だいじゅうにわ あおり

「協力できない理由だと?」


 俺は、ぼんやりと浮遊しているルビーへと目を向ける。ルビーの表情は、静かで、何を考えているのか、掴みどころがない。エメラルドがお気楽だから、電子妖精はみんなおちゃらけた民族だと思っていたが、そうでもないらしい。


「……規則よ」


 どんな深い理由があるのかと思ったが、ルビーから返ってきたのは、存外にありふれすぎた答えだった。


「なんだ。お役所じみた答えだな。電子妖精は、電子の神様に仕える公務員なのか?」


 あまりにつまらない答えなので、思わず小馬鹿にしたように鼻息が漏れてしまう。公務員とくれば、次にはたらい回しに、前例主義、やたら長いレスポンスを覚悟しなければならないのか。やれやれ、電子妖精というわりには、電子化されずすべて紙に手書き至上主義、電子化しても労働負荷の高い手工業を無駄に重んじるのか。めんどくささ、抜群だな。

 だとすれば、エリートであるらしいルビーに、融通を効かせるのは一筋縄ではいかなそうだ。


「……ふん、社会不適合者でひきこもりのアンタになんか、つまらない答えで十分よ」


 ルビーは、これみよがしに「はぁー」と、大きくため息を吐く。


「アンタなんか……アタシ達がこなければ、厭世気取りで、世界を恨みながら、何も成せずに、死んでいくだけのくせに」


 ふわりと高く飛んだルビーは、沈みゆく太陽を背にして、俺を見下ろし煽り続ける。ひでぇ言われようだ。


「ねぇ、少しは協力したらどうなの? 毎日毎日、インターネットの掲示板で見ず知らずの人を煽って、ささやかな優越感を得る気分はどう? 勇者候補になった時点で、アンタの過去なんて筒抜けなのよ? ふん、アンタが、どんな人生を歩んできたかも、今、どういう生活をしているのかも、だいたいわかってるのよ?」


 ルビーは、自分の胸に手を当てて、顔を歪めてなお続ける。


「こんな体のちっぽけな妖精に蔑まれる気分は、どう? 悔しい? 少しは、今のアンタの憎む世界なんか捨てちゃって、アンタのようなクズ人間でも、欲しがっている世界の役に立とうとは、思わないの? アンタは、この世界では、ただのダメ人間でアリ一匹よりも価値のない人間だけれども?」


 ルビーは、バカにした口調で早口でまくし立てた。息切れしてしまい、はぁはぁと呼吸を荒くしている。

 ……なるほど、なるほど、ルビーには俺についての情報はある程度あるのか。

 そんな、ルビーに対しての、俺の答えはひとつしかない。こんな風に煽られて、しかもクソッタレな過去と、ファッキンシットな暮らしぶりまで覗き見されて、俺という人間が出す答えは一つしかない。


「……饒舌だな。ルビー」


「なっ!」


 ルビーは、バッと慌てた様子で腕を口に当てて顔を隠す。ルビーは、俺が怒り出すとでも思っていたので、意外だったのだろう。普通は、こんな風に煽られれば怒るのが一般的な反応だろうしな。極稀に、洗脳されたように、「たしかに、異世界を救わなきゃ(使命感)」みたいな社畜適正280%みたいな人間も、いるかもしれないがな。特に、極東に位置する島国には多めに。なるほど、異世界に転生するのに某国人が多いわけだ。


「たしかにお前はエメラルドとは違うだな。アイツの煽りはナチュラルに、心をえぐるタイプのものだが、お前のはわざとらしい。そんな安っぽい煽りなんかでは、オレの心は、怒るどころか、真冬の水面のようにクリアになるだけだ」


「ちがうわよっ! アンタ、わかった風に言ってるけど、ただのひきこもりのくせに! エリートのアタシに向かって、偉そうなのよ! 分をわきまえなさいよ!」


 ルビーは眉間にしわをよせて、ぎゃいぎゃいと声を荒立てる。一応、整っている顔が台無しだな。ドジっ娘メイドは現実にいると腹立たしいだけというが、傲慢なお嬢様も似たようなもんなのかね。


「人格批判は言い返せない者の典型だぞルビー。だいたい、わざわざ太陽を背にして逆光で表情を隠し、早口でまくし立てるなんて、何かを隠してウソをつくお手本のような行動だぜ?」


 俺は、ルビーの剣幕とは対象的に、ただ淡々と言葉を紡ぐ。


「……ぐっ! なによ! なんなのよもうっ! なんだかかんだいって、アンタだって、お金が欲しいだけのくせにっ! アタチ達の崇高な使命と比べないでよ!」


 ルビーは空中だというのに、地団駄を踏む。すかすかと空気を切っていて、おそらくシリアスな心情のルビーとは対象的にコミカルな動きだ。


「崇高な使命ねぇ……とてもそんな風にはみえないがな」


「なんですって? 世界を救うことのどこが、バカバカしいのよっ!」


 ルビーは、バサッと羽ばたいて、俺へと鬼気迫る表情で眼前に迫ってくる。顔が真っ赤になっており、冷えピタでも貼らないと熱暴走で、突然プッツンと気絶してしてしまいそうだ。電子妖精的に考えて。


「……だってよ、エメラルド、どう思う? お前たちの使命?」


「なっ!」


 目をかっと見開いて、ばっとルビーが後ろを向く。

 そこには、水道水でびしょ濡れになったエメラルドが、難しそうに考え込んで腕を組んでいた。


「うーん、そうですねぇ……」


「エ、エ、エ、エエメラルド! い、いつからそこにっ!」


 いつからもなにも、あれだけ話し込んでりゃ時間も立つし、戻っても来るだろ。

 ……と、突っ込みたくなったけれど、ルビーとエメラルドと先が、輩後輩の親睦を深めるいい機会なので、黙っておこう。やっぱり、俺のような部外者よりも、苦楽を共にした仲でないと響かない言葉だってある。距離が近いからこそ、明かせない心の中だってあるだろう。この機会に、すべて吐き出して、絆を深めるが良いぞ。電子妖精たちよ。挙句の果てには、R-18の百合の花が咲いて、禁断の愛情が芽生えてしまえばいいさ。

 余談だが、以上はすべて建前だ。本音は、必死なヤツが自爆していく瞬間をニマニマと見つめるこの快楽……ああ、最高にたまらねぇぜ!


「ふえ? なんだか、ルビー先輩がいつもどおり元気だなーって私が思ったあたりからですよ?」


「どのあたりよ! 答えになってないわよ!」


 ちなみに、エメラルドがやってきたのは、「アンタだって、お金が欲しいだけのくせにっ!」あたりからなので、わりと直前である。エメラルドはずっと水飲み場の蛇口と水浸しデスマッチを繰り広げていた。

 ルビーはおもしろいように狼狽して羽が変な風に羽ばたいて、いまにも墜落しそうだ。……どうなるのかなぁ電子妖精が墜落すると。


「うーん……私の使命は、崇高なものですよ?」


 ちょびっと考えていた、エメラルドだが、あっさりとした表情で小首をかしげながら答える。

 あまりにも、力が抜けた感じで答えるエメラルドが意外だったのか、慌てていた様子のルビーの動きがピタリととまる。


「なんで、そう思うんだ?」


 俺は、エメラルドへと問いかける。

 ――ルビーを終わらせるために。

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