spontaneous remission ナモーアミターユス

「お兄ちゃんいますかー?」

今日部室に最後に顔を出したのは元気のいい金髪ツインテールの小柄な少女だった。


「あなたは見かけない顔だけど元気いいね。

今年入った新一年生?」

あたしは真っ先に彼女に声をかけた。


「はい、一年です!

私ってそんなに元気よさそうにみえますかw

先輩、ありがとうございます♪」


「ところで、あなたの名前聞いてもいい?」


「由方晴美です!」


「由方って、もしかしてイワンのって、

イ、イワンの妹ー!!?」

部室には仮入部の四葉ちゃん含めていつものメンバーはみんないたけど、

兄とのあまりの性格の違いにみんなしてびっくり!


「イワン、あんたはあまりあたしに家族を会わせないじゃん?

だからあたしは晴美ちゃんの5歳くらいの頃しか知らなかったわけよ。

それにしても、あんたとは随分性格が違う子に育ったねー!」


「そう……かな」


「うち思うんやけどな、イワンの元気は全て妹に吸われとるんやないか?」


「そんなー!酷いですよ先生~!」


「晴美ちゃんはどう思う?」


「それ確かにあります! お兄はいつもこんなんですから。

現にお兄、家でゴキブリやハチが出たとき凄く怯えるんですよ。

だから退治したり逃がしたりするのはいつもあたしの仕事なんです」


「うんうん。

どこかの誰かさんと違って晴美ちゃんってすっごく頼もしい!!」

あたしは恥ずかしそうに下を向く赤面イワンを後目に晴美ちゃんに頷きながらそう言ったわ。


「ですよねー? 私がしっかりしなきゃっていつも思ってるんですよ!」


「なかなかできた妹さんじゃん!」


「それと今思い出したんですが、お兄のこと聞いてくださいよ!」


「え! なになに?」

みんな興味津々w


「夜中に雷が激しい時ってあるじゃないですかー?

お兄はそんな時、怖くて一人で眠れ無いからって私の布団に入ってくるんですよー!

信じられますかー!?」


「えー! 信じられなーい!」


「ちょっと待って晴美、それはボクが10歳くらいまでのことじゃん……」


「なになにお兄? お兄の声小さくてあたし何言ってるのか全然聞こえなーい!」


(イワン妹、兄には容赦ねぇ~!)

心の中でそう思う以下科学部一同。


「まあまあ晴美ちゃん~。

お兄さん困ってるみたいだし~、

ディスるのはそのへんにしてあげて~」

四葉ちゃんがイワンにフォローをいれてあげていたわ。


今日の部活ではしばらく、イワンをネタに

みんなで盛り上がった。




「あ~笑った笑った。 話が随分脱線しちゃった~。

ところで晴美ちゃん、 一つ聞いてもいい?」

あたしは違う話題の質問をしてみた。


「もちろんいいですよー! どうしました、真智せんぱい?」


「今日はどうしてイワンが入ってる部活に顔を出したの?」


「それなんですけどね、実は今朝、お母さんからお兄にこれを渡すよう頼まれたんですよ」

晴美ちゃんはそう言うと、カバンから封のされた手紙をだしイワンに手渡したの。


「晴美。わざわざありがとう」


「しまった!もうこんな時間?

あたし手紙渡したら他に頼みたいことがあるから直ぐに帰るようにってお母さんに言われてたのに。

全く誰のせい? お兄のせいよ!あたし急いで帰らなきゃ。

今日はありがとうございました。失礼しました!」


「ちょっ、ボクのせいって、言いがかりじゃん……」

晴美ちゃんはイワンがそうやってうじうじ言ってる事は無視して直ぐに帰ってしまった。

 その後、イワンは手紙を開け少し読んだみたいだけど、今日は早く帰ると言ってイワンもまたすぐに帰ってしまった。


「イワン……」

あたし達はみんなイワンの事が心配になった。



一一次の日一一

イワンは学校を欠席した。

「真面目で無遅刻無欠席だけが取り柄のようなあいつがどうしたんだろう……」

あたしはその日の放課後、部活を休んでイワンの家にお見舞いに行くことにした。


「こんにちはー! 秀流くんいませんか?」

あたしは玄関外で何度も声をはったけど、

いくら呼んでも誰も出て来やしない。


あたしが諦めかけて帰ろうとしたその瞬間、

イワンのおばあちゃんが出てきた。


「あらあら。耳が遠くて気付かずごめんね」


あたしはおばあちゃんにイワンのことを聞いてみた。


「イワンは昨日から元気無いみたいなんですけど、家で何かあったんですか?」


「あなた真智ちゃんだったっけ?

イワンのことで心配をかけて本当にごめんね。実はね……」


「え! それ本当なんですか? そんな……」


あたしはおばあちゃんから、

両親の離婚でイワンが母親側、晴美ちゃんが父親側へと二人離れ離れになることを聞かされた。


「両親が秀流に伝えたのはつい昨日のことみたいだし、

今日のところはそっとしておいてほしいんよ。

わざわざ秀流を心配してお見舞いに来てくれたのにわがままを言って本当にごめんよ」

おばあちゃんはイワンを訪ね家に来た私に本当に申し訳なさそうにしていた。


「いえいえ、あたしのほうこそ事情も知らず、急に押し掛けてすみませんでした」


「ごめんね」

おばあちゃんはあたしにお菓子を持たせてくれたけど、あたしは今お菓子を食べたいとかそんな気分になれず、そのまま封を切らず家まで持って帰ることにした。


イワンの家から帰る途中だったかな。

「真智ちゃん、探したよ!」


「その声は、博士!」

あたしはすぐに声のするほうへ振り返った。

「博士! そんな急いでどうしたんですか?」


「急に呼び止めてごめんね~。

この前の講演会の時のお礼がしたくてね」


「お礼だなんてそんな~。

あたしはむしろ博士の邪魔をしただけですし」


「そんな事無いって。

僕は君の言葉に勇気をもらったんだ。

ま、家の外で立ち話もなんだ。中でお礼をさせてくれ。

駄目かな?」


「え? ま、まあ少しだけなら……」

あたしは恥じらいながらも博士の気迫に折れ、お邪魔させてもらった。


「紅茶とコーヒー、日本茶があるけど、どれがいいかな?」


「どれでも大丈夫ですが、じゃあ紅茶で」

あたしは博士が紅茶好きなのを覚えていたから合わせることにした。


「真智ちゃんお待たせ。ハーブティーだけど飲めるかな?」


「大丈夫です。ところで改まってあたしを呼んだ理由ってお礼だけじゃないですよね?

もしかして、いかがわしいこと考えていません?

言っときますけどあたし、声が大きいから何かされそうになったらすぐに助けを呼びますよ」

あたしは真顔で博士をからかって言ってみたw


「違う違う~! そんなこと断じて無いよ!

君は僕の尊敬する恩師、浅衛博士の大切なお孫さんだ。

断じてそんなことはしないよ」

博士は慌てて否定していた。


「ウフフ、冗談ですよ♪ まさかさっきの本音だと思いました?」


「え~!嘘なんだ。どうしてからかうの?」


「だって、真面目で単純な博士をからかうの面白いんですもん♪」


「ひどいよ~真智ちゃ~ん」


『コホン!』

咳払いをすると真剣な口調に変わり

本題を語りだす博士。


「あの時真智ちゃんが観衆の人々に言ってくれは言葉はね、僕が研究に行き詰まり科学者を続けようか悩んでいるときに

君のおじいさんが僕に語ってくれた言葉なんだ」


「そうだったんですかぁ」


「うん、そうなんだ。

ところで……。

ねえ、真智ちゃんは『還元主義』って言葉は聞いたことある?」


「かんげんしゅぎ?

・・・、

○マダ電器のことですか?」


「アハハww

ポイント還元で還元には違いないけど、

ちょっと違うんだなぁ~。

これは中学生の真智ちゃんには難しい問題だったね、ごめんね」


「もー! あたしをそうやってからかって博士ったら酷っど~い!

プンプン!」


「ごめんごめん。

実は還元主義と一口に言ってもいろいろな意味があるんだ。

そして僕が話そうとしている意味はね、

『例えば人の[意識]の問題の様に、仮説を立て観測し証明する流れで学問として発展させていけるかどうかがはっきりしないテーマは、研究の対象にするべきでは無いという考え方 』のことなんだ」


「でも、それとおじいちゃんの言葉とどんな関係があるんですか?」


「さっきの還元主義はね、科学者の間では常識として考えられているんだ。

そして、僕の様に※この先頑張って観測してもなかなか実態が掴めそうにない分野の基礎研究をする研究者は科学者の中でも異端扱いされるんだ。特に日本はね……。

だから僕は他の研究者から似非科学者やオカルト科学者、マッドサイエンティスト、税金泥棒などと言われたりしているんだけどね」


「酷い!」


「でもね、意識を数学と素粒子物理学の観点から研究している君のおじいさんは違ったんだ。

そして、僕の気持ちに唯一共感してくれたんだ。

君のおじいさんはいつもこう言っていたんだ。

多くの科学者が還元主義に囚われすぎて、

視野を、科学の可能性を狭めているのではないか!科学は人を幸せにするものだろう?

だったら、今の技術ではまだ確認することは難しい考え方だからって頭ごなしに考えを否定するのは科学者として寂しい考え方なんじゃないかってね。

君はあの時観衆の人々に科学者の想いを伝えてくれたけど、

僕自身も淡々と過ぎる事務的な研究生活の中でその新鮮な気持ちを忘れていたんだ。

だから、あの時君が僕にその気持ちを思い出させてくれたこと本当に感謝しているよ。

ありがとう!」


「やだな~♪

あたしはホントにただ、おじいちゃんの受け売りを言っただけなんで、そんなに誉められると恥ずかしいっス♪」


ところで実はあたし、博士にあたしと友人との人間関係のことで話を聞いてもらいたい事があるんですが、聞いても大丈夫ですか?」


「話? こんな僕でもよければどんな話でも聞くし力になるよ。

それで、どんな話? 話してごらん?」


あたしは、あたしの中にあるモヤモヤしたこの整理できない辛い気持ちを博士に相談することにした。


「あたしには同い年の親友がいるんですが、

近々両親が離婚し、父と妹とは離れ離れになるみたいなんです。親友は母親の方について行って引っ越しをすることになっているらしいんですが、あたしは親友の気持ちを考えると、可哀想でどうしたらいいかわからなくて……」


「ふ~む、そうだったんだね。

それは本当に辛いよね」


「それはどっちがですか?」


「真智ちゃんの親友がって意味だよ。もちろん真智ちゃん自身も親友と離れ離れになって辛いと思うよ」


「そうなんですよ~。

あたしさっきからとりとめの無い話ばっかりですみません」


「いいよいいよ。

それに、離婚って言うのは難しい問題だよね。

僕自身が妻を失っているから特にね」


「博士は昔、結婚されてたらしいですね。

どうして離婚……、あ、失礼なこと聞いてすみません!」


「真智ちゃんは気にしなくていいさ、

僕の妻が馬車に乗っていた時だったんだけど、その馬が突然暴れだし妻は亡くなったんだ。

僕はその日、妻と観光地に行っていたんだけど、急に僕宛に仕事の電話が入ってね。

僕が妻を長い時間一人にしたばっかりに」


「離婚じゃなかったんですね。博士は優しいから、あたしは博士が悪いとは思いませんよ。

一つ聞きたいんですが、博士にはお子さんはいらしたんですか?」


「子供はいないよ。妻との夫婦生活の雲行きが怪しかったから、

僕も妻も、その状況で子供を不安にさせたり、後に離婚して悲しませたりはしたく無かったからね」


「そうだったんですか……」


「博士、教えてください!

どうして、長く愛し合った夫婦が突然別れるんでしょうか?

どうして、イワンと晴美ちゃんは何も悪いことをしていないのに、家族をバラバラにされて、友達とも別れないといけないんでしょうか?

どうして、あたしとイワンは、あたし達は何も悪いことをしていないのに、離れ離れにされなくちゃいけないんでしょうか?

どうして、……」

あたしは、溢れだす感情が我慢出来ずに、

目に涙を浮かべて博士に聞いてみた。

「すみません。この気持ちをただただ博士に聞いてもらいたくて……」


「いいさいいさ。でも本当にどうしてなんだろうね。

僕にもわからないんだ。

僕もね、時々どうして?ってどうしようもなく思うんだ。

どうして、人の命はこんなにも儚いのかって……」




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※ 次回のエピソードは、『ひまわりの約束』を女性がカバーして歌ってる動画コバソロ&春茶の曲を聴いて、ボーカルの声が『イワン』の声のイメージにぴったりだったので、それで想像を膨らませて書いています。

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↑【登場人物】

真智まち

愛理栖アリス(リトル愛理栖)

•谷先生

•イワン

•四葉

•イワンの妹

•イワンのおばあちゃん

•永山博士



※現代に比べコンピューターや実験機材の数が少なく精度も低かった大正時代(素粒子物理学黎明期)の時代設定です。

但し、○マダ電器のネタ部分は除きます。

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