第四話

第一章:あの日、あの時、あの場所で―――


*****




恭佑きょうすけ


 また、背後から呼び止められる。正直ここ数日で慣れてきたので、ある程度覚悟も出来ていた。振り向けば、もちろんそこには幼馴染の歌南かなが立っている。


「………」

「…?」


 しかし、呼び止めた張本人である歌南は難しい顔をしたまま無言。生徒で賑わう廊下で向き合う二人の男女。奇怪なものでも見るような視線を向ける者もいれば、我関せずと足早に立ち去っていく者もいる。確かに、自分で言うのは何だが、出来れば関わりたくない二人であることに疑いようの余地はなかった。一人は素行不良のよく分からない男子、一人は美人であることに間違いはないのだが男勝りな女子。この二人が難しい顔をして向き合っているのだから、ここから一波乱起きそうな雰囲気がだだ漏れである。


「………」

「…どうした?」


 相変わらず視線は俺に向けたまま、しかし何も話そうとしない歌南に業を煮やし俺から話を進めることにする。これ以上この状態を続けようなら、今度は野次馬魂全開の目ざとい奴らが集まってくるに違いない。あまり目立ちたくない俺からするとそれだけは避けたかった。


「あの…、今日時間ありますか?」

「…はい?」


 聞き間違いだろうか。あの歌南が俺に対して敬語を使っている。その衝撃に思わず聞き返してしまった。


「いや、違うの。その、何て言うか…」

「…。どうしたんだよ」

「…。あー、もうじれったい‼」

「はい⁉」

「どうせ暇でしょ! 来て!」


 歯切れが悪いと思った矢先にこれである。結局は、いつものように手を引かれ廊下を強制連行。出来始めていた人だかりを気にすることなく突っ切っていく。


 もし、いつもと違うことがあるとしたら。それは歌南の掴む手の力が幾分か弱かったことだろうか。そんな小さな違和感が、俺の鼓動を早くさせた。




*****




―――なあ、恭佑。最近さ、歌南ちゃんの様子おかしくない?

―――四宮君、えっと…何か歌南ちゃんから聞いてない?


 雅輝まさき悠姫ゆうきの言葉を思い出していた。正直なところ、俺も気になっていたことである。それでも突き放すかのように言葉を返した。


―――知らない。俺あいつの彼氏でもないし、何かあるなら本人から言ってくるだろ。


 俺に聞いて、どうしろと言うのだ。俺は歌南アイツの彼氏でもなければ、四六時中一緒に過ごしている訳でもない。歌南に何かあったとしても、そこに干渉していいほどの関係性でもない。


 だから、やめてほしい。これ以上、聞かないでくれ。






 もう一歩、踏み込んでしまいたくなるから。


 それは俺も、歌南アイツも望んでいない。そうだろ?




*****




 どこまで行く気なのだろうか。歩いてきた道筋的にある程度の想像はつくものの、数歩先を行く張本人歌南からの明言はまだなかった。廊下を抜け、下駄箱で靴を履き替える直前まで握られていた手。校門を抜け、通学路を二人して無言のままに進む。歩幅を合わせてはいるものの、どうも隣には並んでほしくなさそうな雰囲気だったのでこうして後をついて行っているのだが…。


「「………」」


 会話はない。珍しいことではないが、明らかに歌南は何かを言いたそうにしている。何だろう。何かトラブルにでも巻き込まれているのだろうか。それくらいしか頭に浮かばない。そもそも、歌南が解決できない問題に俺が関わる意味を見いだせない。話を聞くだけならまだしも、こんな平々凡々に何を求めようというのだ。


「着いた…」


 歌南の足が止まった。そして、視線の先を見ることなく目的の場所が俺にも分かる。星逢第二公園。住宅街に囲まれた小さな公園であり、少し離れた場所にある第一公園とは規模が異なる。第一公園には多くの遊具が設置されており、多くの子供で賑わいを見せる一方、この第二公園に関してはめぼしい遊具もなく、錆びれ始めているベンチがいくつかと隅に小さな鳥居。ただそれだけしかないのだ。お陰で放課後の時間亭にも関わらず、園児やその保護者、小中学生、ご老人の一人の影もない。


「あ、おい…」


 足早に第二公園へと進んでいく歌南の後を追った。一人の影もない公園で、一体何をしようと言うのか。


「歌南、ほんとどうしたんだよ。お前、ちょっと変だぞ」

「うるさい」

「うるさいって…。少しは説明しろって」

「いいから。何も言わず、ただ私の隣にいて」


 それだけぶっきらぼうに言うと、歌南は自分の鞄をベンチに置き、スマホを操作し始める。その表情があまりにも真剣そのもので、全く事情が掴めない俺は黙ってその様子を眺めるしかない。

 春先とはいえ、割りと速いペースでここまで歩いてきた。喉が渇いたので自動販売機を探すものの、勿論この寂れた公園にそんな文明の機器が鎮座している訳もない。鳥居とは反対側の隅にこれまた小さな水道が見えるが、流石にそこの水を飲むほど乾いている訳でもなかった。


「「………」」


 沈黙が続く。スマホを操作し続ける歌南を一方的に眺めている訳にもいかず、辺りを眺めたり、同じくスマホをいじってみたりと時間を潰す俺。残念なことに連絡を取り合うような相手もおらず、ゲームをしていいような雰囲気でもなかったので、週間天気を確認したり、インターネットのニュース欄を漁るというこの上なく手持無沙汰な時間が続いた。


「…来た」


 歌南の呟きに顔を上げる。


「マジかよ…」


 思わず、声が漏れた。

 歌南と俺の視線の先に現れたのは、あからさまにガラの悪い男子高校生のグループ。何故、高校生かと分かったかについては言うまでもない。彼らの着ている制服が俺の着ている制服と変わらないから。つまり、同じ高校の生徒ということになる。しかも、よく見てみれば見知った顔がチラチラと確認できた。正直名前までは正確に覚えていない奴らばかりなのだが、同じ学年の誰かということが分かる。


「歌南、そろそろ説明「黙って」」


 歌南の言葉に驚く。この場になっても尚、歌南コイツは俺に何も伝えないつもりでいるらしい。彼らはもう公園の入り口まで辿り着いている。ここから歌南と口喧嘩をして聞き出すわけにもいかず、俺は固唾の飲んで直立のまま様子を見守るしかなかった。


「おい、何でお前らがここにいるんだよ」


 距離にして五メートル。素行の悪い俺とは違い、あからさまなガラの悪さを売りにしている連中の中央に控える男子生徒が声を上げた。

 残念なことに、俺はその生徒の名を知っている。いつしか話題に出たサッカー部の久保田だ。校内で見かける格好とは違い、制服を着崩していたので気付くまでに時間がかかってしまった。


「アンタらこそ何しに来たのよ」


 歌南も負けじと声を上げる。しかも、語尾が疑問形になっていないところを考えると、歌南はある程度久保田達の目的を知っているのだろう。


「お前らには関係ない。帰れよ、木暮」

「いや。命令しないで」

「隣のパッとしない彼氏とイチャイチャいたいなら、もっと別の場所があるだろ」

「余計なお世話。アンタらこそ場所を変えればいいじゃない」

「ちっ。相変わらず強気な奴だ…」


 一歩も引かない歌南の態度に久保田が苛立ちを見せる。特に聞き覚えもないが二人には何かしらの因縁があるのだろうか。


 ……、それにしても。俺がここにいる意味なくね。存在感のなさね。そりゃあパッとしないかもしれないけど、そもそも俺彼氏じゃないし。大体何だよ、校内でのいけ好かない雰囲気イケメンは猫被ってただけなのか久保田コイツ


 一人蚊帳の外状態な俺は、真面目な顔したまま脳内ツッコミで気を晴らす。

 久保田の取り巻きとにらめっこでもしようものなら、それこそ物理的な話し合いになりかねなさそうな状態だったから。


「別に私たちがいても関係ないでしょ。そっちはそっちでやりたいことをやれば」

「………」


 歌南の言葉に久保田が沈黙する。イライラしているのは目に見えているが、返す言葉が思いつかないのだろう。ということは、俺たちがここにいるとことを久保田たちはやらかそうとしているということになる。

 明らかに、貧乏くじだ。でも、安心した。歌南一人でこの場面に向かう可能性だってあったということなのだから。何もできないとしても、一人より二人。勿論、幼馴染だからこそなのだろうが、喧嘩が強いと噂の雅輝ではなく俺を選んでくれた。その選択がこんな状況であっても地味に嬉しかった。


「いいだろ久保田。こいつらが引かないって言ってんだから」

「待て」

「久保田!」

「待てって!」


 気付けば相手側は小競り合いでも起きそうな雰囲気である。久保田を中心に集まっているとはいえ、何も一枚岩じゃなさそうだ。


「…木暮、本当に引かないんだな?」

「しつこい」

「ちっ。おい、四宮。お前もか?」

「………」


 言葉は出さない。その代わり、両手を上げつつ肩を竦めてみせた。


「あー、くそ。本当に面倒なことばっかりだ」


 苛立ち交じりに久保田が吐き捨てる。

 さて、いよいよ事が動きそうなのだが…どうする。流石に住宅街に囲まれているので乱暴をするような真似はしないだろう。何かあれば大声を出せばいい。情けないが数の暴力に勝てるほどの腕っぷしもないので、逃げるついでに雅輝を呼ぶのもありかもしれない。問題は、隣の幼馴染が素直に従ってくれるかどうか…。




「…おや? 今日はまた、大人数でいらっしゃったんですね」




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