第3話 赤い小屋のオオカミさん
オオカミを追う道中、レイナは顎に手を当てながら今の状況について考えていた。
「うーん、ここのカオステラーは一体どこにいるのかしら?」
「そうだね、今のところそれらしい人物には出会っていないね」
レイナが考えるのに合わせ、エクスも腕を組みながら頭を回転させた。
「怪しいと言えば、あのオオカミが一番怪しいだろう? 一人だけ明らかに服装がおかしかったぞ」
「そうですね。先ほど出会った猟師さんも、赤ずきんも以前会った時と変わった様子はありませんでした」
「となると、やはり目をつけるべきはオオカミの様ね」
レイナは視線を落とし、再び思案する。
「そうだね。あんなに可愛らしく、赤ずきんちゃんを食べるなんて言ってるもんね」
エクスの言葉に引っ掛かりを覚えたシェインが、疑問を口にする。
「そうなると、オオカミには可愛くなりたいと言う願望があったのでしょうか?」
「どうかしら、オオカミが何を考えているかまでは、私たちには分からないわ」
「まあ、いろいろと考えるのは後回しだ。まずはあのオオカミに早く追いつくとしようぜ」
そう言いながら、エクス達はオオカミが通った道を歩いて行く。
しばらく道なりに進んでいくと、目の前にあった森が、徐々に開けた場所へと変わっていった。
「みなさん、あれを見てください!」
シェインが何かを見つけたように指をさした先を、一同は見上げるように見る。
すると、そこには一軒の小屋が建っている。
そこはまるで、俗世間から隔離されたような神秘的な場所だった。
辺りの森からは木漏れ日が世界を白く染め上げ、印象的な赤い屋根の小屋には一台の水車が心地よい水音を立てながら回転している。玄関までの道のりには、色とりどりの可愛らしい花が咲き乱れており、手入れが行き届いているのだろう草一つさえ生えていなかった。
「なんだか……懐かしいね……」
その幻想的な光景に、エクスは以前ここに来た時のことを思い出す。
「ええ、あれからいろいろなことがあったわね」
「なんだか、一度来たことがある想区に来るのは、やっぱり考えちまうところがあるな」
タオ自身も一度経験したことのある感情が、再び湧き上がっていた。
「みなさん、感傷に浸るのは構いませんが、本来の目的を忘れてはいませんか?」
シェインの言葉に現実に引き戻された一同は、再び気を引き締め直す。
「それで、あのオオカミはどこにいるんだ?」
「タオ兄、オオカミならあそこにいます。窓の外から家の中を覗き込んでいる様です」
そこには家の中を確認するように、怪しげに窓を覗き込むオオカミの姿があった。
「何をやっているのかしら?」
「おばあさんの体調がよくないって聞いたから、先にお見舞いに来たのかな?」
オオカミの行動の意味が理解できていないエクス達は、大きく首を傾げる。
「そもそも、これからどういう展開になるんだ?」
タオがそう疑問を口にするも、誰も口を開くことは無かった。
そもそも一同は、ここの想区の話をよく理解できていない。
これからの展開が読めないのも仕方のないことだった。
「状況が分からない以上、とにかく様子を見ましょう。何か不穏な空気を感じたら、すぐに介入です」
シェインがそう言ったのとほぼ同時に、オオカミは動き出した。
窓から家の中の様子を伺うのを止めたオオカミは、玄関の方へ回る。
そして、一つ大きな深呼吸をして、トントンと扉を二回ノックするのであった。
「はいはい、どなたですか?」
しばらくの沈黙の後、弱弱しい老婆の声が聞こえる。それを確認したオオカミは、迷うことなく口を開いた。
「赤ずきんなの。ケーキとブドウ酒を持ってきたの。ここを開けてなの」
口調は全然変わっていなかったが、オオカミは自分を赤ずきんと名乗る。その光景に、一同は違和感を覚え始めた。
「あらまあ、赤ずきんかい。鍵はかかっていないから、そのまま入っておいで。おばあさんは体調が悪くて、ベッドから起き上がれないんだよ」
「分かったなの。お邪魔するの」
おばあさんの了解を得たオオカミは、そのまま小屋に入っていってしまう。
「まずいわね。ここからだと中の様子が見えないわ。とりあえず、さっきオオカミが家の中を覗いていた窓の方へ移動しましょう」
「うん、なんだか嫌な胸騒ぎもするからね。早く行こう」
「はい……何もなければいいのですが……」
「おいおい、何もしないやつが、“自分は赤ずきん”だなんて嘘はつかないだろう。とにかく、様子を見に行くぞ」
素早く移動した一同は、小屋の窓から中の様子を見る。すると、ベッドには一人の老婆が横になっていた。
正面にはその老婆を見下ろす格好で、オオカミが立っている。
「一体、今から何が始まるのかしら」
レイナがぽつりとつぶやいたその時、寝ていた老婆が体を起こす。
「まあまあ、赤ずきん。遠いところをよく来たねえ」
すると、オオカミは両手を高々と上げてこう言う。
「がおーー…………」
「あの子またやっているね。オオカミの挨拶なのかな?」
「挨拶にしては、何を言っているのか全然分からないのです」
「ほら、そこはオオカミだから仕方ないんじゃないかしら?」
「そういうもんか? あれでも一応、威嚇のつもりだったりな」
呑気なエクス達とは対照的に、おばあさんは驚いた表情を見せた。
「まあ! なんて可愛らしいオオカミなの!?」
「がおーー…………」
そのままおばあさんは、再び眠るように気を失った。
「おい、なぜかばあさんが気を失ったぞ!?」
「あれのどこに意識を失う要素があったっていうの!?」
「あまりの可愛らしさに気絶したのかな?」
突然の出来事に、一同は驚きの声を上げずにはいられなかった。
しかし、シェイン一人だけはまだ冷静さを保っていた。
「みなさん静かにです! オオカミがベッドの方へ移動しますよ!」
おばあさんが気絶したのを確認したオオカミは、ゆっくりと、だが確実におばあさんに迫っていく。
「ちょっと待ちなさい……確か、オオカミは赤ずきんを食べると言っていたわよね……」
レイナの言いたいことを瞬時に理解したタオが声を上げる。
「おい、まずいぞ! もしかしたらあいつ、ばあさんを食う気なのか!?」
そう言っている間にも、オオカミは一歩ずつおばあさんに近づいていく。
そして、口を大きく開きその牙をおばあさんに向けた。
「やばい! 助けに行かないと!」
危機を感じたエクスが玄関に走り出そうとしたその時――
「クルルルルルルッ!」
「くそっ! こんなところにヴィランが!?」
走り出したエクスに、突如ヴィランの鋭い一撃が飛んでくる。
咄嗟の出来事に、エクスは強く目を閉じることしかできなかった。
刹那、金切り声のような音が辺りに響き渡る。
「ここは任せろ! エクス、お前はばあさんを頼む!」
ヴィランの攻撃をエクスに変わるようにタオが受け流す。
「そうなのです! この程度、新入りさんが居なくても、シェイン達なら問題ないのです!」
「そうね! エクスは早くおばあさんのところへ!」
その言葉に、エクスは胸に込み上げてくる想いを必死に堪えながら口を開く。
「みんな…………ありがとう……行ってくる!」
それだけの言葉を残し、エクスは小屋の中へと消えて行った。
「ここは通さないわ! 私たちの力、思い知らせてあげる!」
「シェイン達の本気、とくとご覧あれなのです!」
「さあさあさあ! ここからが『タオ・ファミリー』の神髄だぜ! やられたいやつから前に出な!」
エクスを抜いた三人で、負けられない防衛戦が始まった。
◇
「おばあさん! 大丈夫ですか!?」
一人小屋に入ったエクスは、大声を上げおばあさんの状況を確認した。
すると不思議なことに、部屋の中にオオカミの姿は確認できない。
だがその代わりに、おばあさんが寝ていたベッドの中で何かがもぞもぞ動いているのを、エクスは自分の目で見てしまう。
「え……うそ、でしょ…………?」
エクスの顔は、見る見るうちに変わっていくのであった。
◇
「邪魔なんだよぉぉおおお!」
タオの最後の一撃でヴィランは全て消え去った。
「これでお終いね。早くエクスのところへ行きましょう!」
「はい。なんだかシェイン、嫌な予感がするのです」
ヴィランを倒した一同は、エクスに合流するべく急ぎ小屋の中へと入っていく。
「エクス! 大丈夫か!?」
タオが小屋の中に勢いよく入る。
そこには、一人呆然と立ち尽くしているエクスの姿があった。
周りをみてもオオカミの姿はどこにも見られない。
タオの問いに答えることなく、エクスはただただベッドを見つめている。
「ちょっとエクス! 一体何があったのよ?」
返事のないエクスにレイナは問い詰めるように声をかける。すると、エクスの指がピクリと動き、ゆっくりとベッドの方を指した。
「あれを…………見て」
エクスが何を言っているのか一同は分からなかったが、タオはエクスが指差したベッドの方へゆっくりと歩いて行く。
そして、そこにある毛布を手荒に掴み、勢いよくどかした。
「おい…………なんだよこれ……」
「え…………なにがどうなっているの…………」
「シェインは一体、何を見ているのでしょうか……」
レイナ達の顔が一瞬で驚きに染まっていく。なぜならそこには――
“可愛らしい寝息を立てながら眠っているオオカミの姿があった”のだから。
もちろん、おばあさんが食べられているという事も無く、オオカミの隣で今も気を失っている。
「エクス、これはどういうことだ? 納得のいく説明をしてくれ」
「僕にも、何がなんだか全然わからないんだ。ここに入った時には既にオオカミの姿は無くて、だから……怪しかった毛布をどかしたら、こんな状況になっていて」
「新入りさん! なぜそこで毛布をそのまま元に戻してしまうのですか!?」
「いや、あまりの驚きに……つい」
「つい、じゃないわよ! 私たちの必死の思いが無駄になったみたいじゃない!」
納得のいかない状況にレイナは嘆くように声を上げる。
「僕だって、こんなことになっているなんて、想像できなかったよ!」
困っているエクスに対し、タオは意外にも助け船を出してくれた。
「まあそう攻めてやるなお嬢。こんなの、誰にも予想ができないだろう」
「タオ…………」
突然のタオの優しさに、エクスは感動していた。そしてタオはこう続ける。
「エクス、次の戦闘はお前一人だからな」
「ちょっとタオ!? それはひどいよ!」
「シェイン達の想いを踏みにじったので、当然の罰なのです!」
「あらタオ。たまには気が利くことが言えるじゃない」
タオの提案に、エクス以外の二人がにやにやしながら賛同する。
「お嬢、普通に褒められないのか? たまには、は余計だ」
「まあいいじゃないの。みんなの意見が一致したんだから」
「そうですね。難しいことは、今はどうでもいいです」
「ちょっとみんな!? 僕の話を聞いてよぉぉおおお!」
エクスが必死に叫ぶも、耳を傾けてくれる人は誰もいなかった。
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