クリパー  思い遣り①

「五色さん、お呼びするのが遅くなり申し訳ありません。」


「いえいえ、僕は大丈夫なんですが、愛理栖の容態は?」


僕の質問に対して診察の先生は落ち着いていた。


「愛理栖さんに診察を拒まれてね。

診察前にベッドで寝て落ち着いてもらったんだよ」


「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

愛理栖は顔を真っ赤にして先生に謝った。


「どうして? 愛理栖?」


僕は愛理栖に理由を尋ねた。


「ごめんなさい。知られたくなくて……」


愛理栖はまるでクラスメイトに意地悪をして先生に怒られた小学生のように、うつむき加減で口をもごもごしながら小さな声で答えてくれた。


「先生、それで愛理栖は大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。愛理栖さんにも心当たりを聞きましたが、どうやら慣れない環境に対する無自覚のストレスで疲れて風邪を引いたんでしょうね。

 でもお薬で熱も下がりましたのでもう大丈夫です。お大事に。」


 僕らは支払いを済ませ病院を後にした。

僕は愛理栖にお金を払うと何度も言われたが、受け取らなかった。


「ひかるさん、あのう……」

愛理栖は恥ずかしそうに、聴こえるか聴こえないかくらいの小声でささやいた。


「どうしたの?」


「私が熱で苦しんでいた時、ひかるさん私のためにいろいろ頑張ってくたんですよね?

あの時のひかるさん、とっても頼もしく見えました。ありがとうございます」


愛理栖は僕の方を見ずに目を泳がせながら恥ずかしそうにそう言ってくれた。


「どういたしまして。」


僕は明るく愛理栖に応えた。


「薬局とATMも行ったし。それじゃあ、奏ちゃんの家行こうか?」


「ひかるさ~ん?

奏ちゃんって……だれのことですか?」


しまった。

愛理栖は氷のような笑顔と蛇のように鋭い眼差しで僕を咎めた。


「おっと、愛理栖は熱で診察室にいたからわからないよね。待合室で知り合った少、いや女性だよ。」


「ひかるさん。あなた私が熱で苦しんでいる時に他の女性と仲良くしていたんですね~?

信じられない!

ひかるさんって節操がない薄情な人ですね!」

愛理栖はその残酷な笑顔を保ったまま、容赦なく僕をまくし立てた。


「だってね……」


「だってもへちまもありません!

も~!私せっかくひかるさんのこと頼り甲斐があるなって見直しかけていたのにがっかりです。もう知りません!」

愛理栖はとうとうあっちを向いて完全に拗ねてしまった。結局、愛理栖の機嫌が直らないまま奏ちゃんの実家におじゃまする運びとなった。



小さな港町の一画に建つその2階建ての家は、

景観というパズルにしっかりと沈み、どこか安心感を与えてくれる。

それほど広くもない庭先の敷地の中には、

普通車と軽、軽トラックの3台が停めてあった。何かを売りに行った後であろうか。

年季の入った軽トラックには潮の香りをまとったクーラーボックスがいくつも積まれ、

港町独特の生活感をかもし出していた。


「こんにちはー!奏さんの知り合いの五色ですが、奏さんいらっしゃいますかー!」

僕は玄関のインターホンを押した後、

すぐには奏ちゃんが出てこなかったので、

玄関から声を張ることにした。


しばらくして彼女が出てきた。


「あ、病院で会ったおじさんだね。

ごめん待たせたね」


「おい!そのおじさんって言うのいい加減や・め・ろ」


僕はそう言いながら、彼女に軽く空手チョップをお見舞いした。


「痛た~、おじさん最悪~!

暴力反対!おじさんが駄目ならキモ太郎?

いえ、キモ吉って言うよ?」


奏ちゃんはチョップされた頭を庇いながら、

少し拗ねた様子で僕にそう言った。


「だからそのキモを付けるな!

もう、おじさんのままでいいよ」


「二人はホント仲がいいですね」


愛理栖は僕らのやりとりを見て笑いながら言った。


「仲良くない!」

僕と奏ちゃんはほぼ同時に、愛理栖の言葉を否定した。


「ところでこれ、借りたお金とお礼な。

ホント助かったよ。ありがとね」


僕はそう言うと、奏ちゃんとは目を合わせずにそれを渡した。


「あれ~?これ一万円じゃん?

うちは5000円しか貸していないよ?

はは~ん?さてはこのお金でうちにいかがわしいことをさせようと企んでいるんですね?

おじさんって嫌らし~」

奏ちゃんは、まるで探偵のように目をキラキラさせながら、そう楽しそうに言ってきた。


「ちょっ、 そんな愛理栖の前でますます勘違いされるようなこと言うなって!」

僕は慌てて奏ちゃんの口をふさぎながら、

さらに大きな誤解を生み出さないように必死だった。


「愛理栖……さん?」

恐る恐る愛理栖の方を見ると、やはり怒りの形相だった。

まるで雷が落ちそうな、そんな雰囲で。


一方の奏ちゃんは、僕と愛理栖の間に生まれた微妙な空気を面白そうに眺めていた。

ざまーみろと言わんばかりの得意げな笑顔だ。


「あ~ばっか笑い過ぎて死ぬかと思った。

まあまあ二人とも。

せっかく家に来たんだから上がりなよ」

奏ちゃんは、僕たちを落ち着かせようとするような素振りを見せながら、にこやかにそう言った。


「気持ちは嬉しいんだけどさ、 奏ちゃんの家には車が既に3台停められてるし、

すぐ近くにも駐車出来そうな場所無いんだよね」


「停めるところ? 家の外に停めたらいいじゃん」


「了解……。って、 いやいやいやいや。

ここ普通に道路だぞ!

しかも道がたたでさえ狭いところに……

普通に無理だろ」

結局、近所の方に頼んで、車を停めさせてもらうことになった。

それから、奏ちゃんは僕たちを応接室に案内してくれた。



※今回の要約※

病院で再会したひかると愛理栖。

二人は奏に招待され、彼女の実家に向かう。


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