だいじゅうさんわ こま
「やぁ、だって……異世界を救うんですよぉ? 崇高じゃないはずないですかぁ」
エメラルドは相変わらずぽかんとした表情のまま答える。崇高だとほざいておきながら、正義の味方に憧れる子供さながら目をキラキラさせることもない、まさに何も考えていなさそうな間抜け面だ。
「な? こんなもんさ」
俺は、肩をすくめて、演技臭くニヒルに口の端を歪める。エメラルドは思った通りアホの子だった。いやぁ、思い通りになるタイプのアホの子は俺は好きだぜぇ。やらかした挙句、とばっちりをこっちに向けてくる道化は、お家燃えろ。
「……なにが、こんなもんよ。さっぱりわかんないわよ」
ルビーは熱でも測るように、おでこに手をおき、ジト目で俺を睨みつける。
「だいたい……よくよく考えたら、エメラルドらしく、なんにも考えてないだけじゃない」
「ちょっ、ひどいですよルビー先輩! 私だって、お給料日まだかなぁとか、値段を気にせずお鍋食べたいなぁとか、ルビー先輩みたいに特別ボーナス欲しいなぁとか、後輩にドヤ顔で偉そうに説教をしてみたいなぁとか、いけすなかない上司を泣かせる方法とか、色々考えてるんですよ!」
素晴らしいほど、何も考えていなかった。
「……先輩と上司は違う……大丈夫大丈夫」
ルビーはルビーで、妙なところにひっかかりを覚えているし。
さて、いい加減に電子妖精に幕を引いてやるか。
どうせ、こいつらは、ずっとこの調子だろう。世界の終わり、電子妖精の最期がどんなものだかなんて、知ったこっちゃないが、妖精なんて存在は何時の世も同じだ。怪異現象は現象として在るがゆえ、逆説的に物理法則じみて存在する。ゆえに、変化せず、そのままとして在りつづける。……はん、皮肉なもんだな。
「ま、そういうこった。崇高だなんて思っているやつは、ただのニ種類しかいないのさ」
俺は人指し指を一本立てる。
「ひとつは、何も考えていないか」
「むぅ、私が何も考えていないって言いたいんですね。いくらおちこぼれの私でもそれぐらいわかりますよ。よしわかりました。」
「はーい、先生は二つっていいました。今、大事な話をしているのです。反論はもう一つを聞いてから、黙りましょうね」
俺は立てたばかりの人差し指を、そのままエメラルドの口元に当てて抑える。エメラルドの唇は、ぷにっとして、意外と暖かかった。
ああ、この感触は知ってる。猫に舐められた時と一緒だ。エメラルドはどっちかってと、ネズミが似合うけど。猫より小さいし。
俺は、空いた方の人差し指を立て、ふがふが言ってるエメラルドを無視して続ける。
「そう信じさせられているかだ」
「……そっちがアタシだって言いたいの?」
さすがに、察しがいいのか、ルビーは腕を組んで、相も変わらず険しい表情で俺を睨む。まったく、怒った表情を維持するのも顔が疲れるだろうに。コロコロ表情が変わるエメラルドといい、電子妖精ってヤツは、表情筋のトレーニングが義務付けられているのかね。
「惜しいな。正確には、そっちだった……だろ?」
「くっ!」
ルビーは、感電でもしたかのように、痛みに歪んだ表情をしながら、俺からすっーと羽ばたいて距離をとる。
「いつの世だって、一緒のカラクリだ。駒は御しやすい方がいい。戦って死ねば天国に行ける。長い懲役の後は幹部候補。がんばれば報われる。最後の最後には幸せになれるから、大丈夫、心配するな、と……誰がが囁く」
遠目でもわかるぐらい、ルビーの肩は震え、どんどん青ざめていく。
「将棋の駒が勝手に動いたりしたら……その、困るだろう?」
一方の、エメラルドは、俺の指を唇からどけて、不思議そうに小首をかしげてルビーを眺めている。まるで、未知の文明と接触したようなどこぞの原住民のようだ。ああ、なんとなくアナクロニズムあふれる妖精っぽい。
「で、だ。ルビー。おめでとう、お前は自分で言うように有能すぎるようだ。だから、駒である資質を失ってしまった。さようなら純真な私。汚れた大人の世界へようこそってところか?」
「あっ……私も薄い本読んじゃったから、ルビー先輩の側かぁ」
エメラルドは、ルビーの方へ飛んでいこうかと、ふらふらと浮遊して迷っている。
座ってなさい。君は、まだ小学校に入学しているかも怪しいから。
「な、なによ……変な喩えして、セクハラしたいの? こんな小さい妖精に欲情するなんて、変態ね」
「とぼけるなよ。知ってしまった……いや、まだ疑いの段階か?」
俺はふーっとため息を突いて、天を仰いで続ける。ルビーの表情はもう伺うまでもない。もう、終わりかけているのだから。素直に、自分を見つめ直すといいさ。
「優秀すぎるがゆえに考えてしまう。普通は、考える隙を与えぬようにシステムは組まれるはずなんだが、趣味に時間を割いてもなお、考える余裕が残っていたようだ。なるほどなるほど、有能な怠け者は将軍にすべしといったが……中間管理職だとこうなるのか」
「は、はっきり言いなさいよ! 何が、何がいいたいのよっ!」
とうとう、耐えられなくなったのか、ルビーが叫ぶ。
俺とエメラルドから距離をとっていたままだが、小さな体躯から発せられたとは思えないほど、はっきりとした叫び声が聞こえる。
「やれやれ……俺も、少しは遠慮してやったんだが、強情だな」
俺はベンチから立ち上がって、つかつかとルビーの元へと歩み寄る。
「うっ……なによ」
ルビーは気圧されて、空中で後ずさりするが、もう知ったこっちゃない。まどろっこしいのは、ここまでだ。
「なぁ、ルビー。……お前の言う『規則』ってヤツは、破るとどんな罰則があるのかな?」
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