第4話 たった一つの願い



 エクスを一通りいじり倒した後、赤ずきんの到着を待つことにした一同は、小屋にあるクローゼットの中で赤ずきんが来るのを待っていた。


「ちょっとエクス、押さないでよ」


 狭いスペースに押し込められたレイナは、困ったように声を上げる。


「そんなこと言われても、シェインが僕にぴったりとくっついているから、場所がないんだよ」


「新入りさん、シェインのせいにしないでください。シェインだってタオ兄に押されているので、スペースがないのです」


「おいおいシェイン、俺だってお嬢が背中で押してくるせいで結構狭い思いをしてるんだぜ?」


「私が悪いって言うの? そもそもエクスが押してくるから――」


「なんだかこの会話、永遠に続きそうだね」


 四人がぎりぎり入られるくらいの大きさのクローゼットの中で、エクス達はぎゅうぎゅうになりながら醜い攻め合いを繰り広げていた。


「てかここ、本当に狭いな」


「仕方ないですよ。先ほどみたいに食べられそうになった時に、外にいたのでは間に合いません。ここならすぐに、止めに入ることができるのです!」


「そうなのだけれど、全員が中に入る必要があったのかしら?」


 シェインの言葉に、当然の疑問がレイナの頭の中に浮かんでくる。


「姉御は、一人だけ仲間外れにしようと言うのですか!?」


「い、いえ……そういうつもりじゃないけど」


「でも、こうしてみんなでくっついていると、なんだか楽しいね」


 そんなレイナとは対照的に、エクスは笑顔でそう言った。


「エクス、あなた気楽でいいわね」


「むう! レイナ今、僕のことちょっとバカにしたでしょ?」


「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい。もう少しの辛抱ですので」


「みんな、おしゃべりはそこまでだ。外に誰か来た様だぞ」


 三人が談笑していると、僅かに空いた隙間からタオは外の状況を確認していた。

 するとそこには、赤い頭巾を被った、可愛らしい少女が歩いてくる。


「お花をたくさん摘んでいたら、結構時間がかかっちゃった」


 赤ずきんが持っているバスケットには、溢れるほどに色とりどりの花が詰め込まれていた。その中には、赤い花も含まれている。


「あれ? どうして扉が空いているのかな?」


 小屋の扉が空いていることに、赤ずきんは首を傾げながらなぜだろうと、不思議な表情で見つめていた。


「そう言えば、さっきは急いでいて閉めるのを忘れていたわね」


「姉御、しっです! 赤ずきんが小屋に入ってくるのです」


 扉が空いていることを不審に思いながらも、赤ずきんは小屋の中へと入って来る。


「おばあちゃん? 赤ずきんだよ? お見舞いに来たよ?」


 そう声をかけるも返事は無かった。心配に思った赤ずきんは、そのままベッドの方へ近づいて行く。


「おばあちゃん、具合が悪いから寝てるのかな?」


 すると、赤ずきんは突然大きな欠伸をする。


「ふわぁぁぁ…………お花摘むの頑張ったから、なんだか眠くなっちゃった……私も、おばあちゃんと一緒に寝ようかな」


 そう言うと、赤ずきんは自らベッドに赴き、転がるように中へと入っていく。

 ガサゴソと音を立てながら入ったことで、隣で寝ていたオオカミがゆっくりと目を

開けてしまう。

 それに気づくことのない赤ずきんは、そのままオオカミの体に触れてしまった。


「あれ? おばあちゃんの耳って大きいね」


 すると、オオカミは赤ずきんの言葉に答えるように口を開いた。


「赤ずきんの声がよく聞こえるの」


 さらに、赤ずきんはすぐさま次の言葉を口にする。


「お手てもかなり大きいんだね」


 そう言いながら、赤ずきんは手をにぎにぎと握る。


「赤ずきんをしっかりと捕まえるためなの」


「でも、お口は小さくて、なんだか可愛らしいね」


「それはなの。赤ずきんを食べるためなの!」


 そう言ってオオカミは「がおーー」と両手を高く上げ、赤ずきんに正体を見せた。


「きゃぁぁあ! オオカミさんだったの!?」


「まずい! みんな行くよ!」


 赤ずきんの悲鳴を聞いた一同は、勢いよくクローゼットから飛び出した。


「ちょ、ちょっと!? 押さないでっ、きゃあああ!?」


 だが、勢いをつけすぎたせいで、全員転がり落ちるような格好でクローゼットから出た。

 そんなエクス達のことは気にも留めず、オオカミは口を大きく開けながら、赤ずきんに迫っていく。


「まずいのです! このままだと赤ずきんが!?」


 目の前で迫っていくオオカミの口。

 そしてそのまま、オオカミはぱっくっと赤ずきんを食べてしまった。


「もぐもぐもぐなの」


 表情に変化はないものの、どこか嬉しそうにオオカミは赤ずきんを食べる。


「い、いやんっ! お、オオカミさん……そんなところ、はむはむしちゃ……だめ……」


 オオカミはもぐもぐ言いながら、赤ずきんの耳を優しく噛んでいた。


「って、食べるってそう言うことかよ!?」


 予想外の展開に、タオはたまらず声を上げてしまう。

 その声でようやくタオ達が居ることに気付いたのだろうか、赤ずきんは驚きの声を上げた。


「あ、あなた達だれですか……? どうしてここに……?」


「い、いや……僕たちは怪しい者じゃないよ。ただの旅の一行さ」


 納得してもらえるか分からなかったが、エクスは弁明するようにすぐに言葉を発した。


「た、旅の方ですか……?」


 突然の状況に赤ずきんは戸惑いの表情を隠せずにいる。そんな嫌な空気を換えるように、シェインは口を開く。


「その、赤ずきんさん。オオカミさんとはどういった関係なんですか?」


「うん? オオカミさん? オオカミさんとは、お友達だよ? ねえ?」


「なの。友達なの」


 まるで仲の良い友達のように、顔を見合わせながら二人は言った。


「え? 二人は友達だったの?」


 予想外の出来事に、エクスは狼狽えてしまう。


「でも、オオカミは赤ずきんのことを食べるって言っていたよな?」


「食べるなの。はむはむ」


「きゃっ、もぉ……オオカミさん……くすぐったいよぉ」


 タオの言葉で二人はまたじゃれだした。


「シェイン達は、一体何のために戦っていたのでしょうか……」


 現実を受け入れることができないシェインは、頭を抱えるしかなかった。


「ちょっと待ちなさい赤ずきん! そもそもここの想区では、赤ずきんとオオカミは友達になる話なの?」


「ううん、違うよ。本当だったら私は、オオカミさんに食べられちゃうお話なの」


「食べられるって、今も食われているじゃないか」


「そうじゃないよ。私は丸飲みされて、オオカミさんのお腹の中に入るの。そもそもオオカミさんは、こんなに可愛らしい女の子じゃないからね」


「がおーー」


 その話を聞いていたシェインが何かに気付く。


「それってつまり、二人の関係性がこの世界の歪みだったってことですか?」


「うーん、そういうことになるのかな?」


 シェインの言葉を聞いて、エクスも次第に状況を理解しはじめる。


「何かおかしいわね…………うん、もしかしたら……」


 すると、レイナは二人の姿に何かを感じたのだろうか。顎に手を当てて考え始める。


「まあ、二人が友達ならなんの問題もないよね?」


 赤ずきんの笑顔を見ることができて嬉しいエクスは、微笑みながらそう言った。

 だが、そんな思いを振り払うようにレイナは口を開く。


「エクス……それは違うわ……」


「え……どうしたのレイナ……?」


「ねえ、赤ずきん! カオステラーはどこにいるの?」


 いつまでも、じゃれ合っている二人に対し、レイナは何か確信めいた表情で問う。


「え……何のこと…………私、分からないよ……」


「とぼけないで! お友達ごっこは、もうお終いと言っているのよ!」


「お友達ごっこ…………? なんで……なんでそんなこと言うの?」


 レイナの言葉に、赤ずきんは顔を伏せ、震える声でそう言った。


「赤ずきんちゃん…………?」


 突然の赤ずきんの変化に、エクスは戸惑いの声を漏らしてしまう。

 だが、赤ずきんは止まらない。


「なんで……どうして邪魔をするの? ようやくできた友達なのに……たった一人のお友達との時間だったのに……どうして……どうして邪魔をするの?」


 赤ずきんの表情からは、愛らしい笑みは完全に失せていた。


「いつもいつもいつも、私は一人だったのに……ずっと一人だった…………

 ねえ、もうこれ以上……私から奪わないでよ…………」


 突然態度が変わってしまった赤ずきんに対し、誰も口を開くことができなかった。

 それくらい、今の彼女は自分を失っていたのだ。

 そして――


「私から、私からッ――――奪わないでよぉぉぉおお!」


 その言葉と同時に、赤ずきんは恐ろしい化け物へと変貌してしまう。

 それはそう、いつかの時と同じように。


「うそ……また、赤ずきんちゃんがカオステラーに……?」


 信じられないと言う現実と、繰り返してしまった事実に、エクスの顔から血の気が失せていく。


「やっぱり…………あなたがカオステラーだったのね」


 だが、そんなエクスとは対照的に、レイナはどこか納得したような表情で言った。


「エクス! 悲しむのは後だ! 今はこいつを止めるぞ!」


「新入りさん! ここが踏ん張り時なのです! やるしかないのです!」


 言葉を失ったエクスに対し、シェインとタオが声を上げる。


「エクス! これが真実よ! 彼女を助けたいと思うのなら、あなたが、あなた自身の手で剣を握りなさい!」


 エクスを突き動かすように、レイナは叫ぶような声で叱咤する。

 その言葉はエクスの耳にしっかりと届いていた。

 仲間の言葉に背中を押され、自分のやるべきことを認識する。


「そうだね……そうだよね……みんな、ありがとう……」


 エクスは仲間の言葉を胸に刻み込むように目を閉じる。そして、赤ずきんに届くように叫ぶのだ。


「赤ずきんちゃん……僕が君を開放する! 例え、君がどれだけの悲しみを背負い、何度カオステラーになったとしても!

 君と、この想区だけは――――必ず守って見せるっ!」


 大切なものを守る戦いが、今再び始まった。



       ◇



「赤ずきんちゃんを解放しろ! カオステラああぁぁぁああああ!」


 エクスの渾身の一撃が決まり、カオステラーは消滅した。

 カオステラーが居たその場所には、少女が、赤ずきんが倒れている。


「赤ずきんちゃん!? 大丈夫!?」


 赤ずきんの姿を確認したエクスは、戦闘の疲労も忘れ、すぐさま彼女に駆け寄った。


「私にはね……お母さんと、おばあちゃんしかいないの……」


 誰に語るでもなく、赤ずきんは告白するように口を開く。


「そのお母さんも再婚するみたいで……私には構ってくれない。おばあちゃんも病気で……私と遊んでくれることはなくなっちゃった……」


 彼女の想いに、エクスはただただ無言で聞くことしかできなかった。


「私は一人だったの……ずっと、ずっと……それが寂しかった……辛かったよ……」


 次第に赤ずきんから感情が溢れはじめる。小さな、小さな女の子の感情が。


「だから、お友達が欲しかったの。側に居てくれるお友達が……

 そして私は、オオカミさんを選んだの。綺麗な世界で、オオカミさんと遊びたかったの……ずっとずっと、終わることのない世界で…………

 好きでオオカミさんに近づく人なんて、誰もいないから……だから……」


 全てを語る赤ずきんの瞳からは、大きな雫が零れ落ちていく。それは、少女のものとは思えないほど地面を、彼女の顔を濡らしていった。


 最後まで聞いたレイナは、ゆっくりと本を開き、世界の調律を始めようとする。

 そんな彼女に、エクスは口を開く。


「ねえレイナ……このままにしてあげようよ……」


「エクス? あなた何を言っているの……?」


「ずっと見ていて分かったじゃないか。ここの想区で傷ついている人はいない。誰も、誰も悲しい想いをしていないじゃないか! 赤ずきん以外は…………」


「新入りさん……」


「だったら……それなら! このままでもいいじゃないか!」


「…………そんなことは無いわ。ヴィランが居る以上、必ず被害が出るわ」


 感情的なエクスに対し、レイナは冷静に答える。

 それがエクスには理解できなかった。


「じゃあ! 赤ずきんの気持ちはどうなるの! いつも一人で、誰にも相談できなくて、カオステラーになるくらい、ずっと孤独を抱えていた彼女の気持ちは、どうすればいいの!」


「おい、エクス……お前……」


「辛かった、苦しかった……そうして、そうしてようやく手に入れた友達なのに! 彼女はようやく、孤独から解放されたのに! どうして、どうして彼女だけが!」


 エクスの必死の言葉に、辺りは静まり返る。それでも、レイナは口を開いた。


「エクス……私たちの使命は、“想区をあるべき姿に戻す”ただそれだけなのよ」



「だからって! 赤ずきんの想いまで奪う権利は、僕たちにはないはずだっ!」



「――分かってる! そんなこと分かっているわよ!」


 今まで冷静に務めていたレイナは、エクスの言葉に感情を露わにする。


「だったら、だったらどうすれいいの!? このまま放置すれば、暴走したカオステラーは全てを異常に変え、やがてこの想区は崩壊してしまうわ! そんなことになってしまえば、全ての人が、運命が、物語が! 無かったことになるのよ! それだけは……それだけは耐えられない……」


 悲鳴のような悲痛な叫びでレイナは感情を叫ぶ。


「姉御…………姉御の想区も、暴走したカオステラーに……」


 レイナの心境を察したシェインは、憂鬱な表情で顔を伏せた。


「エクス、そこまでだ……これ以上、お嬢を苦しめるのはやめてやれ。俺たちにできることはお嬢の言った通りだ。“想区をあるべき姿に戻す”それだけだ……」


 タオの言葉に、エクスは苦虫を噛みつぶしたような苦しい表情を見せる。

 そのことをどこかで理解していた分、エクスは悔しくてたまらなかった。


「くッ――――! くそ! なんでだよ! なんで……なんで……はあはあ……」


 強く地面を叩きつけるも、拳に痛みが広がるだけで何も変わらない。

 じわりと血が滲むも、今のエクスには何も変えられない。

 エクスは無言で自分の拳を見つめた。すると、なぜだろうか。

 拳の痛みが、レイナの心の痛みと重なったように、エクスには感じてしまう。


「………………ごめん…………レイナ……」


「…………いえ、分かってもらえればいいのよ。エクスが悪いわけじゃないのだから……」


 レイナは涙が混じる声で、エクスを許した。

 だが、レイナを責めてしまった自分自身をエクスは許すことができなかった。

 それは、我がままみたいなものである。それでも、エクスは少女に伝える。


「僕で……僕でよければ友達になるから! 僕の名前は……エクス! エクスだから!」


 エクスはその意味を理解した上で、腕の中の赤ずきんに言った。

 そう言ってしまった。


 残酷なその言葉を。


 自分でも無責任だと思っていた。それでも、言葉にせずにはいられなかった。

 でも、そんな自分が悔しくて仕方がなかった。何もできない自分自身が。



 だってそう――――彼女の記憶は、消えてしまうと言うのに。



「エクス…………エクスだから…………」


 震える声で、涙を零しながらエクスはただ自分の名を繰り返す。

 それに意味がないことを知った上で。


「エクス……おにいちゃん…………?」


 赤ずきんは消えてしまいそうな声で、エクスの名を口にする。

 それを聞いたエクスの瞳からは、涙が止まることは無かった。


「エクス……ごめんなさい……」


 レイナはぽつりとつぶやくように言って、調律を開始する。

 そのレイナの行動に、エクスは何一つとして反対の声を上げることはできなかった。



『混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし』



 その言葉と同時に、鮮やかな世界は一瞬にして白に飲み込まれる。


 彼女の想いも、願いも、全てを飲み込むように白くなる。


 あったはずの異変は、無かったものへと姿を変え、忘れていく景色に一人だけ残される。


 矛盾と虚構が混ざり合い、全ては記憶の彼方へと消えていく。


 そうして世界は、秩序を取り戻した。


「ごめん…………赤ずきんちゃん――――」


 誰かの想いがいつまでも、水面に波紋を残していた。






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