第2話 兄と妹とオオカミと赤ずきん
「すたすたすたすた」
鮮やかな色に染まる森の中を、オオカミは一人で歩いていた。
「あの子一体どこに行くのかしら?」
オオカミの後をつけていたエクス達は、少し距離を置きながら少女の様子を観察している。
「どこに行くったて、赤ずきんを食べに行くんじゃないのか? 本人がそう言ってるんだし」
「でも、あの子が赤ずきんを食べるなんて、とてもじゃないけど信じられないよ」
「シェインもそう思います。だけど、どうしてオオカミが少女の姿をしているのですかね……」
エクス達に疑問は尽きなかったが、それでも少女の後を追っていく。
すると、しばらく歩き進んだところで、オオカミは何か思い出したようにピタリと止まった。
そこは以前も通ったことのある、赤ずきんが住む村とおばあさんの家を結ぶ、十字路だった。
「じーーーーーー」
足を止めたオオカミは、何を言うわけでもなく一方向をだけをじっと見つめはじめる。
「今度は何をやっているのかな? 何か意味があるとは思うんだけど」
「エクス静かに! 誰か来るわよ」
不思議に思いながら見ていたエクスだったが、レイナの言葉に、慌てるように口を噤んだ。
すると、オオカミが見ていた方から一人の少女が歩いて来る。
「むむ、あの姿は……」
誰よりも早くその人物を理解したシェインが、目を細めながらその少女を見つめていた。
印象的なブロンドヘアーに、宝石のような碧眼。胸元には可愛らしい大きなリボンを身に着け、手にはバスケットが下げられていた。何よりも特徴的なのは、その綺麗な髪の上にある一枚の赤い頭巾。彼女はそう――
「あ、赤ずきんちゃんだ!」
誰よりも早く、大きく、エクスは驚きの声を上げた。
「エクス、別に驚くようなことは何もないでしょ? ここに来た時点で予測はできるわよね?」
「そうなんだけど、赤ずきんちゃんが元気だったんだなって思ったら……」
エクスの目には僅かながらに涙が滲んでいる。それは、生き別れの妹と久々に再開した兄のような、優しい顔をしていた。
「エクス、お前ときたらな……たく、そんな顔見せられたら……なんだかこっちまで……」
エクスにつられたのだろうか、タオの目にも光るものがある。
タオはそれが零れ落ちないように、必死の形相で耐えていた。
「あなた達……一体何をやっているのよ……」
突然の二人の変化に、レイナが心底呆れたようにつぶやいた。
「う、うるせいっ! いつだって兄はな、妹のことが心配なもんなんだよ!」
タオの突然の告白に、義妹であるシェインが露骨に狼狽えていた。
「た、タオ兄……! と、突然何を言い出すのです!」
僅かに頬を紅葉色に染めながら、シェインはタオから顔を逸らすように伏せてしまう。
「うんうん、分かるよ! 分かるよタオの気持ち!」
「エクス! 分かってくれるかああ!?」
そして二人は、なぜか熱い抱擁を交わす。その意味がレイナには全然理解できなかった。
「なんだか……エクスが来てから、本当にいろいろ変ったわね」
「そ、そうですね姉御。なんだか賑やかになった気がするのです」
「全く……まあいいわ。赤ずきん達の様子を見ましょう」
未だ熱い抱擁を交わしている二人のことは気にせず、レイナとシェインは赤ずきん達の観察を続けた。
「こんにちわなの。赤ずきん。いつ見ても赤い頭巾がお似合いなの」
歩いてきた赤ずきんに、オオカミは表情を変えることなく挨拶を交わした。
「こんにちはオオカミさん。いつ見ても毛皮がもふもふだね」
「いや、それ服でしょ! どこからどう見ても被っているわよね!?」
あまりにも赤ずきんの自然な態度に、遠くから見ていたレイナは突っ込まずにはいられなかった。
「姉御、落ち着いて下さい。この世界ではあれが普通なのです。たぶん……」
立ち上がったレイナに対し、シェインはなだめるつもりがあるのだろうか、曖昧な声をかけた。
「赤ずきん、これから一人でどこに行くの?」
「あのね、おばあちゃんのところに行くの。おばあちゃんが病気になっちゃったみたいだから、お見舞いに行くの」
オオカミの質問にも、赤ずきんは丁寧に答えた。
そんな赤ずきんの姿を見ながら、エクスは震える声で声援を送っていた。
「赤ずきんちゃん、おばあちゃんのお見舞いに行くんだね。いい子だね……がんばれええ!」
「ああ、お前の妹はこれから一人で行くんだ。誰も手助けをしてはくれねえ。もちろん、俺たちが手を出してもいけねえ。俺たちにできることは、そう! 見守ることしかないんだよ!」
「もどかしい! もどかしいよタオ!」
「エクス! それが大人になるってことだ。今回のお使いを通して成長していくんだ! 赤ずきんも、お前もな!」
「うん! お兄ちゃんも頑張るからね、赤ずきんちゃん!」
「いや、いつから赤ずきんはエクスの妹になったのよ!」
二人の意味不明なやり取りに、再びレイナは大きなため息をついた。
「姉御、わが兄ながら、なんだかよく分からなくなってきたです」
「ねえシェイン。この想区に居る限り、二人はずっとこんな調子なのかしら……?」
「姉御、これは考えても答えが出ない問題と言うやつだと思います。そっとしておきましょう」
「そうね、いちいち反応するのも疲れるわね」
二人のことを極力視界に入れないように、レイナ達は再び赤ずきん達を観察する。
「そうなの、赤ずきんは偉いなの。ところで、そのバスケットには何が入っているの?」
オオカミは赤ずきんが持っている大きなバスケットを指差しながら言った。
「ケーキとブドウ酒が入っているの。おばあちゃんが早く元気になるように、これをあげるの」
「それはとてもいいことなの。赤ずきん。そのおばあちゃんの家は、どこにあるの?」
「おばあちゃんのお家はね、森の奥にあるの。ここからだともう少しだけ歩くよ」
赤ずきんのその言葉に、オオカミは僅かに視線を逸らしながら、何かを考えている表情をした。
「赤ずきん、それならお花も摘んでいくといいの。この先に綺麗なお花畑があったの。きっと、おばあちゃんも喜ぶの」
オオカミの提案に、赤ずきんは少し考えた。それでもすぐに答えは出る。
「そうだね。オオカミさんの言う通りだね。私、お花を摘みながら行くね」
そう言って、赤ずきんは花を摘みながらおばあちゃんの家を目指し歩き始めた。
「じゃあまたね、オオカミさん」
「うん、気を付けていくなの」
手を振り去っていく赤ずきんに対し、オオカミは肉球(?)を上げて見送った。
下を見ながらゆっくりと歩いていた赤ずきんだったが、しばらくするとその姿は、赤い森の中へと消えて行く。
「今のところ、特に変なところはなさそうね」
「そうですね。あのオオカミが一番変だという事は抜きにして、特に異常はないのです」
赤ずきんとオオカミのやり取りを見ていたレイナ達だったが、そこに歪みと言ったものは感じられない。
だが、冷静に状況を分析しているレイナ達とは対照的に、エクスがこんなことを言い出した。
「ねえタオ、赤ずきんちゃんはどんな花が好きなのかな?」
「ばっ馬鹿野郎! そんなこと、男の俺に分かるわけないだろ! だが…………そうだな。あえて言うのなら……真っ赤な花じゃないか……あの頭巾のようにな」
「そうだよね! 僕もそう思っていたよ!」
そう言って、二人は謎の握手を交わす。そんな二人に、レイナは辟易しはじめていた。
「なんだかこの二人、本当に気持ち悪くなってない!?」
「姉御、シェインはタオ兄との付き合いは長いですが、こんな姿は初めて見たのです。仲間を得ると、人はこんなにも変わってしまうのでしょうか……もう、何が本当なのか、シェインには分からないのです」
「シェイン……あなたも苦労しているのね。大丈夫、どんなことがあっても私はあなたの味方だから」
「あ……あ、あねごぉぉおお!」
シェインはまるで子供のようにレイナの胸に飛び込んだ。そんな二人のやり取りを、エクスとタオはぼんやりと見ていた。
「あの二人に何があったんだろうね?」
「エクス言ってやるな、きっと深い事情があるのさ」
「いや、あんた達のせいなんだからねッ!」
レイナが激しい突込みを入れたところで、オオカミは何かをつぶやいた。
「うん、そろそろ行くの」
そう言ったオオカミは一歩、二歩と歩き出した。
「姉御! オオカミが移動するみたいです!」
「よし、私たちも後を追いかけるわよ」
レイナがオオカミの後を追おうとしたその時、異変に気付いたタオが声を上げる。
「――――お嬢! オオカミを追うのは後だ! 先にこいつらを片付けるぞ!」
「クルックルックルルルッ!」
「もう! なんでいつも大事な時にヴィランが現れるのよ!」
「姉御、こいつらをさっさと倒してオオカミの後を追いましょう!」
「言われなくても、はあああああ! そのつもりよ!」
「赤ずきんちゃんの為にも、ここは譲れないよ!」
それぞれの思いが交錯する中、エクス達の戦闘は幕を開けた。
◇
エクス達は難なくヴィランを退けた。
「ふう……ちょっと手間取ったけどなんとかなったわね」
戦闘を終えたレイナはふうっと一息つく。
「そうだね、いつもよりは手応えがあった気がしたよ」
「それよりも、オオカミの動向が気になります。急いで後を追いましょう」
「まあ、道は一本道だから迷うこともなさそうだな」
その言葉と同時に、タオは僅かにレイナの方をちらりと見た。
レイナの方向音痴は、メンバーの中では常識なのである。
「な、何よタオ……なんだか言いたそうな顔しているわね」
「いや別に……特に何もないけどな……なあエクス?」
「ええ!? どうして僕に話を振るの!?」
「いや、隣にエクスが居たからな」
「それは居るでしょ! 仲間なんだから! そうだよねシェイン?」
「新入りさん!? た、確かに仲間なのは認めますが、ここでシェインに話を振られても困るのです!」
「もう、なんなのよあなた達! 大丈夫、大丈夫だから、私を信じてついて来なさい!」
えへんと胸を張りながら、レイナは先導するように歩き出す。
そんなレイナの姿を、どこか引いたように一同は見ていた。
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