(一・五)
*****
夜が来る。
誰もいない、不相応な一軒家に一人。思い出の深まった家に独り。記憶に手を伸ばして逃避しようとしても、ふとした瞬間には現実にぶち当たる。暗闇が来ればベッドに入るという行為まで何時間もの時間を要する。目と閉じればここにも過去があり、目を開いても周囲に広がる現実を受け入れきれない。月日が過ぎ去るのは余りにも早かった。
―――♪♪♪
枕元に投げ捨てたスマートフォンが鳴る。夕陽の中では人工的な光さえも赤く染まっていた。億劫でしかないがメッセージを確認する。
『何をしているのですか?』
短い文の後には何も続かない。返信を考えながらも記憶は既視の物へと差し替えられ、思わず笑ってしまう。きっと、相手にそんな思惑などないのだろう。俺の性格も、俺の生い立ちも知らないのだから。それは、相手に対しても全く同じなのだが。
『ベッド』
そう返信しても直ぐに既読の文字がつくことはない。きっと、向こうはどこか街を見渡せる場所で一人佇んでいるに違いない。もう夕刻、
『そうですか。まぁ、来るも来ないも貴方次第です』
意外な返信に思わず指が止まる。ああ、成る程。本来ならば有無も言わさず強制連行されるのだろうが、どうやらここ数日の出来事が彼女の心にも多少なり響いているらしい。優しさにも慣れていた筈なのに…、それが素直な感想。
『気分で』
『迷惑です』
予想通りに返答はドライなものだった。
『そろそろ逢魔が時ですよ、契約者さん』
『だからどうしたというのです』
『いや、いいのかなと思って』
『思うだけなら簡単で、行動に移すことには勇気が必要ですもんね』
『鼻で笑うな』
返信は、簡単なスタンプすら来なかった。所謂、既読スルー。
「……。くそ」
メッセージはもう送らない。その代わり、小さく呟いた。勿論、相手には届かない。俺以外の誰に届くこともなく虚空に解ける。
*****
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます