だいじゅうよんわ じょうしき

 ルビーに『規則』を破ったらどうなるか訊いたが、ルビーはうつむいたまま、じっと押し黙ってしまった。

 日は既に沈んで、辺りは暗闇に包まれる。公園の街灯がつくが、切れかかっているのか、すぐに不規則に瞬きだす。


「お……おおお?」


 緊張感に耐えきれなくなったのか、エメラルドが変なうめき声をあげながら、ルビーの元へとおっかなびっくり寄ろうとする。なんだ、その邪神でも呼び出しそうな奇妙な踊りは。ルビーに1/1D10のSANチェックでもさせる気か?


「……わからないの」


 ようやく、ルビーはぽつりと、小さく震えながら、か細い声を絞り出す。


「……ふぇ?」


 エメラルドは、間の抜けた声をだして、ピタリと動きを止める。まったく、一から十まで、緊張感が欠片も無いヤツだ。


「……だから、わからないのよ。どうなるか……なんて」


 答えたのは、エメラルドなんだが、ルビーはうつむいたまま自分を抱え込んで、返答する。俺が、あんな間抜け面をしたサイバーメルヘンアトモスフィアだと思われるのは、甚だ侵害だ。遺憾の意を発車も辞さない構えだ。


 だがまあ、想定していたより、シリアスな様子に、対応するのもめんどくさい。このまま勘違いさせて、先輩後輩同士の言葉のファールボール合戦を静観するのも悪くないか。


「えぇと……わからないって? 先輩でも知らないことがあるっていうん……ですか?」


「……アタシだって、ただの妖精だもの。上の考えることなんてわからないわ」


「つまり、妖精の上の存在がいると?」

 

 ルビーは、小さく頷くだけで答えた。エメラルドじゃこういうツッコミは、色んな意味でアテにできないからな、仕方ない。


 やれやれ、電子妖精を縛り付ける上位存在がいるだなんてな。いつのまにか悪い魔女にされてたファタ・モルガーナといい、妖精は、気ままな存在じゃなくて、諸事情でいいように使われるかわいそうな存在かもしれんね。まったく、超常的な現象でありながら、実態は操り人形しかないでなんて皮肉なもんだ。けっ。


「なるほど、なるほど、それは電子妖怪か? 電子神か? 珪素生命体か?」


 電子妖精の上位存在となると、いったいどんなものがいるのやら、想像もつかないな。あいにく、俺は目で見たものは信じるが、見えないものを想定するような豊かな妄想力は持ち合わせていない。


「……わからない。ただ、アタシは生まれた時からずっと、役目があって、役目を知っていて、新たな役目を教えらる。……それだけ」


「……あ、あのー勇者差様? え、えと……ルビー先輩はなんと言ってるんですかぁ?」 


 理解がおいついていないのか、エメラルドは捨てられた子犬のような目をして、俺に解説を要求する。……ま、エメラルドから情報を引き出す必要もあるしな、わかってもらわないことには始まらない。


「つまりだ、エメラルド。お前は、何で異世界に俺を送ろうとした?」


「ええと……余り物だから仕方なく」


 この野郎、人にモノを頼んでおきながら、見上げた根性だ。その一貫した、ナチュラル話ファイトイニシエートっぷりだけは、評価してやらんでもない。


「違う。お前だけでなく、他の電子妖精をも含めた、もっと直接的な理由だ」


「うぅんと……お仕事で言われて」


「誰に?」


「……サファイア室長?」


 誰だよそいつは……と思ったが、仕方がないから察してやる。ルビーが、匂わせた別の上司だろう。室長ってことは、ルビーよりも偉い存在とみていい。そもそも、ルビーが候補一覧を選ぶんなら、俺のような与し難い候補なんて、エメラルドの担当なんかにしないだろうし。


「じゃあ、そのサファイア室長は、誰に言われてお前らに勇者候補を示したんだ?」


「……ええと、だれでしょうね……あはははは。ルビー先輩、知ってますか?」


 愛想笑いを浮かべながら、エメラルドは、すがりつくようにルビーへと振り向くが、ルビーは小さく首を横に振るだけだった。はん、電子妖精の上位存在はコンピューター様かもしれないな。妖精のクリアランスには、存在すら開示されないらしい。電子妖精界はディストピアってか。


「なるほど、わからないと。じゃあ、それでいい。……じゃあ、次だ、エメラルド。お前はどうやって、今の仕事についた?」


「ええと……学校でいろんなことを勉強して……なんとか補習と再テストをして許してもらって……異世界の案内役に任命されて……?」


「電子妖精、全員か」


「はい、電子妖精はみんな、学校のを卒業した後は、異世界への案内役になるんです……よ?」


 エメラルドは「当たり前のことを、なんで聞いているんだろう。勇者様って、賢いようで、実はお馬鹿さんなのかな?」みたいな顔をして、人差し指をほっぺたにぷにっとめり込ませつつ小首をかしげている。ちなみに、小声で本当に言いやがった。


「そ、当たり前にあった。異世界への案内役になるべく仕向けられる教育・運用システムも、新しい任務も、当たり前にあった。当たり前すぎて、誰も疑わないし、疑うやつはバカみたいな目でみられる。空気がはじめから存在しているがのごとく。加えて言うなら、このシステムに歯向かってはいけないという規則だけはわかっていた。眠りたいから眠るのに、理由なんて、いちいち考えるのはバカらしいといった感じだ」


「お……おお? なるほど? たしかに、勇者様は当たり前のことを訊いて、すっごく変でした」


「だが、一部の切れ者は、当たり前を疑う。当たり前を疑うことによって、新たな真理を導き出そうとする。……しかし、だ。明確なメリットでも理解されない限り、社会は変化を悪とみなす。当たり前は当たり前でないと、色々と疲れるから、面倒なんだ。ファンタジックに言うなら、異端者は、魔女だから沈んだら溺死、浮かび上がったら火あぶりにってやつだ」


「あー……たしかに、ルビー先輩は、優秀ですからねー……ただ、性格で、ちょっと浮いてましたし。……なるほど、なるほど、そういうことかー」


 エメラルドは頭の上に漬物石でも載せられていたような苦悶の表情から、ぱあっっと明るい笑顔を浮かべる。


「電子妖精エメラルド! 完璧に理解しましたっ!」


 びしっと、キレッキレの動きをして、ブイサインを俺に決めやがった。


「うん、絶対にわかってないな? ……だけど、お前の中で結論があっていれば、もういいよ」


 たのしいアホの子ふれあいタイムが終わって、やれやれとため息をつくやいなや。


「……ふふっ、あはは……だから、嫌いなのよ。エメラルドも……賢者候補も…………あはは、ずけずけと……アタシの中に入ってきて……ふふ、あはは」


 ルビーは、お腹を抱えて、調子の外れた笑い声を出して、息も切れ切れに喋りだす。


「……ルビーせんぱい? あのぉ……だ、だいじょうぶ、ですかぁ……?」


 あんまりに異様なので、エメラルドが迷子の子供に接するように、そろーっとルビーによって、よしよしと背中をさすりだす。あんだけルビーに対して、毒舌を吐いてしかも嫌いなんて言われてるのに、こいつ優しく接するんだ。……本当に、悪意なく毒舌吐いてたなコイツ。


「あはは……いいのよ。いいのよ……アタシ、もう……すごく、いい案を思いついたから……大丈夫。大丈夫よ……エメラルド」


 ルビーは、目尻に涙を浮かべながらも、にんまりと笑って顔を上げる。しかし、表情とは裏腹に、赤々とした瞳とは真逆に、瞳の奥には、あまりにも絶望的な闇が広がっていた。


「ルビー……せんぱい? あの、いい案って……ご飯を一緒に食べるとか? ええと……駅前のナポリタンとかルビー先輩、好きですよね?」


 エメラルドは、怯えながらも、異様な様子のルビーをどうにか落ち着けようとする。

 ……まずいな、あの表情はすごくまずい。失うことを恐れない、覚悟を決めた表情だ。自暴自棄になったヤツはどんな突飛なことをするか、わかったものじゃない。俺は巻き込まれるのはゴメンだ。がんばれエメラルド、微力ながら応援するぞ。


「ああ、ナポリタンな。いいな。うん、俺も好きだよ。ナポリタン。やすいし。クオリティーは安定してるし。うん。好きだよ」


 ……やべぇ。我ながら白々しさが半端ない。文字面だけみると、慌てているみたいだが、心は落ち着き払っている。ただ、人に同調することや褒めることに、絶望的に慣れていないだけだ。くっそ、俺の人生には必要ねぇ対人スキルだと思っていたが、対電子妖精スキルとして求められるとは。


「そう……それはよかった。じゃあ、私と、一緒に食べに行きましょうよ……勇者候補、尾理島須(おり します)!」


 ルビーは、俺のノートパソコンに右腕をがっとのばし。


「な、なにをっ……!」


 夜だというのに、目を開けていられないぐらいに、辺りが真っ白な光りに包まれて――。



〈第一部 ぜったいにいかない編 完〉

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異世界に行ってください。なんでもしますからっ! 上月ケイ @k_kozuki

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