クリパー① 思い遣り

※前回のあらすじ※

ひかるは詩織と出会う。奏は歌手で詩織は病気の妹。

奏と詩織の夢を知ったひかるは感動する。

奏は体調不良の理由をひかるに伝えようとするが、

愛理栖のいる病院から知らせが入る。

※あらすじ 終※


五色ごしきさん、 お呼びするのが遅くなり申し訳ありません」


「いえいえ、 私は大丈夫なんですが愛理栖の容態ようたいは?」

僕の質問に対して診察の先生は落ち着いていた。


「愛理栖さんに診察をこばまれてね~。

診察前にベッドで寝て落ち着いてもらったんだよ」


「ご迷惑かけてすみませんでした」


「どうして? 愛理栖?」

僕は愛理栖に理由を尋ねた。


「ごめんなさい。 知られたくなくて……」

愛理栖はまるでクラスメイトに意地悪をして先生に怒られた小学生のように、

うつむき加減で口をもごもごしながら小さな声で答えてくれた。


「先生? それで愛理栖は大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。 愛理栖さんにも心当たりを聞きましたが、

どうやら慣れない環境に対する無自覚のストレスで疲れて風邪を引いたんでしょうね?

でもお薬で熱も下がりましたのでもう大丈夫です。 お大事に」

先生にそう言われて、僕らは支払いを済ませ病院を後にした。

僕は愛理栖にお金を払うと何度も言われたが、僕は受け取らなかった。


「ひかるさん、あのう」

愛理栖は恥ずかしそうに、

聴こえるか聴こえないかくらいの小声でささやいた。


「どうしたの?」


「私が熱で苦しんでいた時、ひかるさんがいろいろ私の為に頑張ってくれましたよね?

あの時のひかるさん、

とっても頼もしくみえました。 ありがとうございます」

愛理栖は僕の方を見ずに目を泳がせながら恥ずかしそうにそう言ってくれた。


「どういたしまして」

僕は明るく愛理栖に応えた。


「薬局とATMも行ったし。 それじゃあ、奏ちゃんの家行こうか?」


「ひかるさ~ん?

奏ちゃんって……だれの事ですか?」

愛理栖は氷の様な笑顔と蛇のようにするど眼差まなざしで僕をとがめた。


「おっと、 愛理栖は熱で診察室にいたからわからないよね。

待合室で知り会った少、 いや女性だよ」


「ひかるさん。 あなた私が熱で苦しんでいる時に他の女性と仲良くしていたんですね~?

信じられない! ひかるさんって節操せっそうがない薄情はくじょうな人ですね!」

愛理栖はその残酷な笑顔を保ったまま、

容赦ようしゃ無く僕をまくし立てた。


「だってね、」

「だってもへちまもありません!

も~!私せっかくひかるさんのこと頼り甲斐がいがあるなって見直しかけていたのにがっかりです。

ひかるさんの事なんてもう知りません!」


愛理栖はとうとうあっちを向いて完全にねてしまった。


結局、愛理栖の機嫌が直らないまま奏ちゃんの実家におじゃまする運びとなった。



小さな港町の一画に建つその2階建てのピースは、

景観というパズルにしっかりと沈み、どこか安心感を与えてくれる。

それほど広くも無い庭先の敷地の中には、

普通車と軽、軽トラックの3台が停めてあった。

何かを売りに行った後であろうか。

年季の入った軽トラックには潮の香りをまとったクーラーボックスがいくつも積まれ、港町独特の生活感をかもし出していた。


「こんにちはー!

奏さんの知り合いの五色ですが、 奏さんいらっしゃいますかー!」

僕は玄関のインターホンを押した後、すぐには奏ちゃんが出てこなかったので、玄関から声を張ることにした。



しばらくして奏ちゃんが出てきた。

「あ、 病院であったおじさんだね。 ごめん待たせたね」


「おい! そのおじさんって言うのいい加減や・め・ろ!」

僕はそう言いながら、 彼女にかる~い空手チョップをお見舞いした。


「痛た~、 おじさん最悪~! 暴力はんた~い!

おじさんが駄目ならキモ太郎? いえ、キモ吉って言うよ?」

奏ちゃんはチョップされた頭を庇いながら、

少しねた様子で僕にそう言った。


「だからそのキモを付けるな! もう、 おじさんのままでいいよ」


「お二人はホントに仲がいいですね!」

愛理栖は僕らのやりとりをみて笑いながらそう言った。


「仲良くない!」

僕と奏ちゃんはほぼ同時に、 愛理栖の言葉を否定した。



「ところでこれ、 借りたお金とお礼な。

ホント助かったよ。 ありがとな」

僕はそう言うと、 奏ちゃんと目を合わせずにそれを渡した。


「あれ~? これ一万円じゃん?

うちは5000円しか貸していないよ?

はは~ん?

さてはこのお金でうちにいかがわしいことをさせようと企んでいるんですね?

ひかるさんって嫌らし~」

奏ちゃんは目を細め、 人を食ったような笑顔で僕にそう言った。


「ちょっ、 そんな愛理栖がいる前でますます勘違いされるようなこと言うなって!」

僕は慌てて奏ちゃんの口をふさぎながら暴走を制した。


「愛理栖……さん?」

僕が恐る恐る殺気の感じる方を向くと、

案の定、 愛理栖様は爆発寸前の時限爆弾の様なご様子でピリピリされていらっしゃった。


対する奏ちゃんはと言うと、 僕と愛理栖の修羅場しゅらばをみて

ざま~見ろと言わんばかりに一人のんきにニヤけながらせせら笑っていた。


「あ~ばっか笑い過ぎて死ぬかと思った。

まあまあ二人とも。 せっかく家に来たんだから上がりなよ」


「気持ちは嬉しいんだけどさ、

奏ちゃんの家には車が既に3台停められてるし、

みたところ、 すぐ近くにも駐車出来そうな場所無いんだよね」


「停めるところ? 家の外に停めたらいいじゃん」


「了解……。って、 いやいやいやいや。

ここ普通に道路だぞ!

しかも道がたたでさえ狭いところに……普通に無理だろ」

僕は奏ちゃんにお母さんを呼んでもらい、

近所の方の敷地に車を停めさせてもらえることになった。


それから、 奏ちゃんは僕らを家の応接間に案内してくれた。


※今回のあらすじ※

病院で再会した五色と愛理栖。

二人は奏とともに彼女の家に向かうが、

奏のからかいにより愛理栖は怒る。

ひかると愛理栖は奏の母に家の中へと案内された。

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