エピローグ
「こら! お主ら何をしているでござる! カメをいじめるなど言語道断でござる!」
海岸でカメをいじめている子供を見つけた浦島は、大きな声を上げていた。
「なんだこいつ、かっこつけるなよな」
「や、やめるでござる! 砂を、砂を投げてはだめでござる! 目が! 目がああぁぁ!」
「変な奴! こんな奴放っておいて向こうで遊ぼうぜ!」
カメをいじめていた子供は、そう言ってカメから離れて行った。
「全く……近頃の子供ときたら……大丈夫でござるか? ケガなどしておらぬか?」
浦島の問いにカメは何も言わなかった。だが、つぶらな瞳をうるうるさせながら、まるで感謝しているように頭を下げる。
「もうあんな奴らに掴まるでないでござるよ! さあ、さらばでござる!」
浦島はカメをゆっくりと海に帰した。その姿を、エクス達は遠くから見ていた。
「本当は、ああいう風にやさしい奴だったんだな」
「ええ、そうみたいですねタオ兄」
タオとシェインはそんな浦島の姿を、微笑みながら見つめていた。
「じゃあ、運命の書に書いてあった、って話は本当だったんだね」
「そのようね。あまりにもアホっぽいから、どうも信用できなかったけど」
レイナは肩をすくめながらそう言った。
エクスも同じような気持ちだっただろう。何とも言えない表情をしている。
「俺は最初から信じていたけどな!」
「一番多く殴りつけていた人がよく言うのです!」
「ははは! そうだったけな? ははは」
笑顔のタオとシェインとは対照的に、エクスの顔は少しだけ浮かないものだった。
「ねえ、レイナ。浦島さんと乙姫さんは結ばれることは無いのかな?」
ぽつりと、つぶやくようにレイナに問う。
「乙姫の口ぶりからしてそのようね。この物語の結末は、彼が帰ってしまうと言っていたから」
「だとすると、これで……乙姫さんたちは良かったのかな?」
エクスの言葉に、レイナは視線を僅かに逸らす。
「エクス、あなたの言いたいことがよく分からないわ」
「だって、もし僕たちが浦島さんを助けなければ、乙姫さんは浦島さんと一緒にいることができたんでしょ? それは彼女が望んでいたことだよね」
「例えそうだとしても、それが正しいことだとエクスは胸を張って言えるのかしら?」
「そうかもしれないけど……僕たちみたいに、運命の書を持たない人間がいなければ、変わらなかった運命もあるのかなって……」
「仮にそうだとしても、調律すれば彼らの記憶には残らないわ。それで問題ないでしょ?」
「だけど――――」
「エクス、私たちはストーリーテラーじゃないの。誰かの運命を決めているわけでもない。ただ世界を“あるべき姿に戻している”それだけよ」
レイナのその言葉に、エクスは黙っていることができなかった。
「だったら、どうして空白の書なんて物が存在しているの? 僕たちは、一体何のためにここにいるの!?」
「エクス、それ以上お嬢を責めるのは止めてやれ。一番辛い役回りをしているのは、お嬢だからな……」
「タオ…………」
熱くなってしまったエクスに対し、タオがなだめるように声をかけてくる。
「空白の書がなぜ存在しているのか、それはシェイン達にも分かりません。だからこうして、旅をしているのではないですか?」
「…………そうだね……ごめん、レイナ……君の気持ちも考えずに……」
「いいのよ、エクスの言いたいことも分からないわけではないもの。そうね……これくらいはしてもいいわよね」
そう言うと、レイナは突然砂浜を走り出した。
「え!? レイナどこに行くの!?」
エクスの問いに、答えることもなくレイナは走っていく。
「浦島太郎!!」
「こ、今度はなんでござるか!?」
突然現れた見知らぬ人に、浦島は戸惑う。
だが、そんなことは気にも留めず、息を切らしながらレイナは言った。
「いつか……いつかあの子を、幸せにしてあげなさい」
「な、なんのことでござるか!?」
「分かったわね! じゃあね!」
その言葉だけを残し、レイナは浦島の下から去った。
「あの人は、一体何者でござるか……?」
戻ってきたレイナは、息を切らしながら勢いよく声を上げる。
「さあ、次の想区に行くわよ! みんなついてきなさい!」
「おう! じゃんじゃん行こうぜ!」
「次はどんなところでしょうかね。武器がいっぱいあるところがいいです」
「うん、意味が分かるまで……歩いて行こうか!」
そうして、彼らの物語は続く。
波打ち際に浦島を残して。
「あの方は一体何者でござるか……突然妙なことを申して……でも、なんでござるかね」
砂浜に一人の浦島は、水平線の彼方をぼんやりと見つめる。
「なんだか無性に……温かい気持ちになったでござるよ……」
きらりと反射した海原に、浦島太郎は、まだ見ぬ世界を見た気がした。
浦島太郎の想区―ひと夏の思い出編― 悠木遥人 @yuuki-qi
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