若女将はノーパンなのです!

 心路が旅館「めくがた」に来て、早1ヶ月が経とうとしていた。

 要領の良い心路はすっかり旅館の仕事に慣れて、お客様に気遣いを見せる余裕まで出てきた――とは言っても、もちろんお客は少ないままなのだが。

 今日もまた、大女将のこしらえた朝食を広間に運び、茶室でのんびりと過ごしていた。

 テレビは朝の情報番組を映している。どうやらヨーロッパでテロがあったようだ。

「あらぁ、怖いわねえ」

 隣にいる茂美がそう言った。怖いとはいうものの、顔は完全に他人事である。

 仮に日本でテロが起きるにしても、この目陸田町を襲おうと考える物好きは流石にいないだろう。

「そういえば」

 突然、心路の後ろに腰掛けていた大女将が声を上げた。

「あんた、パンツは脱いだのよ?」

 ――あっ、完全に忘れてた。

「いえ……」

「そろそろ仕事にも慣れてきたみたいだし、頃合いじゃないのよ?」

「はあ……」

 心路は困惑して曖昧な返事をする。心路自身、まだ大女将の言う「ノーパンになる意味」を認められていないからだ。

「パンツを脱がない限り、一人前にはなれないよ。パンツをお脱ぎなさいよ」

 年輩の方にこうもパンツパンツ連呼されると気が滅入る。

「はい、善処はします……」

 心路は一応頷いて、その場をやり過ごすことにした。

 隣ではそれを見て茂美が「ウッフッフ」と笑っている。

 茂美も仕事中はパンツを穿いていないのだろうか。

 考えてみたが、それは変な想像を伴ってしまい、思考の途中で気持ち悪くなってやめた。


 その日はたまたま、町長が旅館にやってくる日だった。心路が町長たちに会うのはこれが二回目だ。

 夕方、玄関で正座をしていると、見覚えのあるピンク色の小型車が駐車場に進入してきた。

 そして、車から降りた白髪の町長と光輝、町長秘書といういつものメンツが玄関へとやってきた。

「お久しぶりでございます」

 まず大女将が町長へ挨拶する。

「しばらく振りだね。若女将さんも」

 町長はそう言って心路に親しげな笑みを向ける。

「はい、お久しぶりです」

「久しぶり、心路ちゃん」

 光輝は相も変わらず適当に挨拶を済ませ、靴を脱いでスリッパを突っかけた。

「若女将さん、後で報告があるから、また僕の部屋に来てくれるかな?」

「わかりました、お伺いします!」

 心路が目を輝かせて返事をすると、町長は満足げな顔をして大女将たちと共にエレベータへ乗り込んだ。


 しばらく時間を置き、心路は茂美に渡されたお茶菓子を手に町長の部屋を訪れた。

 戸をノックすると、中から「どうぞー」と町長の声が聞こえた。

「失礼します」

「まあ、まずは座ってくださいな」

 町長に促されるがまま、心路は用意された座布団へ腰を下ろした。

「こちら、つまらないものですが……」

「お気遣いありがとう。せっかくだし、みんなで食べようか」

 町長は心路の差し出した箱を開け、中から個包装されたお茶菓子を出して部屋に備え付けの器に入れた。

「それで、今回お呼びした用件なんだけどもね」

 町長が早速本題へ入ろうとしてる中、部屋の隅っこから秘書の女性がぬっと手を出し、お茶菓子を手に取った。

「早速この前の町議会で提案をさせてもらったんだ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「それでその結果なんだけれどもね」

 町長は一回そこで言葉を区切った。

「順番にいこうか。まず、新しい湯船の増設。これについては――」

 町長は若干のタメを作って続けた。

「賛成多数で議決された。まあこの旅館については町議会の責任もあるからね。妥当な判断だよ」

「ありがとうございます」

「次にバスの件だが……これも概ね賛成だよ。隣の町との連携の問題はあるけれど、そこは役場の頑張りどころだね」

「期待しております」

「そして最後、モニター調査についてだが……残念だがこれについては思うように賛同を得られなくて没になった。すまんね」

 町長が大きく肩を落とす。心路はそれを慌てて止めた。

「いえいえ、もう充分すぎるくらいです!町長さん、無理言ってすみませんでした」

「そういうことだから、旅館の皆さんにもお伝えくださいな」

「はい!承りました!」

 心路は笑顔で返事をすると、駆け足気味に部屋を出て、エレベーターホールへと向かった。

「やはり、いい娘だねえ」

 町長が心路の出て行った戸を見つめながらそう呟く。

「町長はそういう趣味がおありなのですか」

 秘書の言葉に、町長は一際大きく咳払いをした。


 ――旅館の従業員(と言っても3人だけであるが)に町長との対話の内容を伝え終え、お夕食の片付けも済ませた心路は、いつものように大浴場へ向かっていた。

 誰もいない脱衣場で服を脱いでカゴに入れ、浴場へ向かった。

 荒れ狂うパンツの波を横目に、いつも通りシャワーを捻って身体を洗う。

 ――パンツ、脱いだ方がいいのかなあ。

 心路はしばらくそればかりを思案していた。大女将にしつこく言われているが、やはり行動に踏み出せない。

 もちろんお風呂なんかではパンツを脱ぐのだが、お風呂で脱ぐのといつもの服装で脱ぐのとは何故か恥ずかしさが違う。男の人がいるというのもあるかもしれない。

 そんなことを考えながら今度は髪の毛を洗い始めると、後ろで誰かが入ってくる音がした。この時間、従業員しか入れないのだから、茂美と静のどちらかだろう。

 そこまで入ってきた人物を気にしていない心路だったが、不意に冷たい物が背中にくっついた。

「ひぃやあぁっっっ!!?」

 驚いて素っ頓狂な声を上げて振り返ると、静が濡れたタオルを片手に立っていた。

「期待通りかわいい反応」

 静はいたずらっぽい笑みを浮かべてそのまま隣の風呂椅子に座った。

「も、もう!やめてくださいよぉ、心臓に悪いです」

 心路は怒ったような恥ずかしいようなで、顔を赤くする。

「んで、なんかあった?」

「え?」

 静はシャワーで自身の身体を流しながら心路に尋ねた。心路は質問の意味が分からなくて思わず聞き返す。

「いや、なんか考え込んでる感じだったからさ。何考えてたの?」

 静は相変わらず心路の方を向くわけではなく訊いた。

 心路は言うかどうか迷ったが、先輩の意見が聞きたく、打ち明けることにした。

「実はですね……大女将に『接客の間はパンツを脱ぎなさい』って言われてるんです」

「……へー」

 静は気の抜けた返事をした。心なしかにやにやしている気もする。

「ところで、あの、静さんは接客のとき、ノーパンですか?」

 とりあえず直球で訊いてみる。――静がやっているなら自分もやろうと決心できる気がしたからだ。

「んー……、まーね」

 静は多少答えるまでに時間がかかったが、最終的にYESという返答をした。

「でもブラは着けといた方がいいよ。胸の形崩れるから」

 とも付け加えた。

 ――パンツ脱いでブラだけ着けてるってどこの変態だ……。

 とも思ったのだが、静もやっているならばやらないわけにはいかない。心路はとうとう腹を括ることにした。

「じゃ、ノーパンデビュー頑張ってね」

 静はさっさと洗い終わるとパンツ温泉には目もくれず、出口の方へ向かった。

 心路はぼーっと想像をしてみた。ノーパンの自分、ノーパンで着物着る感触……と言ってもノーパンで過ごしたことがないからわからないが。

 すると突然、後ろから二本の手がわきの下をくぐって心路の胸を鷲掴みした。

「ひぃやっ!?ぁっ……」

 その二本の手は舐め回すように心路の中くらいの胸を揉みしだいて、やがて満足したように引っ込んだ。

「もう!静さん!?」

 心路は恥ずかしさで顔を真っ赤にして大声を出した。

「ブラ、忘れないようにね」

 静はまたいたずらっぽく笑って、今度こそ本当に浴場を後にした。


 心路は自室でパジャマも着ずに自らの着ている下着をじっと見つめていた。

 ――脱がなきゃ。

 そう思ってても体が言うことを聞かない。やはり恥ずかしさが強い。

 でもやはりやらなければならない。

 心路は覚悟を持ってパンツを下ろした……。そして素早くパジャマのズボンに足を通す。

 ――スースーする。

 パジャマの上も着たが、やはり下半身に違和感がある。締め付けられていない感じが開放感がありすぎて落ち着かない。何をするにもそわそわしてしまう。

 ――これで接客か……。

 そう考えて憂鬱になっているところに、ノックの音が響いた。

「ふぁっ、ふぁい!?」

 一人で勝手にドキドキしていた心路は、予想だにしないことに大声を上げた。

「俺~、光輝だけど~」

 外から能天気な光輝の声が聞こえ、更にパニックになり、脱ぎたてパンツを自分の荷物の中に突っ込んで、そのままダッシュで廊下のドアを開けた。

「久し振り~元気だった?」

 光輝は相変わらずの無邪気な笑顔で挨拶をしてくる。対して心路は赤くなって俯いたまま、何も喋らない。

「何~?どしたの」

 光輝は提げていたビニル袋からお菓子とジュースを取り出すと、隅の方から座布団を引っ張ってきてドカッと座った。

「い、いや~、なんでも、あはは」

 心路は誤魔化そうとするが、目が泳ぎっぱなしである。しかも下半身が気になって気になって仕方がなく、しきりに太ももをすりあわせていた。

「トイレ行きたいの?」

「そういうわけじゃ……」

 誤魔化そうとすればするほど、顔が熱くなっていく。

「いいじゃん教えてよ」

 光輝にせがまれて、隠しているのも耐えられなくなり、とうとう心路は打ち明けた。

「い、今、下着穿いてないんです……」

 打ち明けた瞬間、静から聞いた経血事件を思い出し、不安になったが、思いの外光輝はなんの反応も示さず、ジュースを口にしながら「そーなんだ」と言っただけだった。

「心路ちゃん、そーゆー趣味なんだね」

「違います!そうじゃないんです!」

 あらぬ誤解をされ、心路は必死で弁解する。

「大女将に接客のときは穿くなと言われていて……それで練習のために……スポーツ選手も穿いてないんだから、と」

「穿いてないのって男だけじゃなかったっけ」

「私もそう思いましたけど!でも大女将も静さんもみんな穿いてないっていうから慣れなきゃと思って!」

「へー、静も穿いてないんだー」

 光輝は何かをイメージしてにやにやしている。そういえば光輝たちは同級生なんだったか。

「と、とにかく!好きでこんなことしてるんじゃないんですからね!」

 極めつけに、心路はそう叫んだ。

「まあ郷にいれば郷に従えってやつだね。まあ頑張って」

 光輝はそんなようなことを言って、さらっと心路のノーパンを受け流すと、そのまま近況報告を始めた。

 あまりの興味のなさに心路も拍子抜けし、前と同じように一時間近く光輝と談笑をして、光輝が帰るとノーパンのまま布団へ潜った。

 ――自分が思っているほど恥ずかしいことじゃないのかもしれない。

 そう思うと、なんだか違和感も気にならなくなり、そのままその夜は眠りに落ちた。

 翌日、あんなできごとが起こるとは夢にも思わずに。

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