第12話 サンタの秘密
★
「もう一度、奈々子に会いたい」
そんな言葉を口にした陽太だったが、視線を足元に落として首を横に振る。自分が不可能なことを言っているのがわかったから。
奈々子はもうこの世にはいない。告別式が行われ肉体は消滅している。つまり、「奈々子に会う」という行為は、陽太が彼女の世界――あの世へ
日本神話でイザナギが亡き妻イザナミを追って
ただ、その試みは失敗に終わり悲劇的な結末を迎えるものばかりで、「死者の世界へ踏み入るのはご法度」といった教訓を後世に伝える逸話となっている。
「わしの言うことが信じられないといった顔をしとるのぉ。まぁ、その反応は当然じゃわな。『死んだ者に会う』などというのは非現実的な話じゃからな。
死者を蘇らせることができる者がおらんわけではない。ただ、それを
サンタは首を横に振ると、肩をすぼめて両手を左右に広げる仕草を見せる。
「ただし、『死者を蘇らせること』と『死者に会うこと』は全く別のことじゃ。いくら頼まれてもわしには
サンタはにこやかな表情でサラリと言い放つ。
その瞬間、陽太の鋭い眼差しがサンタに突き刺さる。
「おっさん、今何て言った? 奈々子に会うことが……造作も無いことだって? どういうことだ? どうやって俺を奈々子に会わせてくれるんだ? おっさん! 教えてくれよ!」
顔を近づけて
「焦るでない。よく言うじゃろ? 『
白い
「順を追って説明しよう。ただ、細かい話をし出すとお前の思考回路がショートするやもしれん。今は要点だけ説明する。疑問に思うことがあるかもしれんが、あまり深く考えんようにな」
サンタは窓辺の椅子に腰を下ろして「コホン」と小さく咳払いをする。そして、ゆっくりとした口調で話し始めた。
★★
「次元という言葉を聞いたことがあるかな?」
「次元?」
サンタの口から飛び出した、唐突な言葉に陽太は眉間に
「零次元、一次元、二次元の次元――『空間の広がり』を意味する言葉じゃ。『零次元』の世界は単なる『点』。空間的な広がりは皆無じゃ。
それが『一次元』になれば、空間は『線』となって、その世界の生き物は一本の線の上を移動できるようになる。しかし、線上に障害物を置くと移動に制限がかかる。なぜなら、障害物を避けるために左右に移動するといった概念が存在しないからな。
それを可能にするのが『二次元』の世界じゃ。空間が『平面』となることで、前後に障害物を置かれたとしても、左右に移動することでそれを回避することができる。ただ、前後・左右に障害物が置かれると移動はままならん。上下の移動といった概念が存在しない世界じゃからな。
それは『立体』の世界。お前たちが暮らす『三次元』において初めて可能となる。お前たちが認識できるのは、この四つの次元じゃな」
サンタは右手で
そこまでの話は、陽太の頭でも理解できた。点と点をつないだものが「線」。線をいくつか結んだものが「平面」。そして、平面をつなぎ合わせたものが「立体」。しかし、サンタが何を言おうとしているのか理解できなかった。
「では、本題に入るぞ。今わしらは『三次元』の世界におるが『四次元』の世界へも行くことができる。正確に言えば『四+α次元』じゃが、今は四次元と言っておく。ところで、若いの。四次元と聞いてどんなところかイメージできるかな?」
陽太は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。考えてみたが、四次元のイメージは浮かんでこなかった。
「そうじゃろうな。昔からモデルを作る学者はおっても実際にその世界を体験した者はほとんどおらんからな。『ほとんど』と言ったのは、何かの拍子に偶然その世界に足を踏み入れてしまう者がおるということじゃ。中には戻って来れんかった者もおる。
バミューダ諸島周辺の海域で船や飛行機が消えてしまう現象や日本で『神隠し』と呼ばれる現象のいくつかがそれに当たる。次元の狭間で迷子になるのはディズニーランドやユニバーサルスタジオで迷子になるのとは訳が違う。
わしらサンタが異なった次元を安全かつ正確に移動できるのは、後にも先にもこの「DMC(Dimension Movement Compass 次元移動コンパス)」があるおかげじゃ」
サンタは右手の人差指で、左手に
陽太は頭が混乱していた。確かに四次元という言葉は聞いたことがある。以前読んだSF小説で、異次元人と名乗る者が四次元空間から現れて世界の征服を
「ふむ、言葉だけでは理解できんようじゃな。では、実演を踏まえて説明するとしよう。
これからわしが壁を通り抜けて廊下に出る。おまえはドアから廊下に出るんじゃ」
サンタはゆっくり立ち上がって右手の人差し指で左手の甲に触れるような仕草をすると、壁の中へ吸い込まれるように消えていった。
目を見開いて驚きを露わにする陽太。慌ててドアのカギを開けて廊下へ飛び出した。
すると、そこには、にこやかな表情を浮かべたサンタが立っていた。
間髪を容れず、サンタは右手で陽太の左手をつかむとそのまま壁の中へと進む。
陽太の周りが真っ暗になる。しかし、それはほんの一瞬だった――陽太は部屋の中にいた。両手で身体のあちこちを触ってみたが、特に変わったところはない。
「今、お前はわしといっしょに四次元空間を通ってこの部屋の中へ入った。お前の左手をつかんだ、この白い手袋がDMCの端末の役目を担っておる。つまり、手袋をはめている者はもちろん、手袋に触れているものを同じ四次元の世界へ引き込むことができるのじゃ。
もともとDMCのメインシステムはわしらの本部にあって、外にある『DS(Dimensionn Sled
初めて聞く話ばかりだった。サンタの手袋や
「そうじゃ、肝心なことを言い忘れとった」
サンタは再び椅子に腰を下ろすと、思い出したように続ける。
「『四次元空間』というのはな、三次元空間に時間軸を設けたもの。つまり、その空間と並行して存在する別空間のことじゃ。わかりやすく言えば、ある場所の『過去』や『未来』の空間じゃな。
壁を通り抜けた事象の種明かしをすると、まず、お前の家が存在しない『空間』に移動したわけじゃ。壁が存在しなければ、壁の部分を通過できるのは当たり前じゃろ? 壁が存在しない世界には床も存在しないが、わしらの身体はDMCの安全装置により空中に浮遊した状態で固定されておる。足元に神経を集中すれば違和感はあるが、慣れれば気にはならん。早い話がタイムマシンみたいなものじゃな」
サンタの話はとても難しく陽太の頭では全てを理解することなどできなかった。しかし、陽太は聞き逃さなかった――「タイムマシン」という言葉を。
つづく
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