第3話 ようこそ、竜宮城へ



「私は、ここの主の乙姫と申します。この度は、私どものカメを助けて頂いたようで、心から感謝申し上げます」


 そう言うと、乙姫はゆっくりと丁寧にエクス達に向かって頭を下げた。

 それに合わせるかのように、助けたカメをはじめ、背後に控えた色とりどりの魚たちも頭を下げる。


「いえ、礼には及ばないわ。困っている人……いえ、カメを助けるのに理由が必要かしら」


「そうだね! カメも大きなけがが無くてよかったよ」


「それに、シェイン達も美しい海を見ることができて、満足なのです!」


「そうでしたか。どうやら、とても勇敢な方々に助けられたようですね」


「美しい…………」


 すると突然、感嘆の声が漏れる。


「タオ兄、いきなり何を言っているんですか」


「そうよ、いきなり女の子を口説こうとしないでよ。私たちの人間性が疑われるわ」


「いや、俺は何も言ってないから! 確かに綺麗な人だとは思ったが、まだ口にしていないから! 未遂だから!」


 レイナとシェインの冷たい視線に、タオは必死の思いで反論した。


「まだってことは、これからやるつもりだった、という事になりますよタオ兄?」


「あなたね、もう少し自分を客観的に見る目も必要だと思うわよ」


「だから違うって! おいエクス、お前からもなんとか言ってやってくれよ!」


「いや……えー……………」


「露骨に嫌そうな顔をするな!」


「えっと、じゃあ……もしタオが言っていないとして、他に誰が言うの?」


 エクスの言葉に一同が顔を見合わせる。


「あっ――――」


 その時、タオが思い出したように、握っていた縄を手繰り寄せた。


「ああ……乙姫殿……とても美しいでござるなあ……」


 そこには、恍惚の表情を浮かべながら、顔を赤く染めている浦島が居た。


「お前が犯人かよッ!」


 問答無用で、タオは拳を振り下ろした。


「うぐぎゃああっ!? と、突然何をするでござるかああ!?」


 タオに殴られ大声を上げていた浦島を、乙姫は無言で見ていた。


「乙姫様、あやつが私に手を上げた人間でございます」


 耳打ちするように、乙姫の隣にいたカメが囁く。

 だが、その声は存外大きいものだった。

 その声をしっかりと聴いていた浦島は、すぐに反論する。


「い、いや! だから拙者はッ――――」


「この方を牢へ」


 浦島の言葉を最後まで聞くことなく、乙姫は無表情のまま突き放すように言った。

 すると、城の奥から、人型の竜のような生き物が現れ、浦島を連れて行く。


「ちょっと待ってくだされ! 拙者は! 拙者は!」


 罪人の言葉に耳を傾ける者はおらず、浦島はそのまま連れて行かれた。

 その姿を無言で見送った乙姫は、俺たちに向き直るように美しい顔を向ける。


「では、こちらの部屋にてお礼をさせて頂きたく思います。さあさあ、どうぞ。皆様こちらへ」


 乙姫の案内で、エクス達は広い部屋に案内されのであった。

 辺りには朱色の柱が何本も城を支えており、床には真っ赤な絨毯が一同を迎えてくれる。

 中央には十人ほど腰かけられるのであろう、特大な机が鎮座しており、その奥のスペースは一段上がっている作りになっていた。


「こりゃすごい城だな」


「そうですね。外だけではなく、中も派手派手なのです」


 煌びやかな城の作りに、タオとシェインは感嘆の声を上げる。


「うわあ……海の幸がいっぱいあるね。おいしそうだよ」


 エクスが机の上に並べられた、様々な海の料理を見ていると、乙姫が嬉しそうに声をかけてくる。


「こちらが、皆様にご用意致しました食事になります。ちなみにデザートもございますよ」


「で、デザート!?」


 その単語に誰よりも食いついたのはレイナだった。


「こんなにたくさんご用意して頂いて、なんだかすいません」


 ふと我に返ったエクスは乙姫に軽く頭を下げる。


「いいえ、そんなことは御座いません。この程度の事しかできませんが、どうぞ心行くまで、ごゆるりとしていってください」


 そう言うと、乙姫は手をパンパンと二回叩く。

 すると奥にあったステージに、美しい女性が数人現れ、長い袖を大きくふわりとさせながら舞を始める。

 どこからか優雅な音楽が流れ始めると共に、エクス達へのもてなしが始まったのであった。



       ◇



「はあ……どうしてこんなことになったでござるか……」


 一人独房に入れられた浦島は、暗い牢でため息をついていた。

 看守が居るかどうかさえ分からないその場所は、土で塗り固められたような場所だった。


「なんとか、ここから抜け出さねば……魚の餌になるのはごめんでござる」


 だが、目の前に広がるのは、冷たい冷たい鉄格子。

 浦島は嘆息を漏らすことしかできなかった。


「拙者はただ……運命の書に従っただけだと言うのに……」


 今日の今日まで、浦島はただの漁師だった。にもかかわらず、今はどこぞとも知れない狭い牢の中である。浦島の顔は暗くなる一方であった。


「それにしても…………」


 浦島は先ほどの少女を思い出す。顔が熱を帯びていくのを自分でも理解していた。


「乙姫殿は美しいでござるなあ……見ているだけで、心引き付けられるでござる」


 誰もいない小さな空間で、浦島はにやにやしはじめた。


「特にあの瞳! あの瞳でござる! 海の底を映したようなあの深い蒼の色。あの瞬間だけは、乙姫殿しか目に入ってなかったでござる……」


 竜宮城の入り口で初めて乙姫と出会った時を思い出す。

 それだけで、心臓の高鳴りを感じてしまっていた。


「もう一度……もう一度だけ会いたいでござる……」


 でも、会えたらどうするのか。きっとそれだけで満足してしまう。

 浦島の表情はそんな風だった。


「はあ……乙姫殿……」


 牢に閉じ込められているにもかかわらず、浦島の口から漏れるのはそんな言葉ばかりであった。


 狭い牢で一人ため息をついていると、外からカツ、カツと誰かが近づいてくる音を浦島は聞き逃さなかった。


「そこに誰かいるでござるか!? 拙者を、拙者をここから出してくださらぬか!?」


 音の主は声を発することなく、さらに浦島に近づいてくる。


 問いに対し、返事のない浦島は額に汗を浮かべながら俯き、その時を待った。

 高らかに鳴っていた足音は、やがて自分の牢の前で止まる。

 現実を受け入れられない浦島は、目をぎゅっと閉じながら、必死の思いで叫ぶ。


「せ、拙者など! 魚の餌にしたところで、何の栄養にもなりませぬ! だから、だから――――」


 何かを言いかけて、浦島は懇願するように目を開いた。


「あ、あなたは――――!?」


「しッ、ですよ浦島様」


 目の前の人物は桜色の唇に人差し指を当てながら、浦島の言葉を止めた。


「もう少し、もう少しだけここでお待ちくださいませ。全てのことが終われは……」


 そこで彼女は言葉を止める。

 そして、悲しみに染まりながらも、どこか壊れたように言うのだ。


「“あの方たちを始末”すれば……そうすれば……私たちはきっと……永遠に共にあることができるのですから……」


 悲しいのか、嬉しいのか、楽しいのか、怒っているのか、でも浦島が見たのは、そのどれでも無い感情だった。


「では……後ほど……」


 その一言だけを残し、その人物は去ってしまう。

 何が起きたのか理解できていない浦島は、声ひとつ出すことさえできない。


 だが、再び一人になった浦島は、納得できない状況に唇を噛みしめながらつぶやく。


「どうして……どうしてなのでござるか…………“乙姫殿”!」


 浦島がいた牢屋は、とても冷たく寂しい場所だった。



       ◇



「ふー食った、食った……」


「シェインももう満腹なのです。当分ごはん食べなくても大丈夫です……けぷっ」


 食事を終えたエクス達は、片付け終わったその場所で、先ほどまでの余韻に浸っていた。


「料理も素晴らしかったけど、あの舞もよかったよね。なんだか、すごく癒された気がするよ」


「あら、エクスがそんなこと言うなんて珍しいわね。でも、ここのもてなしのレベルには、凄まじいものを感じるわ」


「デザートも、誰よりもたくさん食べていたもんね」


 エクスは、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「う、うるさいわね! 私たちの為に用意してくれたものを、残すのが申し訳ないと思っただけよ!」


「でも、シェインの分まで食べていましたよね?」


 デザートの話題に、シェインはすぐさま参戦してくる。


「あ、あれは、シェインが要らないって言ったからでしょ!?」


「いえ、シェインは『これ食べないの?』と聞かれたので、『最後に食べるです』と言ったはずですが?」


「それをお嬢が勘違いして、勝手に食べてたんだろう。俺もちゃんと見ていたぞ」


 シェインの援護をするように、タオが目を細めながらレイナを見る。


「あはは……それはレイナが悪そうだね」


「ちょっと待ちなさい! それ事実なの!? 嘘でしょ!?」


「姉御、食い意地に負けて事実を捻じ曲げるのはやめてください」


「そうだな……仲間を疑うやつにリーダーは務まらないな」


 シェインとタオが畳み掛けるようにレイナに事実をぶつける。


「その……あの……えっと……だから……!」


「レイナ、こういう時は素直にならないとだめだよ?」


 エクスが諭すようにレイナの背中を優しく押す。


「そ、そんなの! 分かっているわよ……だから…………悪かったわ……」


 俯きながら、消えてしまいそうな声でレイナは言った。


「はい、分かって頂ければいいのです。今度、シェインのおすすめ武器についてお話を聞いてくれるのなら、今回のことは許してあげるです」


「う、嘘でしょ!?」


「これは2、3時間は拘束されるだろうな……」


「まあでも仕方ないね。今回はレイナが悪いんだから」


「うう……分かりました……」


 レイナはシェインの提案を渋々了承することにした。


「さて、暗い話はここまでです。これからどうしますか?」


 話題を変えるように、シェインは少しだけ明るい声で話し始めた。


「そうだね……カオステラーの情報を集めないといけないからね。誰かに話を聞いてみるとか?」


「となると乙姫か? この辺りには詳しそうだからな」


「そうね、なら彼女を探しに行きましょうか」


 一同が立ち上がろうとしたその時、エクスが何かに気付く。


「ちょっと待って、入口の方から誰か来るよ!」


「あら、乙姫かしら? ちょうどいいわね、ちょっと話があるんだけど――」


「クルルックルルッ!」


「だから、なんでヴィランなのよ!」


「たく、こいつらはこんなところにも現れるのかよ!」


「嘆くのは後です! みなさん来るです!」


「よし! ここは僕たちが守るよ!」


 煌びやかな灯りの中、エクス達の戦闘が始まった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る