第四話 青い目の人形
芸術家の家の前で、ヴィランの大群をなんとか倒しきったタオとエクス。息を切らしながらも振り返った二人が見たものは……
シートを引いてお茶とお菓子を用意した、完全に観戦モードのレイナとシェインだった。
「モグモグ……数はすごかったけど……モグ……強さは……モグモグ……大したことなかったわね……ゴクン……あれくらいならいくら襲ってこようが怖くないわね」
お菓子を食べながらそんな感想を言うレイナも、隣でお茶をすすりながら頷いているシェインも、見た感じそこまで消耗していない。
「は? お嬢達もシェインもなにして……いや、そっち終わったんなら手伝えよ!」
エクスもさすがに苦笑いしている。
「やーね、危なくなったら手伝うつもりだったわよ……それに増援が来ないとは限らないし……モグモグ」
「いやいや、めっちゃくつろいでるじゃねーか! せめて警戒して?」
「な、こう見えてちゃんと警戒して……」
エクスは言い合いを始めた二人の脇をすり抜けてシェインに言った。
「お互いなんとかなったね……二人は……長くなりそうだからとりあえず王子のところに戻ろうか?」
いつものようにどっちがリーダーだの大将だのといった不毛な二人の言い合いに発展したのを見て、シェインはため息をつくと……バッと急に後ろを振り返る!
「ど、どうしたの?」
その急な行動に動揺したエクスに、彼女は首を横に振った。
「なんでもないです……気のせいでした……」
彼女は一瞬妙な視線を感じた。だが、振り返った先に異常は見当たらなかった。
王子のところに戻った一行は、早速手にいれた鉛の心臓を彼に見せた。
『おお! 見事だ。今のものとほとんど一緒だ! ……まあこれが初めての自分の作品では、作った者は満足していないだろうが……』
王子の言葉を聞き四人は暗い顔になる。結局あの後、芸術家の安否は確認できなかった。だが、出てきたヴィランの数からして……
『どうした? 君達暗いぞ? 上手くいったんだから少しくらい喜んでも……』
王子の言葉に各々前を向く。確かに今さら悔やんでもしょうがない。今は前を向き進むしかない。四人はそんなことを思う。
『……後二つは私もついて行くし』
予想外だった。だから彼等は黙ってしまった。誰一人として、今言われたことを理解していなかった。
そんな中、いち早く正気に戻ったのはエクスだった。
「ついてくるってどうやって?」
当然の疑問だ。彼は像だから動けないため、四人に自分の器を集めるよう頼んだのだ。
『言ったろう? 私は鉛の心臓に宿っているって。だからそっちの心臓に移って、君達と次の器である“関節のある人形”を探しに行く!』
エクスは思わず自分の持つ心臓を見る。魂が宿ったらどうなるのか想像もつかなかった。
ドクンと、突然エクスの手の中で心臓が脈打つ。
「わあ! な、なんだ?」
危うく地面に落としそうになるのを必死で防いで、もう一度手の中を見る。だが、もう脈打ってはないようだった。代わりにほんのりと温かい気がした。
『あーあー、聞こえるか? あーエクス君?』
今度は心臓が喋りだした。
「えっと……聞こえますよ」
不安そうに返事を返すエクスを、他の三人は黙って見つめている。彼等はまだ声がでないようだ。
『お! 聞こえるか! 上々だな。次は街の西に向かう。そっちの方に人形職人がいると言っていたはずだ……あ! 報酬は目に埋め込まれたサファイア二つと、肩から上の金で良いだろう。シェインさんお願いします』
シェインは無言でまた石の台座に登ると、もうすでに手慣れた手つきで目のサファイアをくりぬき金を剥がす。
『えっと済んだかい? 目がないから見えなくって……なんとなく感じることは出来るんだが……』
詳しく聞くと、霊力的な力でどこに何があって誰がいるという大まかなことは分かるが、それがどんな色でどんな形かまでは分からないそうだ。ただし、宿ったものに目があればはっきりと見ることが出来る。
「……でも心臓には口は無いよ?」
エクスはふと今感じた疑問を口に出す。
『ん? ああそれは、この声は聞こえるものにしか聞こえない魂の声だからさ!』
……
人形職人への報酬を手に四人と喋る心臓は街の西へと向かった。
ただひたすら西に向かって歩いていく一行は、やっと皆喋る心臓を受け入れ、とても賑やかになっていた。
何度かヴィランが申し訳程度に襲って来たが、その程度で被害を受けるわけもなかった。
四人はもう気付いていた。この街は中央に近い住人ほど裕福で、外側に行くほど貧しいもの達が住んでいると。そして、王子は貧しいもの達のことはかなり詳しいということを……
『もうすぐ彼女の家だ。娘さんは元気だろうか?』
王子の話によると、人形職人は幼い娘のいる未亡人だそうだ。彼女の作る人形は質は良いのだが、縁に恵まれずあまり売れていないらしい。
建物がひしめくこの辺りに店があるというときだった。
「ちょ、なんなのこれ!」
近くの建物の中から悲鳴のような声が上がった。直後、ある建物の扉が勢いよく開くと、一人の女性が飛び出してきた。
女性に続いて、開いたままの扉からはヴィランが続々と出てくる。
『彼女だ! 早く助けなくては!』
王子の声を聞くよりも先に四人は動き出していた。
「早く! こっちへ!」
そう叫ぶレイナ。
そして四人は彼女を後ろにかばうと、迫り来るヴィランとの戦闘に入る。
「なんとか皆無事ね」
全員の顔を確認しながらレイナが言った。
「当然だぜ! ……けど、あいつらちょっとばっかし手強くなってたぜ」
タオの言う通りだった。初めに襲われた時と比べて明らかに一体一体が強くなっている。
「まだまだ強くなるかもね」
エクスの言葉に他の三人も頷く。
そんな彼等をほうっておいて、エクスの脇の袋から王子は今助けた人形職人にひたすら声をかけている。
だが、彼女には全く届いていないようで、彼女はエクス達に近付くと頭を下げた。
「ありがとうございました。危うくやられるところでした」
エクス達は彼女に目を向ける。第一印象は普通の女性。ただ、彼女が右手に抱えている女の子の人形が、妙な存在感を放っている。
「無事で何よりです。何があったか分かりますか?」
人形職人は、エクス達に今起きたことを話し出した。
「今日もお店にはお客さんは来ないだろうと、二階で二人で遊んでいたんですが、急に下から物音がしたので見に行ったらあの化け物達が……」
彼女の言葉にシェインがひっかかりを覚えた。
「二人? えっとまだ誰か中に?」
すると彼女は全員に抱えている人形を笑顔で見せる。
「おかげさまでこの子も無事よ」
……
今回初めに静寂を破ったのは王子だった。
『なんてことだ! 彼女もカオステラーのせいでおかしく……』
もちろんエクス達には聞こえているが、声を返すものはいなかった。
なんにせよ、彼等は目的を果たさなくてはならない。彼女のことはあまり触れずになぜここに来たのかを説明した。
「関節があって広場の像くらいの人形? たしか一つだけあったような……待っててね見てくるわ」
そう言って彼女は、店の中へと戻っていった。だが、エクス達は後を追ってすぐ店の中に入ることになる。店から先程とは違い、困惑したような声が聞こえてきたからだ。
エクス達が店に入ると、店の中にはあるべきはずのものが無かった。いや、あるにはあるのだが、数が少なすぎた。
人形が数体しかなかったのだ。
「どういうこと? あんなにたくさんあったのに……」
人形職人の困惑した声に、シェインが自分の予想を聞かせた。
「恐らくさっきのヴィランはここの人形だったんじゃないですか? ……もしかしたらカオステラーは、シェイン達が店に入ってから人形をヴィランに変えることで一網打尽にしようとしたとか、けど上手くはいかなかった」
エクスは、その予想を想像してみて震えた。店は狭く、もしそうなっていたら無事でいられたとは思えない。
「あら? よかったこれは無事だったわ!」
人形職人の声にそこへ向かうと、関節のある大きな人形が横たわっていた。
「たしか、あなたが持っている鉛の心臓を胸にしまいたいのよね? ちょっと見せて」
エクスは脇に下げた袋から鉛の心臓を取り出すと彼女に渡した。
そして今回は忘れないように先に報酬も渡す。
「え? こんなにいいの? ……あ! いいこと思い付いた……皆ちょっと外出てて、大丈夫ちゃんと依頼通りにやるわ!」
そう言われてはもう任せるしかないと、四人は一旦外に出る。
いくらも待たないうちに人形職人が出てきた。両手で身の丈ほどもある人形を抱えている。思わず手を出したタオにそれをそのまま渡す。
「ちゃんと心臓も入れたわよ……どう? 完璧でしょ? それじゃあ私はこれで、あの子が中で待ってるから」
そう言うと彼女は、こちらの確認も待たずに店に戻ってしまった。
エクス達がタオの受け取った人形を囲むと……
『なんてことだ! カオステラーの毒牙にかかっていても、彼女は優しいままだ。この目を見てくれ! 報酬のサファイアをそのまま使って作ってくれたんだ……美しいだろ?』
だが、四人は王子の話なんか聞いていなかった。なぜなら、王子が動いていたからだ。
関節のある人形のおかげか、王子は自由に動けるようになっていた。ただ、自在に動かせると調子に乗った王子の動きが問題だった。
「ひゃー、ぬるぬるのぐにゃぐにゃじゃない! 気持ち悪い~」
レイナはもっとカクカク動くと思ったのか、そんなことを言って苦い顔をしている。
人形職人の腕がいいからか、ぱっと見は人間のようで、それが人間では絶対に出来ない動きをしている。実際に見ると、それは思ったよりも気持ち悪かった。
『気持ち悪いって……い、いや、そんなことよりも次だ! 次で最後だから急ごう!』
王子は受けたショックをごまかすように、話を変えて先を促す。
「そうですね、ここまで来たら最後までさっさと終わらせましょう。じゃあ次に着くまでにその体に慣れておいてくださいね?」
エクスにそう言われた王子は言葉に詰まると、降参したかのようにただ黙って頷いた。
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