第4話 乙姫と浦島


 突如現れたヴィランの群れを、エクス達は体が重いながらも、何とか退けることができた。


「けぷっ……さすがに、満腹時に戦うのはきつかったです……」


「そうだね……僕も、もう少し食べる量を調整するべきだったと後悔しているよ」


「うう……確かに、うまかったけど、ちと食い過ぎたかも知れん……」


「みんなだらしないわね。この程度余裕でしょ」


 みな口や腹を押さえているにもかかわらず、レイナは平気そうな表情で胸を張る。


「じゃあ早速、乙姫を探しに行くわよ! みんな私についてきなさい!」


 一人だけ張り切っているレイナに、他のメンバーは無言でついて行くしかなかった。


「こっちかしら? いえ、こっちね間違いないわ!」


 何を根拠にしているのかまるで不明だが、レイナはグイグイと城の中を進んでいく。


「うーん、ここが怪しいわね。こっちに行ってみましょう」


 誰もレイナを止めることはできず、彼女はどんどん城の奥深くへと進んでいく。

 そして、ついに辿り着いたのであった。


「お主ら!? 拙者を助けに来てくれたでござるか!?」


 気付けばレイナ達は、浦島が囚われている牢の前に来ていた。


「なんで乙姫探していて、こいつの牢屋に来てるんだよ!?」


「仕方ないじゃない! 乙姫がどこにいるかなんて私には分からないもの!」


「だったら姉御、グイグイ進むのは間違いだったのでは?」


「何よシェインまで! 話を聞くだけならこの人でも問題ないでしょ!?」


 まるで子供のようにレイナは頬をぷくうっと膨らませる。


「まあ、そうなんだけどね。浦島さん、カオステラーについて何か知っているかな?」


「か、かお……なんでござるか?」


「知らないようね。じゃあ行きましょうか」


 浦島の言葉を最後まで聞かず、レイナは立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待つでござる! 拙者を置いていくでござるか!?」


「ええ、当たり前でしょ?」


 戸惑う浦島に対して、レイナは素っ気ない返事をした。


「そんな殺生な! せっかくここまで来たのでござる、拙者の話を聞いては下さらぬか!?」


「お前な、聞くって言っても、ここから出せなんて話は聞けないからな?」


「そうなのです。カメをいじめた罪は重いのです」


「違う! そう言うことじゃないでござる!」


 今までの浦島とは違う雰囲気に、場の空気が僅かに重くなる。


「分かった、話してみてよ」


「ちょっとエクス! あなたね……」


 その雰囲気を敏感に感じ取ったエクスは、一人だけ真剣な表情で浦島に向き合う。


「全く、新入りさんのお人よしにも困ったものです」


 シェインは呆れながら、エクスの背中を見つめた。


「かたじけない、エクス殿。では、単刀直入に言うでござる。エクス殿たちは、命を狙われているでござる」


 予想外の言葉に、タオはたまらず言葉を荒げる。


「お前な! 牢屋から出たいがために、適当なこと言ってるんじゃないだろうな!」


「その通りなのです! この期に及んで見苦しいのです」


「…………分かったでござる。拙者をここから出して欲しいとは言わないでござる。しかしながら、エクス殿たちの命が狙われているのは事実でござる! 拙者のことは気にせず、早くここから逃げるでござる!」


 浦島の真剣な表情に、タオもシェインも言葉を失った。


「一応聞くけれど、証拠はあるのかしら? そもそも、誰が私たちを狙っていると言うのよ?」


 二人の代わりにと言わんばかりに、レイナが問う。


「証拠はないでござる。誰かも……言えないでござる」


「おいおい! そんな話を信じろって言うのかよ」


「信じてもらえぬのは、仕方のないことかもしれぬ。だが、お主たちが狙われているのは事実なのでござる! 早く、早くここから逃げるでござる!」


「僕たちが逃げて、浦島さんはどうするの?」


「拙者は……拙者はここに居るでござる。どうなるかは知らぬが、これでいいのだ。拙者の人生など大したものではござらぬ。だが、乙姫殿に出会えただけで、拙者の人生は豊かなものになったげござる。これ以上望むのは、きっとバチが当たってしまうでござるな」


 どこか悟ったような、諦めの表情をするも、それでも浦島の笑顔は輝いているようにエクスの目に映る。


 その時、牢屋の鍵が勢いよく破壊された。


「たく、浦島……なんだよその顔は……ほんと、むかつくやつだぜ……」


「タ、タオ……!? あなた一体何をやっているのよ!?」


 突然のタオの奇行に、レイナは驚きの声を上げてしまう。


「あのな、本当の罪人って言うのはな、そんな風に笑ったりしないんだよ」


 タオに言われて、浦島は自分の顔を撫でる。


「あれ……? 拙者どうして……なんで……おかしいでござる……なんで拙者は――泣いているござるか?」


 浦島は笑顔で答えるも、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。


「お嬢、シェインすまん。こいつの面倒は俺が見る。だから、この場は許してやってくれないか?」


「タオ兄…………」


「僕からもお願いするよ。僕たちが危険ってことは、きっと浦島さんも危険だと思うんだ。だから、お願い!」


「はあ……もう、なにかあっても知らないからね。自分で責任持つのよ」


 レイナは深い溜息をつきながらも、諦めるように了承した。


「みなさんがそう言うなら、シェインも反対できませんね……でもタオ兄。もし、次にこの人がカメをいじめたら、その時はお願いしますね?」


「ああ、二度と釣竿が持てない体にしてやるぜ!」


「いや、それはやりすぎでござる!」


 悲しい顔をしながらも、シェインはタオ達の考えに従うことにした。


「そもそも、お前がカメをいじめなければ何も問題はないんだからな」


「いやだから、あれは本意ではなく、運命の書に書いてあると言ってるでござるよ!?」


「あら? 本当に運命の書に書いてあるのかしら?」


「何度もそう言ってるでござる!」


 その返事に、レイナはようやく浦島の話を真剣に考え始めた。


「みんな議論は後だよ。ひとまずここから脱出しよう!」


 エクスがそう言い、牢屋を後にしようとしたその時、カツ、カツと階段を下ってくる音が聞こえ始める。

 そして――


「あらあら、みなさんお揃いで、どちらに行こうというのですか?」


 そこにいたのは乙姫であった。

 柔らかい笑みを浮かべながらも、初めて会った時とは何かが違う。


「あ、いえ、僕たちそろそろ、おいとまさせて貰おうと思っていて」


「あら、そんなことおっしゃらずに。もてなしはまだ始まったばかりですよ?」


 その時、乙姫の瞳がエクス達の後ろにいた浦島の姿を捉える。


「あ、あの浦島様? 浦島様は、一体どちらに向かうと言うのでしょう……?」


「い、いや……拙者は…………」


「ああ、ああ! そう言うことなのですね。浦島様。この方たちに無理やり連れだされそうになっていたのですよね?」


「それは……違うでござる。拙者は、拙者の意思で、ここを出ることを選択したでござる」


「え……浦島様……? ご冗談ですよね?」


「拙者……嘘は嫌いでござる……だからっ」


 その言葉に乙姫の態度が徐々に変わり始めた。


「どうして……なぜですの!? どうしてあなたはいつも、私を置いていくのですか!? どうして! どうして!?」


「乙姫殿…………? どうしたでござるか……?」


「帰さない……帰さない……」


「乙姫殿? しっかりするでござる!」



「帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない」



 そして彼女は狂気に染まる顔で言う。


「あなたは一生……ここで暮らすの……私と一緒にね」


 刹那、狂気に飲み込まれた乙姫は、巨大な化け物へと姿を変えてしまう。


「お、乙姫がカオステラーだと!?」


「そういうことね……やっぱり、あなたがカオステラーだったのね……!」


「みなさん! 気を付けて下さい! なんだか、すごく嫌な気配を感じるです!」


「浦島さんはそのまま隠れていて!」


「乙姫殿……? 乙姫殿はどうなったでござるか!?」


「いいから早く! 牢の中へ!」


 エクスに言われた浦島は、信じられない光景に戸惑いつつも、牢に身を隠す。


「これが、あの乙姫さんなのですか!?」


 そのまがまがしいオーラと恐ろしい姿に、シェインは我が目を疑わずにはいられなかった。


「美しい姫も、こうなってしまうとただの化け物ね」


「お嬢、観察している暇はないようだ。来るぞ!」


「カオステラー。僕はお前をここで止める!」


 エクス達の運命をかけた戦いが、水底で始まった。



       ◇



「これでお終いよ! はぁぁああ!」


 気迫の籠ったレイナの一撃でカオステラーは消滅した。


 すぐさま、レイナは倒れている乙姫に駆け寄る。


「乙姫さん! 大丈夫!?」


 レイナの声に薄っすらと目を開けた乙姫は、誰に言うわけでもなく告白する。


「私は……私はただ、あのお方と共に在りたかっただけなのです……」


 乙姫の目は今も虚ろで、どこを見ているのかはっきりとしなかった。


「でも、いつもあのお方は、思い出したように帰るとおっしゃるのです。自分の場所へ帰ると。この海の底に、私一人だけを残して……」


 海の底深くを映したような虚ろな目からは、悲しみが零れ落ちていた。


「それが……悲しくて……苦しくて……辛くて……だから、だから私は――」


 大粒の雫が乙姫の顔をぐちゃぐちゃに汚していく。その姿を、みな黙って見ることしかできなかった。


「だから……浦島様の運命の書に”カメをいじめるように”記したのです。罪人として捕えれば、あのお方はずっとここに居てくれるはずだから……」


 全てを告白するように彼女は言った。

 そして、いつの間に持っていたのだろうか四角い箱をレイナに差し出す。


「でも……それももう……叶わないみたいですね。最後にお願いします。この玉手箱を……浦島様に渡していただけませんか? せめて、せめてもの思い出にと!」


「甘ったれてるんじゃないわよ!」


 ずっと黙って聞いていたレイナが、突然声を張り上げる。


「あなたがしないといけないのは、そんなつまらないことじゃないでしょ!? その箱に何が入っているのか知らないけれど、お金や宝でもない。いいわ、あなたが分からないなら私が教えてあげる!」


 レイナの言葉に乙姫は驚いたように、口を閉じてしまう。

 でも、それはレイナの言葉を待っているようにも見えた。


「あなたは……あなたはただ、素直に“好き”って気持ちを伝えれば良かったのよ。それだけ。ただ、それだけのことよ」


 レイナの言葉を聞いた乙姫は、どこか驚いたような顔をレイナに見せた。

 そして、自嘲したような表情で口を開く。


「海の底ってね……すごく、すごく暗いところなの。だからかな、こんなにも暗い性格になっちゃったのは。どんなに着飾っても、どんなに煌びやかなお城に住んでも、私自身が、変わったわけじゃないのにね……」


 悲しみに染まったまま、彼女は止まることなく言葉を続ける。


「彼は……浦島様は……私にとって、水底から見上げた太陽のような人だった。まぶしくて、温かくて、ずっと浴びていたい優しい光。唯一の、希望の光だったの……だから――」


「乙姫殿!?」


 乙姫の告白を聞いていた浦島は、たまらず彼女に駆け寄ろうとした。


「来ないで! 来ないでください……浦島様……」


「乙姫殿……どうして……?」


「こんなぐしゃぐしゃの顔……最愛の殿方に見せられるものではありません。だから、だから来ないでください……」


「乙姫殿がどんな顔だと構わないでござる! 拙者は、拙者は、拙者は乙姫殿のことをッ!」


「――もう! それ以上は言わないでください……これは、私の身勝手な想いなのですから……」


 そう言って、乙姫はゆっくりと目を閉じた。

 それを確認したレイナは、無言のまま調律を開始する。


「乙姫殿! 乙姫殿おお!」



『混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし』



「おとひめどのぉぉぉぉおおおお!!!」


 白く世界は染まる。深い深い海の底までもを飲み込んで。


 白い世界は暗い世界。誰が居たのかさえ分からなくなっていく。


 そこには、浦島の声がいつまでも反響していた。



『ありがとう……浦島様…………

 私は……乙姫は、誰よりもあなたを――愛していました』



 だけどそこにはもう、誰もいなかった。





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