第3章 永遠《とき》を紡《つむ》ぐ少女
①風 守《も》る丘のマツ
因縁……果 僕達はみえない糸で繋がっている
江戸幕府が倒れ、近代日本誕生の一因となった薩摩藩の資金力。
しかし、その背後に奄美の人々の過酷な歴史があったことを……あなたはご存じだろうか。
これは、
風守る丘のマツとガジュマルの精と呼ばれたクオリア。
そんな二人の少女と島の人々の
時空を超えた絆の物語
「あ~、長い長い。
全く長く退屈ったらありゃしないわ!
アスー様に言われて5次元人としての最初の仕事だから仕方が無いけど、さすがに1800年間もずっとこのガジュマルの林の中で
じっとしているのは退屈で仕方ないわ。
それに、話しができる相手は博士一人だけだし……。
アスー博士聞こえますか?
私は後どれくらいの間、ここで待っていたらいいんですか?」
◇クオリアか。そろそろだと思うが……。
すまんが、もう少しだけ辛抱しておくれ◇
「へ~い!わかりやした~」
クオリアはまるで、居残り課外で先生に当てられ
面倒くさそうに答える女子高生のような表情で
博士にそう返すと、もう一眠りすることにした。
それからまた月日は過ぎて、3年はたったのかもしれないある日、ついに待ちに待った日が来た。
「痛い痛い痛い痛い!」
「うわぁ~! 作り物じゃない!
本当に生きて動いてる~!」
気が付くと、クオリアのすぐ目の前にどでかい瞳があり、
クオリアの事をじろじろと見回していた。
「ちょっとつねるのやめなさいよね!
それに、顔近い!」
「アハハ、ごめんなさい。
君の事がつい、珍しくって」
クオリアが1800年間待ち続けて出会ったその娘は
年の頃10歳くらいで、活発そうな明るい子だった。
「はい!」
その少女は、クオリアに元気よくそう言うと握手を求めた。
「……はい?
あなたには私が見えるのね?」
「そうだよ。だから、握手しましょ!」
「何よ、突然! 私達初対面でしょ。
それに、私はあなた達とは違う存在なのよ。
怖いって思わないの?」
「ううん。 あたしは君の事怖いなんて思わないよ。
君は風とガジュマルの精ケンムン様だよね?」
「違うわ!私は5次元人よ」
「グジゲジ?
それ何?
おばあちゃんが言ってた。
ガジュマルの木にはケンムン様が住んでいるんだって。
そしておばあちゃんはこうもあたしに教えてくれたんだ。
ケンムン様を怖がる村人は多いけど、本当はとっても優しい存在なんだって!
だからね、あたしは君と友達になりたいの。
友達になろう!」
少女はそう言って、満面の笑みでクオリアに握手を求めて来た。
「あなた、私は5次元人って説明したのに。
全く人の話聞いて無いわね~。
そこはまあ……いいわ。
それに、私は5次元人としての定めを背負っているの。
私がしているこのペンダント。
これを付けていると、あなたのようにごく一部の人々に姿を見せられるんだけど、
一人の人間に姿を見せられるのはどうやっても3年が限界なの。
だからね、私と仲良くなってしまったら、
あなたはきっと後々後悔することになるわ」
「事情……あるんだ。
でもね、
それでもあたしはお互いの立場とか
関係なく、あなたとお友達になりたい。
だから、お願い!」
少女は瞳を宝石のようにキラキラ輝かせて
クオリアに顔を近付けてきた。
そして目を瞑ると、頭を下に向け私に握手を求めた。
「そこまで言われたら、私の負けね。
いいわ。私達お友達になりましょう!」
「うぁ~! いいの? ありがとう!
あたしの名前は
「私の名前はクオリア」
「くうりゃ?」
クオリアは最初この子にからかわれているのかと思った。
「違うわ、ク・オ・リ・ア」
「わかった! 喰うニラ ね?」
「違~う!」
「アハハ、顔を真っ赤にして、君面白~い!」
(この子、なかなかの天然だわ~)
「もういいわ。私の事は好きなように呼んで」
「いいの? やったー!
じゃあね~、木で出会ったから
キーちゃん、
君の事はこれからキーちゃんって呼ぶね!」
「キーちゃんね。はいはい、わったわ」
(この子、ネーミングセンス絶望的ね)
「よろしくね、キーちゃん?」
「よろしく……松」
こうして、クオリアと松は仲良くなっていった。
クオリアが松と会った日から一週間後がたった頃。
「キーちゃん今日もありがと。また明日ね。
さよなら~!」
「ねえ松、ちょっと待って。
いつも私に会いに来てくれるとき服や顔が泥んこ
だけど、いつも何をしてるの?」
「……、あ、あたしドジだからさ~、
しょっちゅう転ぶのよ。 アハハ」
「本当に?
あ、今日今から松の家に遊び行ってもいい?」
(う~ん。
さっきの松の態度、
絶対私に何かを隠してるに違いないわ……)
クオリアはすぐにそう直感した。
「え? 今日はちょっと……」
「今日はどうしたの?」
松には悪いと思いつつも、クオリアは食い下がってみた。
「あ、そうそう! キーちゃん?
あたしね、トランプっていうおもちゃ持ってるんだよ。
明日持ってくるね」
「う、うん。楽しみにしてるね」
クオリアはそう返事をしたが、頭では違う事を考えていた。
(松ごめんね)
クオリアは松に心の中で何度もごめんねと呟きながら、
家に帰る松の後をつけることにした。
そして、見てしまった……。
それは汗水垂らして泥んこになって働く松の姿だった。
「ちょっと松! もうすぐ暗くなるっていうのに、
こんなところであなたは一体何をしているの?」
「アハハ、見られちゃったか。
あたしだけじゃ無いんだよ。
あたしより幼い子やおじいちゃんおばあちゃんもいるんだから。
この島に住む人はね、お金を持ってる人以外はみんな、
砂糖きびの栽培の仕事をしているの」
「そんな……」
クオリアは目の前の驚愕の光景にただただ驚くしか無かった。
「あなた、寝ている時間と私と会っている時以外は
もしかして……ずっと働いているんじゃない?」
「ま、まあね」
松は恥ずかしそうに、そして落ち着きなく、
目をキョロキョロさせていた。
「学校は?」
「行って無い」
「人権侵害も甚だしいわ!
こんなところがにいる必要なんて無いって!
逃げ出しちゃいなよ」
「ありがとう。
あたしもそうしたい気持ちはやまやまなんだ。
でもね、そうはいかないんだ」
「どうして?」
「あたしが逃げ出すと、代わりにあたしのお父さんやお母さんが罰を受けるわ。
それにね、以前薩摩藩の役人様に意見し抗議した村人がいるんだけど、その人ね、役人達数人に暴行されて死んじゃったの……」
「酷い!
殺人事件じゃない!訴えましょう!」
「ありがとう。でも無駄なの」
「どうして?」
「警察は薩摩のお役人様とぐるだから。
不慮の事故とか、正当防衛ってされるに近いないわ」
「そんな……酷すぎるわ。
あれ、松、ズボンのポケットから何か落ちているわ!」
「キーちゃん、教えてくれてありがとね」
「どういたしまして。
ところで、松はどうしてその開封済の手紙を大事そうに持ち歩いているの?」
「これはね、あたしのお兄からの手紙なの」
「松にはお兄さんがいるのね。 ここにはいないの?」
「うん。ずっと北の薩摩っていう場所に行ってるの」
「そうなんだ。でも、お兄さんだけで行ったのはどうして?」
「お兄はね、ここ奄美の人達を幸せにするために
隆盛様と一緒にお仕事に行っているの」
「成る程、出稼ぎってわけね。
松にとって、お兄さんは優しい?」
「うん、優しいよ。
でもね、キーちゃん聞いてー!
お兄はね、いつもおとなしくて何考えているかわからないのよ。
声も小さくて、あたしが耳を近づけないと聞こえないこともしょっちゅうあるのよ。可笑しいでしょ? クスクス」
「え~!それ本当に~?
クスクス。可愛いお兄さんじゃない」
「クスクス。そうなのよ~!
それにね、お兄は本当に筋金入りの心配症なんだから。
だからあたしが寂しく無いかっていつも心配してくれて
手紙をくれるの。
まあ、ここはお兄の性格であたしが助かっているところかな。
それにね、この前届いたトランプもね、実はお兄があたしに送ってくれたんだよ」
松はクオリアにお兄さんのことを嬉しそうに語りだした。
「あ、そうそう!キーちゃん聞いて?
実はね、この前の手紙に書いてあってわかったんだけど、
お兄近々帰って来るんだって!」
「それは良かったじゃない! お兄さんとは何年ぶりなの?」
「もう5年ぶりかな。 楽しみだな~。
お兄早く帰って来ないかな~」
松は茜色に染まる夕焼け空を見上げながらそう呟いてた。
三ヶ月後、松が珍しくクオリアに会いに来なかった。
クオリアが心配になって松が働く畑に行くと、
松は泣きながら仕事をしていた……。
「松、どうしたの?」
「グスン、グスン」
松はクオリアに泣き顔を見せるのが恥ずかしかったのか、
クオリアの存在を無視して前を向いて仕事を続けていた。
「松?いいからこっちを向いて!」
「キーちゃん、あたしね、あたし、
うぇ~ん、うぇ~ん!」
「わかったわかった。
私はちゃんと松の話を聞くから、だから話してみて」
「グスン、ありがとう。
お役人様がね、昨日の夜抜き打ちで私の家に入ってね、
お兄ちゃんから来た手紙とか、くれたプレゼントとかね、
全て燃やしちゃったの」
「酷い! どうしてそんな酷いことするのかしら」
「わからないわ。あたしね、
お兄からの手紙やプレゼントを励みに、
あたしは毎日を耐えて頑張ってきたのにあんまりよ」
そして、次の日もその次の日も松はクオリアのところへは来なかった。
「松はすっかり塞ぎ込んでしまったな。
様子をみに行ってみよう」
クオリアから松が働く畑に行ってみたが、
そこに松は居なかった。
クオリアは以前松が教えてくれいた家に行ってみた。
お役人やお金持ちの人達の家は日本建築で立派な家だったのに、
松の家は違った。もちろん松だけじゃないらしいが、
松はいつ倒壊しても不思議じゃなさそうなぼろぼろな狭い家に押し込められるように住んでいた。
クオリアは玄関の戸の前で松を呼んだ。
しかし、いくら呼んでも松が出て来る気配は無く、
勝手にお邪魔させてもらうことにした。
松の家に入ってクオリアがまず目にしたのは、
苦しそうにうなされている松の姿だった。
そのうつろな瞳からは全くと言っていい程生気が感じられない。
「あっ、キーちゃん来てくれたんだ。
最近会いに行けなくてごめんね」
「ううん、いいよ。それより安静にしなきゃだよ。
お医者さんは何て?」
「お医者さん? 私達にはお医者さんとか薬とか縁が無いんだ……」
「そんな!
待ってて。私が力を使ってすぐにお医者さんと
薬を、そして栄養のあるもの用意してあげる!」
クオリアが松にそう言い残し、その場を立とうとすると……。
「待って!」
松が、そのほとんど残されていない体力を使って
クオリアの服の右袖の辺りをつかんだ。
「どうして……松?」
クオリアは涙を浮かべながら松に聞いてみた。
松は顔をゆっくり左右にふってからクオリアに言った。
「みんなに迷惑はかけたくない。
だからお願い。わかって」
丁度その時、外から戸を激しく叩く音と、
大人の男の人だ怒鳴り散らす声が聞こえて来た。
「バン、バン!バンバン、バン!
開けなさい!早く開けなさい!
さっきから開けろっつってんだろうが!
聞こえねえのか?」
「お役人の人?」
「そう。多分私とお母さんが二人共いないから、
探しに来たんだと……思う。
ごめん、キーちゃん、表の戸を開けてもらえる?」
「何言ってるの、松?
絶対に働くの無理じゃない」
「大丈夫だから、お願い」
松は真剣な目でクオリアに訴えた。
「わ、わかったわよ。でも、もし松にもしもの事があったら、
私は是が非でも松の助けに入るからね」
クオリアは松にそう言い表戸を開けた。
「うわっ~! 戸がひとりでに空いた!
……?、そうそう、そこの女とその娘!
言いたい事は沢山ある。
まずはそこの女! どうして無断で仕事をせず、
家にいるんだ!」
「お役人様、申し訳ありません。
娘が高熱で、看病のために家にいました」
「お母さんは悪く無いです。あたしが熱を出したばっかりに」
「松、あなたは黙ってて。
私が全て罰を受けます。だから、だからこの娘だけは
どうか助けてください」
「お母さん……」
「じゃあ、あんたには娘の分まで二倍働いて貰おう。
もちろん、休んだ分も含めてな」
「はい。わかりました」
「じゃあ、さっさと畑に向かえ!」
「はい」
松のお母さんは一目心配そうに娘の顔をみると、
そのまま畑に向かって行った。
「おい!そこの娘!ワシも鬼じゃないから
その熱で働けとは言わん。だがな、お前が働け無い事で
まわりにどれだけ迷惑がかかるのか、覚えておくんだぞ!」
「待って下さい!」
松は役人をひき止めた。
「あたしが元気になったら、何倍も頑張ってそのぶんを
必ず取り返します。だから、だからお母さんを助けてあげて下さい。お願いします」
松は寝たきりの身体を無理やり起こし、
土下座をしてお役人に何度も何度も頭を下げた。
「偉い! 親孝行だね。おじさんそういうの好きだよ。
わかった。そうだね!おじさんもそれが一番正しいと思う」
役人は松の言葉に上機嫌になりそう返していた。
「何が一番正しいだって?こんにゃろー!」
クオリアは今にも役人を殴ろうかと言わんばかりに片手をグーで振り上げた。
しかし、松が言っていた事情があったので、
お役人が帰ってしまうまで歯を食い縛り必死で堪える他なかった。
「ごめんね、松。ごめんね……」
クオリアにはただただ、松に同情し涙を流すことしかできなかった。
クオリアは次の日から毎日、
自分から松に会いに行くようにした。
「キーちゃん、いつも会いに来てくれてありがと」
「いいよ。だって私達友達じゃん」
「そうだね、ありがとう」
松は喜んでいたけど、その目からは
状況に似つかわしくないくらい沢山の涙が流れていた。
「松……」
クオリアはまだその時松が涙を流す意味はわからなかった。
実感が湧かないから。
「松は頑張って病と戦っている。
私がしっかりしなきゃ!」
そうして、いつの間にか季節は過ぎ、
冬も半ばにさしかかっていた頃、
とうとうその日が来た……。
松のお兄さんから手紙が届いたのだ。
「お兄さんは明日薩摩を出て、この島に帰って来るんだね。
楽しみだね、松」
「うん。お兄に会えるの本当楽し……ゴホ!ゴホ!」
「松、無理しないでね」
「うん。 ありがと。キーちゃん」
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