第六話

第一章:あの日、あの時、あの場所で―――


*****




「えーっと?」

「つまり、歌南かなちゃんの話を要約すると…」


「近所のおばさんの話を聞いて、久保田アイツらを止めるべく?」


「そう。悪い?」

「いや、全然…」

「歌南ちゃんの視線が怖い…」


 喉がカラカラに乾いていたということもあり、歌南と雅輝まさきと俺の三人は近くのファミレスへと足を運んでいた。席について、各々が一服ついたところで歌南の尋問会を開いた訳なのだが、何故か歌南の機嫌がすこぶる悪い。巻き込まれた俺、不服ではあるが助けてくれた雅輝。どちらも聞く権利くらいあるとは思うのだが。


「だから、私も正直分からないんだって。ただ、おばさんがウチの制服を着た男子が第二公園でたむろしてる。実被害はないけど、ガラが悪くて困るわぁ小さい子も多い知って話をしてたからつい…」

「ガラの悪い連中が誰かも分からず?」

「そう。まさか久保田だとはこっちも思ってなかったわよ」

「てか、そういうことなら最初から三人で行けば…」

「日輪って放課後に連絡つかないことが多いじゃない。別のクラスになっちゃったし、物騒な話でもなさそうだったから恭佑だけでいいかなって」

「で、一応連絡をしたおれが神のごときタイミングで現れ「うるさい」」

「当たりが強い…」


 そこで一段落なのだろう、歌南がジュースを飲み始めたので雅輝と俺も続く。


「いや、でも待って。じゃあ、あの女の子は…」

「知らない。でも、あの様子だと久保田達とは面識があるみたいね」

「面識ってレベルじゃないでしょ。その女の子に向かっていってたんだべ、久保田達」

「確かに…」


 歌南から得られる情報はどうやらここまでのようだ。あの少女に関して知りたいのなら、明日以降久保田に聞きただすしかない。昨日の今日なので、正直全く気は進まないが。


「で、どうする?」

「どうするも、こうなれば久保田たちを問いただすしかないでしょ。あの女の子の様子は引っかかるけど、このままじゃ刑事事件になってもおかしくないし」


 歌南も俺と全く同じ意見のようだった。このまま、はいそうですかと引ける話でもない。勿論、学校側に訴える方法もあるが、普段の久保田の様子を考えればあまり得策だとは言えないだろう。歌南はともかく、雅輝や俺が同席していると先にこちらが疑われそうなものである。


「ちなみに、このこと悠姫ゆうきちゃんは?」

「知らせてない。あの子絶対心配するし」

「じゃ、おれは明日以降悠姫ちゃんとできるだけ一緒にいるか~」

「しばくわよ」

「ちょ、違うって! 俺達四人が仲良いのは学年だと誰しもが知ってるでしょ⁉ 何かあったら困るし…」

「分かってる。仕方ないとはいえ気に入らないから脅しただけ」

「やっぱ当たりが強いよ、助けて恭佑…」

「知らん」

恭佑きょうすけも冷たい…」


 別に、雅輝が何かしら悪いことをした訳ではないのだが、やはり俺の中でひっかかるものがあった。久保田達の行動とは全く別枠。歌南が雅輝を呼んでいないことにぬか喜びした自分がいたことだ。自分の嫉妬でしかないにも関わらず、雅輝に冷たく当たってしまう。危機的状況を前に何も出来なかった自分の不甲斐なさも相まって、今は小さいことでも苛立ってしまう。非常に、よろしくない。


「お待たせしました~」


 少しだけ空気が重くなっていたところに、いい匂いが到着。注文していたブリュレパフェである。


 誰がって? 雅輝が。


「お待ちしておりました~。いやぁ、仕事の後は甘いものに限る!」

「女子か」

「ほんとイメージに合わないわよね」

「誰が何と言おうと、おれは甘いものが好きだ‼」

「だったら、泣くなよ…」

「…だってさ、おれこれでも男の子だよ? モテたいんだよ…?」

「…はぁ。ごめん、ちょっと態度が悪かったわよね謝る。実際、助けられた訳だし。ありがとう、日輪」

「どふぉいたしまひて」

「………最悪」

「早速好感度落としていく雅輝さん流石です」


「えっ」




*****




「……ふぅ」


 帰宅する頃には午後七時を回っていた。あの後、歌南はお店の手伝いがあるということで早々に席を外し、残された雅輝のうるうるした瞳に罪悪感を覚えた俺は結局晩御飯までファミレスで済ませる羽目になる。雅輝と二人という状況は少しだけ気まずかったが、向こうは何も気にしてなさそうだったという点がせめてもの救いだろうか。


「疲れた…」


 テレビをつけて、リビングのソファーに身体を預ける。無音は避けたかった。テレビでもつけていなければ、また色々と考えすぎてしまう。

 今日起きたこと。歌南の様子。雅輝に助けられたこと。明日からのこと。そして、何よりも自分は何も出来なかったこと。ネタは尽きない。


「……はぁ」


 思わずため息が漏れる。何もしたくなかった、何をする気力もなかった。ソファーに寝そべりながら目を閉じる。テレビからはお笑いのコントと観客の歓声が聞こえてくるが、正直内容までは頭に入ってこない。


―――♪♪♪


 胸ポケットのスマホが短く鳴った。メッセージの着信だ。しかし、今は確認する気分でもない。目を閉じたまま、意識を解く。


―――♪♪♪

―――♪♪♪

―――♪♪♪


「うるせぇな⁉」


 ヴーヴーヴヴーと胸ポケットで震えるスマホに思わずキレた。誰だよ、連投でリズムを刻んでんのは⁉と画面を確認すると、


「歌南…」


 歌南からのメッセージ、それも短文を連投で。


『恭佑』

『今日はごめん』

『ありがとう』

『明日は鞄投げたりしないでよね』


 アプリを開くまでもなく全てのメッセージが確認出来てしまった。直ぐに返信するかどうか悩む。歌南の判断は間違っていない。雅輝を呼んだことで結果的に助かった。それに歌南自身から雅輝のことを聞いていた訳ではない、俺が勝手に勘違いしてしまっただけ。勝手に勘違いし、舞い上がり、恥じている。そんな自分が情けなくて仕方なかった。その思いが返信を遠ざける。

 劣等感に苛まれ、意味もなく叫んでしまいそうだった。感情の起伏についていけない。特に、何かあった日の夜は決まってこうだ。


「カッコ悪ぃ…」


 このまま寝てしまいたい。いや、消えてしまってもいいかもしれない。

 でも、たったこれだけで人生を諦めるほど軽い命でもない。

 そんな自分でもよく分からない秤が左右に揺れる。どこで着地すればいいのだろうか。揺れが収まるまで待つか、それとも…。


―――♪♪♪

―――♪♪♪


『ちょっと疲れちゃったから私先に休むわね』

『おやすみ』




―――♪♪♪


『アンタも少しは休みなさいよ』




「…。ほんと、お節介な奴」


 充電が半分を切ったスマホを片手に、少しだけ考えた後で画面に触れる。


『良い夢を』


 夜は、まだ始まったばかりだ。




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