第2話 カメの恩返し



 難なくヴィランを退けた一同に、聞き慣れぬ声がかけられた。


「危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」


「ん? お嬢何か言ったか?」


「私? いえ、何も言ってないけど、エクスじゃない?」


「僕も、何か言った覚えはないんだけどな……?」


「みなさん、これです、これを見てください!」


 そう言ってシェインは足元にいたカメを指差した。


「先ほどはありがとございました。なんとお礼を申し上げればよいものか」


「え……? 嘘でしょ?」


「カメだ! カメがしゃべっているぞ!」


 体は大きいながらも、かわいらしいカメが口を開いたことに、レイナとタオは少々興奮気味であった。


「いや、いままでも人以外が言葉を話したことあったよね? なんで二人はテンション上がっているんだろう?」


「それはシェインにも分かりません。たぶん、二人が子供だからではないですか」


 はしゃぐ二人に対し、エクスとシェインは一歩引いた位置から眺めていた。


「お礼なんていいから、もっと何かしゃべりなさいよ!」


「そうだそうだ、一発芸とかないのか?」


 突然の二人の無茶ぶりに、カメは苦笑いを浮かべる。


「そ、そんなこと申されましても……私は話せること以外は普通のカメでして……」


「こう……なんかできないの? ばばんとッ! どどんッ! みたいなすごいこと!」


「そうそう! ズズンッ! ズバババンッ! シャキーンっ! みたいなやつだよ!」


「二人はカメに何を求めているの!? 意味が分から無すぎるよ!」


「はい、お二人ともそこまでです。カメさんが困っていますよ?」


 二人の押しの強い言葉に、カメは今にも泣きだしてしまいそうなくらいに、瞳を輝かせていた。


「そうですぞ! カメ殿が困ってらっしゃるではないか! その辺にしてあげてくだされ!」


 なぜか縛られたいる浦島が声を上げた。それに誰よりも早く反応したのはタオだった。


「うるせいッ! お前が偉そうにいうんじゃねぇぇえ!」


 タオの鋭いかかと落しが、座っていた浦島の足にさく裂する。


「あぎゃぁぁああ!? あ、足がぁああ!? 拙者のあすぃぃぃがああぁぁああ!?」


 あまりの痛さに、浦島太郎は悶えるように砂浜を転がった。

 そんな、浦島のことを一瞥することなく、カメは恐る恐る口を開く。


「あの……芸などはできませんが、お礼ならできます。もしよろしければ、竜宮城にいらっしゃいませんか?」


 聞き慣れない言葉に、レイナは首を傾げた。


「その、竜宮城と言うのはなんなのかしら?」


「はい、深い深い海の底にある、我々が住まう宮殿のことです。そこにて、お礼を申し上げたく思っております」


「でも、海の深いところまで僕たちはいけないよ? 当たり前だけど、呼吸が続かないからね」


 エクスがそう言うと、先ほどまで悶えていたはずの浦島が偉そうに口を開く。


「何をご冗談を。ここ近海の海は、水中でも呼吸ができると有名ではござらぬか。そんなことも知らないとは、やれやれでござるなぁ」


「うるさいぞ」


「あぎゃああああ!? 目がああぁああああ!? 拙者の目ぎゃあああぁぁああ!?」


 態度の大きい浦島の目を、タオが指二本で攻撃する。

 またも、浦島は砂浜を転がりだした。


「本当に、騒がしい人ですね」


 シェインは呆れた表情で、嘆息を漏らす。

 そんな浦島のことは一切気にせず、エクスは状況を整理しようといていた。


「水中で呼吸ができるなんて、そんなことあるのかな? レイナはどう思う?」


「そうね……カオステラーがそのように世界を書き換えたのならば、ありえない話ではないわね」


「となると、わざわざカオステラーが話を書き換えた水中に、何か手がかりがあると考えるのが自然だね」


「そうね。必要な情報もまだまだ足りないわけだし、一度、その竜宮城に行ってみるのも悪くはないかもしれないわね」


「どうやら、話がまとまったようだな」


 エクスとレイナのやり取りを聞いていたタオが、覚悟を決めたという顔で二人に話しかけた。


「でもカメさん。どうやってシェイン達は、海の底にある竜宮に行けばいいのです?」


「それは私にお任せくださいませ。私の背中に乗って頂いて、竜宮までご案内致します」


「それはありがたいんだけど、あなた一人で、私たち全員を乗せられるのかしら」


 レイナが訝しげにカメを見るも、カメは自信に満ちた表情をしている。


「ご心配は無用です! あちらをご覧ください!」


 そう言いながら、カメは短いひれを精一杯伸ばし、海の方を指す。

 すると、ばしゃんっと大きな水音を立てながら、三匹のカメが出現した。


「おお! なんだかカメがたくさんでてきたな」


「あはは、なんていうか、タイミングがいいね」


 タオは感心した様子であったが、エクスは驚きながらも、突然のカメの出現に苦笑する。


「もともと、こちらの海岸で待ち合わせの予定でしたので。少々、私だけ早くついてしまいましたが……」


「運がいいのか悪いのか、微妙なところね」


「でも、かわいいカメさんがたくさん見られて、シェインとしては満足です」


 レイナは微妙だという表情でように肩をすくめるも、シェインは一人、にんまりとしていた。


「さあ、みなさん! 遠慮はいりません。どうぞ私たちの背中へ」


 カメが元気よく、自分の背中へ乗るように促す。

 一同は、恐る恐るながらもカメの背中に乗った。

 すると先ほど助けたカメが、背中のタオに声をかける。


「大変恐縮なのですが、あちらの方も連れて行ってもらえませんか? 処遇につきましてはこちらで検討いたしますので」


 カメがちらりと見たのは、もちろん浦島だった。


「悪いことしたんだからな、ある程度の罰は必要だな。よし! お前も行くぞ!」


 そう言って、タオは縛った縄の端を強く握る。


「あ、あの……何をしているでござるか……?」


 浦島がぽつりとつぶやくも、誰も反応を示すことは無い。


「では皆様、これより竜宮城へ出発いたします。狭い背中ではありますが、どうぞ肩の力を抜いて、楽にしていてください。では――参ります」


 一同を乗せたカメは、迷うことなく水中に飛び込んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくだされ! 拙者だけ引っ張られてッ――ううわわあああ!?」


 浦島だけは水中を引っ張られながら、進むのであった。



「ゴッゴボッ!? あ、あれ……本当だ……普通に呼吸ができているみたいだ」


「いえ、呼吸どころか、普通に会話もできるわね」


「会話だけではありません。水の抵抗と言うものを一切感じないのです。まるで、水が無いみたいなのです」


「これなら、いつヴィランが出てきても大丈夫そうだな」


 タオが冗談交じりに、笑いながら言ったその時――


「クルルルルルッ!」


 正面から、ヴィランが現れたのであった。


「ちょっと、タオが余計な事を言うから敵が出てきたんじゃない!」


「いや、今のは俺、何も悪くないだろ!」


「タオ兄、今シェイン達は感動していたところなのです。水を差さないで下さい。水中だけに……」


「へえー、シェインもそう言うこと言うんだね」


 エクスの声に、シェインはびくりと肩を動かした。


「し、新入りさん……今の聞いていたのですか……?」


「聞いていたと言うか、聞こえたって感じかな。隣だからね?」


「………………」


 すると、突然シェインは俯いてしまう。何が起きたのか分からなかったエクスは、戸惑ってしまう。


「し、シェイン…………?」


「ヴィラン……………………許さないのです!」


 何かを決意したように顔を上げたシェインは、カメと共にヴィランの群れに突っ込んでいった。


「ちょ、ちょっと待ってよシェイン!」


 シェインの後に続くように、エクス達の戦闘が水中で始まった。



       ◇



 地上と全く変わらない動きで、一同はヴィランを退けた。


「それにしても、海の中ってこんなにきれいだったのね」


 レイナは初めて見る光景に、心躍らされていた。


 紺碧の世界が広がる海中に、太陽の光が木漏れ日のように差し込む光景。

 色鮮やかな魚たちは、まるで一同を案内するかのように、周りを優雅に泳ぐ。

 美しい虹色の貝は、紺碧の海をさらに輝かせ、海藻たちが一同を歓迎するように波に揺られている。


「そうだね……こんな光景見たことないよ」


「武器もいいですが、たまにはこういうものもいいものですね」


 それぞれが、美しい海に感動しているとタオが声を上げた。


「おい! あそこに何か見えるぞ!」


 その声に反応した一同は、タオが指差した方を無意識に見ていた。


「あ、あれは……」


「なんだか、すごいところね……」


「なんとも眩しいお城なのです」


 そこには、煌びやかな光が漏れる、幻想的なお城がエクス達を出迎えたのであった。



「みなさん、ここが竜宮城にございます」


 カメから降りた一同は竜宮城の高い入り口を見上げる。


「すごい大きなお城だね」


「ええ、こんなに立派なお城は、なかなか見ることはできないと思うわ」


「姉御が言うのなら、本当にすごいものなのですね」


 すると、竜宮城の大きな門がゆっくりと左右に開いていく。


 そこから、一人の少女が姿を現した。


 海の紺碧のような、美しい着物を身に纏い。肩には桃色の羽衣のようなものを優雅に浮かせ。見るもの全て虜にしてしまいそうな美しいサファイア色の瞳で、エクス達を優しい表情で出迎える。そして、桜色の唇が僅かに震えた。


「ようこそみなさん、竜宮城へ」


 そこには、天女と見間違うほどの、見目麗しい姫が居たのであった。







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