第16話 JT- サンタ試験 ー
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JT(Judging Trial ):サンタ試験
国際サンタクロース協会が行うサンタの採用試験。受験者は、退職予定のサンタが自分の後継者に推薦した「候補者」。三人の試験官が「候補者」のサンタ適性をチェックし合議により合否を決定する。
サンタは三次元世界と四次元世界とを自由に往来し、障害物をすり抜けたり過去の事象を改変したりすることができる。ただ、その不思議な力はあくまでDMC(次元移動コンパス)によるものであり、サンタ自身が特殊な能力を有しているわけではない。
そこで、サンタには、最低限の知力と体力に加え、DMCにかかる技術や機密扱いとされる情報を厳格に取り扱い私利私欲のために行使することのないよう、高い倫理感や使命感が求められる。
退職予定のサンタ一人で後継のサンタを決定するのは、主観が介入することで適正な人材が確保されないおそれがあるため、二十世紀末からJTが導入されサンタの質の確保が図られてきた。
試験の内容については特段の決まりはなく、退職予定のサンタが試験案を作成し、それをサンタ協会が承認することで決定される。ただ、試験は四次元世界で行われるのが慣例となっている。理由として、サンタは非現実的な環境下での活動を
なお、候補者を推薦したサンタが試験場所へ赴くことは許されているが、試験開始後、受験者に有利となる行為を働くことは禁止されており、言葉をかけたり身体に触れることは内容の
★★
「奈々子の命を……救うだって? 救うってどういうことだよ? あいつを生き返らせることができるってことか? 俺がサンタになればあいつが生き返るのか!? そうなのかよ!? おっさん! 教えてくれ!」
陽太は目の色を変えてサンタの上着の
「一度に質問されても答えられんじゃろ。順を追って説明するから、まずはそこに座れ」
「ご、ごめん……つい興奮しちまって」
バツが悪そうに上着から手を離す陽太。自分を落ち着かせるように深呼吸をしてベッドに腰を下ろす。
サンタは衣服を整えながらフーッと息を吐く。そして、
★★★
「――どうじゃ? 理解できたか?」
説明をひと通り終えると、サンタは陽太に確認する。
「大体わかった」
サンタの話は初めて耳にすることばかりだったが、陽太はその内容を理解することができた。ただ、その先のことが知りたくて堪らなかった。
そんな陽太の態度を察したようにサンタは笑顔で続ける。
「ふむ、では、お前の質問に答えるとしよう。
さっきも言ったが、わしらサンタはDMCの技術を私利私欲のために使うことを禁じられておる。つまり、お前が試験に合格したとしても、DMCを使って交通事故が起きた空間に赴いて夏目奈々子を救うことはできん。
協会の目を盗んでDMCを操作したとしても、システムサーバの記録を見れば、サンタの行動は一目瞭然じゃ。改変された過去はすぐに元に戻され、厳しい処罰を受けるのが落ちじゃ」
その瞬間、陽太は「納得がいかない」といった表情を
「それじゃあ、奈々子は救えねぇじゃねぇか! 俺がサンタになる意味なんてねぇよ!」
「確かにそうじゃな。サンタとしてのお前では夏目奈々子を救うことはできん。ただ、サンタになる前のお前ならできるかもしれん」
「サンタになる前……? どういうことだ?」
「それを今から説明する。しっかり聞くんじゃ」
陽太の顔つきが神妙なものへと変わる。思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「『サンタになる前』というのはJTを受験する前のことじゃ。もう少し言えば、JTの要件として『夏目奈々子を救うこと』を設定すれば問題はないということじゃ」
陽太は眉間に
「ふむ、言葉が足らんかったようじゃな。では、もう少し具体的な話をするとしよう。
JTの内容はサンタが案を作って協会が承認することで確定するが、今回は既にその手続きは終わっておる。つまり、具体的な試験内容はすでに決まっておる。
お前には夏目奈々子が走った百メートルを彼女といっしょに走ってもらう。もしお前が彼女のベストタイムよりも速く走ることができたら彼女の命は助かる」
「奈々子が走った百メートルをいっしょに走る?」
「そうじゃ。事故が起きた空間が今回の試験会場じゃ。お前はDMCの端末である手袋を嵌め《は》めて、夏目奈々子がスタートした後、少し時間を置いて後を追う。スタート地点はマンションの玄関。そして、ゴールは手袋で彼女を捕まえたときじゃ。わしの言っている意味がわかるか?」
サンタの話はあまりにも
試験会場は奈々子が事故に遭った、クリスマスイブの産業道路。そこで、陽太は奈々子の後を追って走る。
雪が積もった路面は滑りやすい状態となっている。しかも、ガードレールや安全柵といった障害物を跳び越えなければならない。ただ、DMCの安全装置の恩恵を受ける陽太は物理的な制約を受けることは一切ない。つまり、晴天のスタジアムで競技用のトラックを走るのと何ら変わらない状態で走ることができる。
白い手袋は、つかんだものを一時的に自分と同じ空間に引き込むことができる。奈々子がダンプカー
「サンタがそんな行為を働くのはNGじゃが、それがJTの要件であれば問題はない。ルール上も問題はないが、それはJTの趣旨にも合致する。
もともとサンタには『無償の愛をもって他人に接する気持ち』が求められる。そこで、JTでは『誰かのために持てる以上の力を発揮できるかどうか』が試される。
お前が彼女のために百二十パーセントの力を発揮すれば、サンタとしての適性は認められ、結果として彼女も助かるというわけじゃ。資料によれば、お前の公式タイムは10秒83。それに対して、夏目奈々子は10秒71。今すぐこの差を縮めるのは無理じゃろう?」
サンタの言葉に陽太は口をへの字に結ぶと黙って頷く。
「そこで、JTは半年後に行うこととする。お前が高校に入学した年の六月最後の土曜日でどうじゃ? 高校一年生の日本記録が10秒45じゃから10秒70は出せないタイムではないじゃろ。何か質問はあるかな?」
サンタの説明を聞いて陽太の中で複雑な思いが湧き上がる。「いつか奈々子より速く走れるようになりたい」。これまでずっとそんな思いを胸に走り続けてきた。おかげで全国選手権でも三位に入賞し西北実業への推薦入学も決まった。
ただ、今の陽太には自分が奈々子を超えられるイメージが全く浮かばなかった。
女子の世界記録が10秒49であるのに対し、男子高校生の日本記録が10秒01。普通に考えれば、高校在学中に陽太が奈々子を超えることはできる。しかし、これから半年で奈々子より速く走るには、自己ベストをコンマ一秒以上縮めなければならない。タイムを縮められる保証などどこにもない。常識で考えれば、それはかなり厳しい。
陽太の中で自問自答が続く。顔に焦りの色が浮かんでいる。
サンタは黙って白い
不意に、陽太が声をあげて笑い出した。
思いも寄らぬ出来事にサンタは虚を衝かれたような顔をする。
「どうした? 何か面白いことでもあったか?」
陽太は笑いながら何度も首を横に振る。
「いや、うじうじ考えてる自分が馬鹿みたいに思えてきてな」
フーッと息を吐くと陽太はサンタの顔をじっと見つめた。その瞳には鋭い眼光を
「『走れるか?』じゃねぇ。走らなきゃいけねぇんだ。走ってやる。絶対にあいつより速く走ってやるよ」
つづく
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