ってるって聞いたから注意しようと思って」


 歌南は淡々と話し始めた。ただ話を聞いただけで学年も個人も分かっていなかった点、ガラが悪いということを考慮して俺と雅輝に声をかけていた点。そして、最後に一つ。


「誰なの、あの女の子。アンタ達、あの子に何をする気だったのよ」


 ここは語気が強まっていた。男子生徒が六人、あからさまな敵意をもって同年代の、しかも女子一人に向かっていった昨日の状況を目の当たりにしているのだから当たり前だろう。久保田の答え次第では、出る所に出なければいけないかもしれない。


「…ちっ。本当に何も知らなかったんだなこいつら…」


 久保田は不機嫌に呟く。


「答えて」

「うるせぇ、関係ないだろ」

「おいおい、二人とも落ち着けって」

「「………」」


 雅輝の素早い制止に二人は口を閉ざした。

 明らかに不要な子、俺一人。何の役にも立てないまま、この場で突っ立っているだけ。


「久保田。確かにおれたちは何も知らないまま首を突っ込んだだけだ。お前の癇に障るのも仕方ない。でもな、場合によっちゃ学校かその先までチクっちゃうぞ」


 おかしい、口調はともかくとして雅輝が正論を口にしている。午後から槍でも降るのだろうか。晴れ、ところにより落槍。世紀末か。


「………」


 しかし、それでも久保田は一向に口を開こうとはしなかった。隣の歌南の様子を窺うと、こちらも今日一不機嫌そうな表情で久保田を睨んでいる。

 さて、雅輝もお手上げだと言わんばかりの表情をしている。この気まずい雰囲気をどうにかしてくる人物がいなくなった訳だが、一体どうすれば…。


「もう、俺だけの問題じゃねぇんだ。気になるってんなら、勝手にしろ」

「ちょっと!」

「歌南ちゃん!」


 意味深な言葉を吐き捨ててその場を後にする久保田を追おうとした歌南を雅輝が制止した。珍しく、大きな声で。そんな雅輝の様子に歌南も思わず足を止める。


「ちょっと、日輪アンタどういうつもり…」

「近所のおばさんはって言ってたんだろ? じゃあ、今日もきっとそうだ。放課後皆で行ってみよう」

「でも、昨日の今日で久保田たちが場所を変えたりしたら…」

「久保田たちはあの公園で待つしかないんじゃないかな。いやこれは勘だけど」

「何を暢気なこと…」

「そもそも男子高校生が六人もいたにも関わらず、その女の子は逃げもしなかったんだよね? じゃあ、きっとそれだけの何かがあるってことだからさ」

「………」


 歌南が沈黙した。雅輝に納得させられている。これも珍しい。

 やはり、午後からは出来るだけ出歩くのを避けた方がいいだろう。槍の他にも色々とオマケつきで降ってきそうだ。


 それにしても、俺なしでどんどん話が進んでいく。頭脳的にも、戦力的にも、俺がここにいる必要がない。この疎外感がまた苛立ちを助長する。




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