『一隅を照らす』 私たちは偉大なことはできません。偉大な愛で小さなことをするだけです。

僕がここに来てからもう二週間は経っていると思う。

言葉はまだ理解できなかったが、

身振り手振りだけで大体のコミュニケーションは取れるようになってきていた。


僕は慣れとともに、実はこの太古の生活の中に違和感を感じることがある。


僕がネットや本で知っているここの世界は、

人々の容姿から地球であれば約150万年くらい前だと予想できた。

でも、決定的に違うところがある。

それが何なのか?

僕はそれを上手く説明が出来ないが、

時代的にまだ早い何かを、外界からの何者かとの交流がもたらしているように思う……。



『ドサッ』


「え?

今そこに誰かいるの?」


「……」

返事は無い。

しかし次の瞬間、それは僕の前に姿を表した。


全身真っ白い肌に赤目で綺麗な長い髪の女の子だった。

この時代の他の女性と同じように胸と下半身は植物の葉で隠していて他は裸だった。

しかし、身体が真っ白な為に赤い瞳と緑色の葉だけが強調されくっきり見えてしまう。

彼女はスタイルも良く超がつく程の美少女だったが、

僕のその時の正直な気持ちを言えば、

彼女の赤目が本能的に 怖い と思ってしまった。


その女の子は、うつ伏せに倒れ込んだ僕の目のすぐ前に持ってきたそれを置くと、

その場に座り込んだ。


僕の鼻からはいい臭いが入ってきた。

これは、火を通された動物の肉だ!


「これを……僕に?」

僕は驚きのあまり、言葉は通じないはずなのに、つい彼女に言葉で訊ねてしまった。


彼女は僕に、にこにこした笑顔で微笑んで返してくれた。

僕は、嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。

彼女の優しさが本当に有難かった。

その肉は既に腐っていたけど、僕は彼女に感謝せずにはいられなかった。

彼女は火を使ってボスに叱られるという危険を犯してまで僕の為を思って施してくれたんだ。


僕はその肉を食べ終わり、彼女がその場を立ち去った後も

ありがとう。ありがとう……と、心の中で泣き続けていた。



ここに来てからずっと孤独に感じていた僕にとって、

彼女は特別な存在になった。

僕は彼女の笑顔がみられれば、こんな過酷な世界でも

しっかり生き延びてみせるとかたく誓った。



そして、激動の月日は流れ何年か経ち、

僕が生肉でも食べられるようになっていた頃。

ある日、一人仲間が死んだ。

狩の時、牙獣に谷底に振り落とされたのだ。


そいつは僕と彼女とそいつ、

一緒によく行動していた三人の内の一人だった。

僕はそいつとはよく揉めて喧嘩もしたが、

いざ、いなくなると本当に寂しくなった。


ここにはお墓なんて存在しない。

僕と彼女は、ボスから頼まれ、底の深い洞窟にそいつの亡骸を捨てに行った。

そしてその時、つくづく痛感していた。


僕と彼女には亡骸捨て係みたいな役割が与えられている。

実を言うと、僕は食後の動物の骨や死人の骨を捨てに行く作業を何度もする中で泣きたくなることが多い。

僕達が一番多く運んでいるのは、実は動物の亡骸では無くて、

幼い子供やそのお母さんの亡骸だったのだから。

この時代の出生率の低さは異常で、

無事に産まれた奇跡の子供に対しては、みんなで多いなる炎の神様に感謝するしきたりが出来る程だ。

そして、あいつが死んだように、無事に生まれてからの寿命もとても短い。

事故やら病気やら、僕達の毎日は常に死と隣り合わせなんだから……。






「あれがいい!」

僕は、彼女に肉のお礼がしたいとずっと考えていて、

やっといいアイデアが浮かんだところだった。


「お~い、イヴ~!」

勘違いされないように説明しておくけど、

イヴって言うのは僕がアダムとイヴのイヴにちなんで勝手に彼女の事をそう呼んでいるだけなんだ。

僕は、広大なサバンナが大部分を占める定住地区に

僅にある本当に小さなジャングルにイヴを呼んできた。


イヴは僕の誘いに嫌な顔をせずに、ついてきてくれたんだ。


「あれ?イヴの背中に乗ってるのって子猫だよね?

イヴのペット?」

僕は身振り手振りでイヴと子猫を指差しながら訊いてみた。


「うふふ」

イヴは微笑みながら微かに顔を上下にふってくれた。

そうみたいだった。

イヴは、現代人が肯定の時に顔を縦に、否定の時に顔を左右にふるコミュニケーションを、僕の癖の真似という形で学習してくれたらしい。


「可愛いじゃん!」

子猫を大袈裟な表情でほめる僕。


するとイヴが、自分自身とペットの子猫を指差しながら

『どっち?』って僕に身振り手振りで尋ねてきた。


「こっち」

僕はイヴをからかうつもりでペットの子猫のほうを指先た。


すると

『ウ~!』

イヴの悔しそうなリアクションw


僕は、そんなイヴの表情をみて、

笑いが止まらなかった。


そして、途中からはイヴまで一緒に笑いだした。


その後、僕はイヴにじゃんけんを教えた。



「どうして~?、僕の負けか~」

いつの間にかイヴよりも僕のほうかじゃんけんにのめり込んでいた。


「ウー!ウー!」

彼女は満面の笑みで、とても満足そうだ。

彼女のじゃんけんが恐ろしく強かったからそうなるのも無理はない。


「じゃあさ、次はあっち向いてホイを教えるね」


「ウー!ウー!」

イヴの目は輝いていて、まるで憧れの芸能人のサインを貰うファンのようだった。



「痛っ! 違う!」


「わかったわかった。だからちょっと~止め~!」


「アハハ!ハハハ!」

イヴは、そんな僕の表情をみてめちゃくちゃ喜んでいた。



結果から言おう。

彼女はあっち向いてホイのルールを理解していない。

いや、わざとだと言うべきかな?


僕がじゃんけんに負けたから顔を上下左右どれかに振り向く番だったんだけど、彼女は僕がそれである方向を向いた時に

何故か必ずそのあと、ビンタしてくるんだ。

もちろん、初めはわからないでやってたみたいだけど、

たぶん途中からは僕の反応が面白くて続けたんだろう。

いや、そうに違いない。

なんて悪い奴め。


「待って待って!

今、いい遊び思いついたから」

僕はこのままだと、頬っぺたがキン◯スライムみたいに

なりそうだったから、違う遊びを提案することにした。


僕がそう言うと、イヴはビンタを止めてくれた。

そして、まるで子犬のようにまた目をキラキラさせて上目遣いで

待ってくれていた。


僕は、地面の土の上に、細い木の枝を使ってある似顔絵をイヴに描いてみせた。

「これ、な~んだ!」


「クスクスクスクス!」

イヴは理解して笑っている。


「わかるよね!イヴの考えていることたぶん正~解!

答えは『ボス』。

やったね~!イェイ」

僕は、嬉しくて、イヴに向かってピースをした。

「ボスはみんなの前でいつも鼻くそをほじる癖があるからね。

それを覚えていた僕の勝利~!」


「ウー!ウー!」


「え?イヴも描いてみたいの?いいけど、

絵は描いたことあるの?」


「ウー!ウー!」

イヴは描く気満々みたいだったから、僕は彼女に細い小枝を渡した。


イヴは本当に楽しそうに絵を描いている。


あれ、この見るからに女々しそうで幸の薄そうな似顔絵は誰の絵なのかな?


僕は、イヴが彼女自身の見かけや性格に悲観しながら描いたんだと思ったんだ。

僕は身振り手振りでイヴの肩を軽く叩いたりとかして、とにかく彼女を励まそうと考えた。


「キュ~イ」

し、し、しか~し!!

急に何を思ったかイヴの奴、その似顔絵と僕を交互に指差しやがったんだ。


「え?なになに? これは、え~と僕ってこと?

ファイナルアンサー?」

僕は念の為イヴに執行猶予を与え、

もう一度彼女の意思確認をしてみた。


「キュイ」


「そうか、そうか。

だよね~。こんな女々しくて幸が薄い奴って言ったら、

僕しかいないよね~w

…………? 僕?

って、そんな訳あるか~い!」


「アハハ、ハハハハハ、アハハハ、ハー、ハー!」


「そこー! そんなに笑うな~!」

僕は顔を真っ赤にし恥ずかしさで照れながら、

無邪気に笑うイヴにイエローカードを出した。



『ポン』

あれ、さっきまでイヴの肩にのっていた子猫だ。

急に地面に降りてきてどうしたんだ?


『じゃ~』


「あー!こいつ!

僕の似顔絵におしっこしやがった!

このやろー!」

おしっこをかけた子猫ちゃんは、用を終えると、

その場からどこかに行ってしまった。

「あ!、逃げんな! こら!」


「アハハ、ハハハハ、ハハハ、ハー、ハー、ハー!」


「おい、イヴ!!笑いすぎー!

笑いすぎて息切れしとるやんけ!」


僕はおそらく、人類史上初めてギャグをかました男になるだろう。

そして、この遺業は伝説として語り継がれていくことだろう。

『古代の中心でギャグを叫ぶ』なんつって。



僕は気を取り直して、今度はイブを描いた。

「よ~し、今にみてろ~イヴ。

にしししし」

さっき笑われた恨みもあり、

僕はイヴをおもいっきり不細工に描いてやった。


「お待たせいたしましたイヴお嬢様。

どうぞ、こころゆくまでご堪能ください。

ささ、こちらでございます」

僕はまるで女王に仕える執事のように、

心の内の笑いをこらえながら

彼女を似顔絵の手前まで案内した。


イヴが似顔絵をみて面白いリアクションをみせてくれるまで、

執事のキメポーズでじっと下を向いて笑いを必死にこらえながら待機している僕。


「ウー!」

イヴが突然、僕のすぐ頭上を指先したみたいだった。


「誤魔化そうとしても騙されないぞ」


僕はキメポーズのままイヴのリアクションをスルーした……


のが間違いだった。


『びちゃ!』


「あれ? 今頭に何か落ちて……」

僕はすぐに頭の上を確認した。


「何だかべっとりするぞ。

って、これスズメのうんこじゃね~かー!」


「アハ、ハハハハ、アハハ、ハハハハ、アハハハハ、ハハハ!」


「そこー!そんなに笑うなー!」


「ニャハハ!ニャハハハハ!ニャハ!ハー、!」


「こら!イヴの子猫! お前まで人間みたいに笑うなー!」


イヴと彼女の子猫は、僕のあられもない姿に

ひたすら大爆笑だった。


いつの間にか、僕まで笑っていた。


それは本当に楽しいひとときだった。

なによりもイヴの笑顔がたくさんみれたことが一番嬉しかったし、

生きるのが大変なこんな時代であっても、幸せをみつけて生きていくこともできるんだなって。

人間が幸せに生きたいと願う本能や適応力ってすごいんだなって、僕はつくづく感じた。






それからまた、何ヵ月も月日が流れた。

ある日、周辺の動物が少なくなって来たという理由から、

僕ら全員で定住場所を移動する事になった。


移動は大変で、危険な旅でもあったんだ。

そして無事に新しい定住場所に着いた時に、

僕はハッっとした。


彼女がいないのだ。

僕は仲間にあたってみたが、みな知らないみたいだった。


彼女とまだ幼い少女の二人だけが、新しい定住場所には来ていなかった。


僕は、すぐに彼女らを助けに行こうとしたが、

ボスに止められた。


僕を行かせまいとするボスの熱い目は真剣だった。

僕は、ボスの気持ちも理解できないことは無かった。

時間は夕方を過ぎ、もう辺りは暗くなっていたから、

ボスが僕の身の安全を考えてくれているからこそに違い無かった。


僕はそれでも、ボスを振り切って彼女を助け出しに走った。

どこまでもどこまでも、僕はがむしゃらに走り続け、

夜が明けた頃にようやく彼女の前に着いた。



僕は彼女を意外な場所でみつけた。

彼女は幼い女の子を抱き高い木に登り、

目の前の存在と対峙していたのだ。


目の前の存在とは、鋭く大きな牙を光らせた獣、サーベルタイガーだった。


彼女は僕に引き返すように身振り手振りで教えているようだ。


僕の中からは本能的な恐怖が沸き起こり、一度引き返そうとしてしまったが、

だけど、思いとどまった。

僕は覚悟を決めた。

もしもの為にと準備し、持ってきていた奥の手 猛毒の弓矢で僕は先ずその牙獣に狙いを定めた。

そして、先に威嚇するため石を投げつけた。


牙獣は向きを変え、僕めがけて襲いかかってきた。


僕は目を瞑り、その獣の中心めがけて矢を放った。

『グサッ!!』

「え……?」


考えもしなかったその状況に

僕の理性はなかなか追い付かず、

驚きのあまり、しばらく身動きすら出来なかった。

















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