第3話 誰がそんなオチ想像できっかよ

 ヒソヒソされながらの旅が続いて、いよいよ魔王が治める最果て山脈にやってきた。


 サーヤの力の使い方も慣れてきて、必要以上に消耗することもなくなったおれは、ここまで無傷でやってきた。

 だけどここはボスの根城だ。今までのようにはいかないだろう。


「さぁ、気を引き締めて行こう」

『だーいじょーぶよォ。アタシにまっかせて』


 ミャハッ、とか言いだしそうな勢いでサーヤがシリアス気分に水を差してきた。

 ちょっと不安だけど、コイツに頼るしかないのは確かだ。


「魔王スチュ、一体どのような力を持っているのでしょう」


 シャイネもちょっと不安そうだ。

 よし、汚名返上だ。ここはおれがカッコよく。


「だいじょ――」

『だからァ、だいじょうぶだって。スチュがどんな力を持ってようと、このサーヤが大人しくさせてア・ゲ・ル♪』

「そうですね。サーヤ様と勇者様がいらっしゃれば、勝てますね」


 不安はなくなったみたいだけど、蔑むような眼で見てこないでくれ。あの夜からシャイネの姿とはヤってないんだから。


 くそぅ。進むぞっ! 魔王を倒すのはおれだって見せてやる!

 魔王の城の一番奥まで、それはもういろいろな魔物が出てきた。

 サーヤの力の使い方を覚えたおれと、防御と治癒の魔法を使うシャイネはダメージを負いながらも進み続ける。

 さすがラストダンジョン。一筋縄ではいかなかった。セーブポイントをくれー。


 だけどここまで来たんだ。魔王を倒して、この世界アイズライルを平和に導く。

 緊張する手に汗をにじませながら、おれは玉座の間の荘厳で重い扉を、ゆっくりと押し開けた。


 中は、だだっ広かった。奥に玉座があって、黒い大きな塊が座ってる。

 それが、のっそりと立ち上がった。でかい!

 邪悪そうな頭の上に二本の角、背中には大きな翼。体つきがすごくたくましい。太くて長い尻尾がしなやかにうねっている。

 あれが魔王か。なるほど強そうだ。


 どんな攻撃が来ても対応できるように、おれはサーヤの柄に手をかけながら、じりじりと前に進んだ。


「貴様が勇者を名乗る者か、どのようなつわものかと思えば、ふん、脆弱な人間風情が」


 魔王の前まで進み出ると、すごく馬鹿にしたように言われた。


「エロス、いいえ、勇者様を侮ると痛い目を見ますよ!」


 隣のシャイネが魔王を睨み据えている。

 なんか余計な枕詞をつけられてしまったが。


「ふふん。ここまでやって来られたのは褒めてやろう。だが――」


 魔王が右手をゆるりとおれ達にかざした。

 おれは咄嗟にサーヤを抜いて魔王の手に掲げる。

 眩しい光が交錯して、思わず目を閉じた。


 光が薄らいだ頃に目を開けてみると、シャイネが気を失って倒れている。


「ほほう、我が攻撃を無効化するとは、なるほど神官の女が言うように少しはやるようだな」


 魔王が、本気になった?

 よし! ここからがおれの本当の、最後の戦いだ。

 おれがこの世界を、みんなの笑顔を守る! そしてエロ勇者の汚名を返上だ!


 ……の、はずだったのに。


「こおぉら! スチュ! いい加減にしなさァい!」


 これは、サーヤの声? と驚いたら、剣から淫魔が出てきた。毎度夢の中で(ピー)なことをしてた、サーヤだ。

 一体、何が……。


「げぇっ! かーさん?」


 スチュが、今まで威厳に満ちた態度でおれを見下ろしていた魔王が、明らかに慌てふためている。

 え? えぇっ? サーヤが魔王の母親?


「人間とは共存とまではいかなくても棲み分けをして、互いに干渉しないようにってあ・れ・ほ・ど! 言っておいたのに! アタシがチョイっと出かけて帰って来られない間に好き勝手やって、この悪ガキめ!」

「ひぃぃ! ごめんよかーさん! もうしません」


 サーヤが腰に手を当ててふんぞり返ると、魔王はすっかり委縮して降参した。


 何なんだ、これ。


「リックぅ、ここまで連れてきてくれて、ア・リ・ガ・ト・ね。何せこの世界って移動の魔法がないし、アタシは何をどう間違ったのか剣に封じられちゃったしィ。こうやって運んでもらうしか、なかったのヨォ」


 サーヤは、おれにはいつもの調子で言って、頬にキスをした。


 こうしておれの魔王退治は、魔王が母親にいさめられて終わるっていう、誰がそんなオチ想像できっかよ、な結果に終わった。


 この世界に来た時に「設定にひねりがないぞ三流め」なんて考えたからこうなっちゃったんだろうか……。




 気絶しちゃったシャイネを抱きかかえて、おれは魔王の城を後にした。

 少しして、シャイネが目を覚ました。


「勇者様? ここは、外……。それでは、魔王を倒されたのですね!」


 あんまりにも喜んでるから、そういうことにしておいた。


 スチュはもう人間を攻めないって約束したし、サーヤがスチュを監視すると同時に人間界にも変な動きがないのか、使いをよこす、みたいなことになった。魔王の約束はともかく、あれだけ魔王を震え上がらせたサーヤがいるなら多分もう大丈夫だろうからな。

 今度魔王が何かしてきたら、それは倒したはずのヤツが復活したってコトで。


「とにかく、これで平和になったよ。……おれも、この世界でどうやって生きてくのか、考えないといけないな」

「勇者様はお役目を終えられたら元の世界に戻れる仕組みになっていますよ? 話していませんでしたか?」


 は、はい?


 聞いてないよ、と言いかけたおれは体に違和感を覚えた。


「それでは、勇者様、ありがとうございました。元の世界に戻られてもご活躍なさいますよう、お祈り申し上げております」


 シャイネが手を組み合わせて祈ると、おれの目の前の景色が歪んで――。

 なんで、移動魔法がないのにそういうトコが充実してんだよっ!




 目が覚めたら、ベッドの上だった。

 おれの部屋だ。もちろん日本の。

 帰ってきたんだ。

 ……それとも、実は長い夢だったってことは……。


 体を起こして部屋を見回した。カレンダーに目が止まった。

 あの昼寝したときのままだ。


 どうなったんだ? どうなってる?

 おれはベッドをおりて急ぎ足で部屋を出た。夕方みたいで、家には誰もいない。

 靴を履いて外に出る。

 変わってないようでいて、ちょっと何かが違う感じ。

 ぼーっとしてると。


「りく、と?」


 懐かしい声。そっちを見ると、豆鉄砲で撃たれたハトのような母さんが。思わず笑っちゃった。


「利久斗! 利久斗ぉぉ!」


 母さんが突進してきた。そのままの勢いで抱きしめられて息が詰まった。

 あぁ、やっぱり、一年経ってたんだ。

 ただいま。

 むせて言葉にならなかった。




 それからおれがどうなったか、ってと。

 まずは警察とかマスコミとかの対応が大変だった。


 まさか「昼寝してたら突然異世界に呼ばれて、そこでエロ勇者やってました、てへぺろ」なんて言うわけにもいかないから、ずっと「覚えてない」で通した。

 結局、何かの事件か事故に巻き込まれて記憶がなくなったけど何とか家に帰ってきた、という設定になった。


 この世界から消える前は高校一年になりたてだった。本当なら今は二年生なんだけど、一年生として通い直すことになった。

 くそっ。どうせなら時間巻き戻して連れてったその瞬間に戻してくれればいいのに!


 アイズライルに行っている間にいろいろと成長してたらよかったんだけど、育ったのって、夜のアレコレだけだよな。


 ……でも、「一番下」が当たり前だったおれが、あの世界を救いたいと心から思ったのは、本物の気持ちだ。


 置かれた境遇を嘆いてもどうにもならないから、あの時の気持ちを思い出して、まぁ、生きてくしかない。

 とか、ガラにもなく考えながら、とりあえず今日も昼寝だ。




 ――勇者様! 世界の危機をお救いください!


 ん? この声って? 夢だよな。それとも……。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昼寝してたらエロ勇者にされた件 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ