第五話

第一章:あの日、あの時、あの場所で―――


*****




「…おや? 今日はまた、大人数でいらっしゃったんですね」




 その声は公園の入り口あたりから響いてきた。そこまでの音量ではないのに、妙に響く。耳の中まで真っ直ぐと通るような凛とした声。女の子の声。


「「「!」」」


 等しく全員が、その声に思わず身体を揺らし、声の方へと振り返る。


「ふむ。どうやら女子もいるようですが、人員不足ですか?」


 突然の来訪者は―――少女であった。青髪のショートカット、片方だけ長い前髪で左目を見ることが出来ないが、露になっている右目はとろんとどこか眠そうなたれ目。奥に控える青い瞳は遠くからでも透き通っているかのように見えた。小柄な身体にこの辺では見たこともない学校の制服を纏っている。


「どうしよ…」


 隣で小さく歌南が呟いた。その表情は困惑で満ち溢れて見える。

 どうしよう。つまり、今この状況は歌南が想定していた状況よりも悪化しているということになる。だがしかし、もう俺には何がどうなっているのかさっぱり分からない。まだガラの悪い連中から逃げるだけなら良かったのだが、今度はどこの誰かも分からない少女まで増えてしまった。パンクです、はい。


「ちっ。次から次に面倒な…」

「久保田、今回は止めても無駄だからな」

「分かってる。好きにしろ。ただし、やりすぎるなよ」

「木暮達は…」

「アイツらがいたのは想定外だったけど、もう関係ねぇ」


「やるぞ!」


「「「うおぉぉぉっ‼」」」


 物騒な会話が聞こえてきたかと思えば、直後に久保田とその取り巻きが雄叫びを上げる。思わず身体が跳ねた。こんなに気合の入った声を間近で聞いたのはいつぶりだろうか。思わず後ずさりしそうになる脚を抑えて、場面の整理に入らなければ。


「歌南、どうなってんだよこれ⁉」

「正直私も分かんないの。でも、まずは止めなきゃ!」


 歌南が走り出す先には、既に久保田の取り巻きの内、三人の男子が来訪者である少女に向けて駆け出していた。あからさまな敵意をむき出しにして。


「嘘だろ⁉」

「くっ…」


 スタートを切った歌南の隣に並び、その場で思いついたことを実行する。


「っら‼」


 持っていた通学用の鞄を三人の男子に向けて投げつけた。殆んどの教科書は学校に置いているが、多少なり重さのある鞄は狙い通り真っ直ぐに飛んでいく。


「避けろ‼」


 自分で投げておいて何なのだが、あまりにも直撃いいコースで飛んでいく鞄に恐怖を覚え、俺は思わず叫んでいた。


「「「⁉」」」


 男子生徒の足が止まり、そのお陰で直撃することなく鞄が地面を削る。


「四宮テメェ!」

「アンタ、ちょっとやりすぎ!」


 男子三人と、何故か味方である筈の歌南からそれぞれお言葉をいただく。


「あの女の子に当たったらどうするのよ」


 あ、歌南が怒ってるのはそっちね。


「お小言は後で聞くから!」

「…ドーナツも一緒に!」

「やだよ⁉」


 取り敢えず、殺気立っても見える男子三人を回避しながら歌南と俺は少女と久保田たちとの間に立ちはだかった。先陣をきった男子生徒との距離は五メートル。その後ろに久保田を含めて三人の男子が控えている。


「四宮、どういうつもりだ」


 先陣に並んだ久保田が静かに口を開いた。この状況でも一番落ち着いて見えるのは久保田こいつだ。立場的な問題から見ても、こいつと話し合うしかないだろう。


「どういうつもりはこっちのセリフだっての。女子相手に大人げない」

「…お前ら、どこまで知っててここにいるんだ?」

「どこまでって…」


 そもそも、何も知らない。何となく、流れでこうなっただけなので思わず言葉に詰まる。それは歌南も同様のようで、久保田たちを睨めつけるだけで何も言葉にはしなかった。まさかとは思うが、歌南コイツも何も知らないんじゃ―――


「くそが、何も知らねぇくせに邪魔してんじゃねぇよ!」

「っ!」


 久保田が吠える。俺はすみませんとでも謝っておけばいいのだろうか。それにしても、学校とキャラ変わりすぎだろ久保田コイツ。怖いよ、不良。


「見逃そうかと思ってたけど、邪魔するなら別だ。今すぐそこをどけ」


「……どうするよ、歌南」

「どうするも…今はもう少しだけ時間を稼いで」

「時間って何かあてでも…」

「いいから!」


 久保田たちを見据えたまま小声で会話をするものの、正直俺にはもう手がない。歌南には考えがあるようだが、時間を稼げというのも無理難題である。逃げようにも女子二人では追い付かれる。二人を逃がして、俺が足止めしようにも六人相手など一分ともたないだろう。


「こそこそやってんじゃねぇ。消えるか、殴られたいのか、どっちだ⁉」


 久保田が苛立ちを爆発させ、俺は俺で覚悟を決めた、その次の瞬間。




「あんれ? おれってば、まさに神的タイミング?」




「「!」」


「「「⁉」」」




 また、声が割り込んできた。今度は背後から。

 思わず振り向けば、そこには見知ったオレンジ色の髪が目に入る。


「雅輝…」

「よっ、恭佑。今日は珍しくアクティブなんだな」

「うるせぇ」

「遅いわよ、まったく…」

「いやいや、ドンピシャでしょ。お迎えに上がりましたよ、お嬢さ「きもい」」

「嘘でしょ…」


 登場早々、雅輝はいつものように撃沈を果たした。一瞬でもかっこいいと思ってしまった自分が恥ずかしい。


「日輪…」

「何でここに…」

「久保田、アイツはちょっと…」


 しかし、雅輝の登場は久保田たちに大きな衝撃を与えているようだった。明らかにさっきまでの気勢は感じられず、狼狽えているように見える。

 日輪 雅輝。オレンジ髪のチャラ男ではあるが、久保田のような不良からも一目を置かれる存在。主に、腕っぷしという面において。確かに、目立つのは髪だけではなく耳にはピアス。じゃらついたブレスレッドに指輪。イケメンな顔立ちに、この状況でも自信に満ち溢れた表情。これで自転車に跨っているというコミカルな状態でなければ、完璧だというのに。


「で? どういう状況かは分かんないけど―――」




「―――消えるか、殴られたいのか、どっちにする?」




 だせぇ。

 せめて、キメ顔するのは自転車から降りてからにすればいいのに。




「…ちっ。引くぞ」

「でも⁉」

「でもじゃねぇ! 日輪とやりあうメリットがない」

「おい待て、この人数なら余裕だろうがよ!」

「じゃあ、てめぇだけでやれ! 俺は帰る」

「「「………」」」

「ほら、行くぞ」


 しかし、雅輝の脅しは効果覿面だったらしく、久保田を中心に相手方が引いていく。渋々といった雰囲気を丸出しではあるものの、素直に引いていくあたり、やはり雅輝の実力は折り紙付きなのだろう。一度もやりあったこともなければ、やりあってる場面に出くわしたことがないので、今でも俺の中の雅輝はチャラい悪友という立ち位置なのだけれども。


「……ふぅ」


 引いていく久保田達の背中を見て、思わずため息が漏れた。気付けば握った拳は汗で湿っており、鼓動も明らかにいつもより早い。情けない話ではあるが、助かった事実にほっとしていた。助けられた相手には少々不服だが。


 ……やっぱり、俺だけじゃ頼りなかったのか。


「何だかよく分かりませんが、私もこれで失礼します」

「えっ、あ…ちょっと…」

「ちょっと、待ちなさいよ。貴女には聞きたいことが…って、あぁ…」


 息を吐いたのも束の間、俺たちの背後で沈黙を守っていた少女はそれだけ言い残すと足早に去っていった。歌南も聞きたいことがあったようなのだが、少女のあまりの素早さに情けない声を上げつつ諦めている。


「うわ、小柄なのにめっちゃくちゃ動き早いじゃん。てか、誰あれ?」

「知らん」

「知らない」

「えっ、やっぱり歌南も知らなかったの⁉」

「分からないって言ったじゃない!」

「おぅおぅ、まーた始まったよ痴話喧嘩」

「「うるさい!」」

「嘘でしょ。おれ、これでも助けたんだよ君たちを今…」


 哀れ、雅輝。しかし、今は歌南に聞かなければいけないことが山積みだ。




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