だいじゅういちわ たいか
「バカにしないで。何でもするわけないでしょ」
……やはり、エメラルドほどのポンコツではないか。とすると、手練手管で丸め込むよりも、素直に要求を言ってしまう方が手っ取り早い。
「とりあえずは金だ」
「はぁあっー」
ルビーは長い溜息をついて、頭を抱える。
「……まったく、清々しいほどの俗物ね。なんでこんなのが勇者候補なのかしら……」
「はん、好きに蔑むがいいさ。己が目的は、全てに優先される」
下らないプライドに利益を失うほど、俺は愚かではない。ゲームの達人になるには必須の才能だ。ゲームとは、すなわち社会のシステムの一部を切り取り、モデル化したもの。つまり、この素質は成功の秘訣でもある。
さて、いらぬ邪魔がはいったが、あっさり片付いたな。
「それじゃあ……エメラルドに続きをしてもらおうか。10万8千円程度では、全然、足らない」
「はいっ! わかりました!」
バックから顔だけをだして、のほほんとみていたエメラルドが、ビシっと敬礼をする。さっそく、エメラルドは薄く発光し、ノートパソコンの中へとダイブしようとして。
「待って」
ルビーに手首を掴まれて、ピタリと動きが止まる。
「……おいおい、どういうつもりだ。ルビーセンパイ?」
俺は、イタリアンマフィアよろしく、ひねた笑みを浮かべて、ルビーの顔を覗き込む。
「勘違いしないでよ。私は、望みは『聞いた』けど、『叶える』なんて一言も言ってないわよ」
「抵抗するのは結構だが、こちらには切り札があるのを、忘れてないか?」
ルビーは、荒く息を吐きながら、拳をギリギリと握りしめる。
「ルビー先輩、いたいいたいです!ちょ、ちょっと、手首が折れる! 折れちゃうからー! やめーてー!」
なお、片方だけを握りしめるという器用なマネはできないらしく、エメラルドを掴んでいる方の手も強く握りしめられる。うわぁ、エメラルドの手首が、朝顔のように青紫色になっている。
「覚えているわ。……だけど、その要求は飲めない。電子妖精は、あくまで案内役であって、ランプの魔神じゃないの」
「ぎぃええっ! ちょっと、ばきばきいってないですか? これって、保険き」
はいエメラルドの音声脳内カット。エメラルドが断末魔めいた声を出して、ぎゃいすぎゃいすと騒いでいるけど、脳内でミュートしよう。今、お兄さんは、お仕事の大事な話をしているから、エメラルドちゃん後でね。10円あげるから、お外で遊んできなさい。
「……飲めないものは、飲めないのよ」
ルビーは、プイッとそっぽを向き、忌々しげに舌打ちをする。
「ふぅん……それはご大層な都合だな。俺という存在をこの世界から消し去り、拉致し、あまつさえ命を賭して、見ず知らずの有象無象を救えと無茶苦茶な要求をする。……そして、俺にはなんのメリットもない」
俺は、静かに、ただ静かに。
深海に沈んだ潜水艦のように、暗い瞳でルビーを見つめる。
「……通るか、そんな話。騙せるのは、根拠のない自信と、輝かしい未来を信じてる青い奴らだけだぜ? あまり、俺を舐めるなよ電子妖精」
所詮、契約は騙し合い。
国や地域のみならず、世界が違おうとかわらない……原則だ。
バカは食われ、利用され、ボロ雑巾のようにあっさり捨てられる。
「……これだから、賢者の素質があるヤツは嫌なのよ」
ボソッっと独り言で、ルビーが何か言ったがよく聞こえなかった。なぜなら、ルビーがつぶやくと同時にさらに手を握りしめたせいで、エメラルドがすごい声で絶叫したからだ。
……こいつ、本当にエメラルドにゆりんゆりんなアレなのか? 前世からの宿敵とかじゃないんだろうか?
「……そろそろエメラルドを離してやれよ」
うるさいし。脳内カットしても、物理的に邪魔なのは厳しいものがある。
「あっ……ごっ、ごめん! エメラルド」
ルビーは、とうとうハッっと気がついて、エメラルドからぱっと手を離す。エメラルドの手首から先は、すっかり薬物中毒者の末路めいた紫色になっていた。
「うえっ……ひっくっ……ふぁりがとうごじゃいます。離してくれて……ひっくっ、はりがとうございましゅ。ゆ、勇者様にも……ふかーく、感謝してわす。えめらるどは、えめらるどドはっ、うっ、ひ、一生ついていきます。お、おともしますからっ……もう……手首がっ……使えないダメ妖精……でよければっ……ひっく、れすけどっ……ううっ」
エメラルドはなんかキャラがぶっ壊れて、謎の忠誠心を示してきた。ちょろいを通り越して……もはや引くな。ま、エメラルドのことだから、一時間後には忘れてそうだけど。
「うぅう……お水で、冷やして……きましゅ」
エメラルドは力なくふらふらと、水飲み場所へと飛んでいく。意外と力はあるようだし、片腕でも蛇口ぐらい捻れるんだろう。
……ともあれ、これでルビーと二人きりだ。話しやすくなった。
「さて、邪魔者は居なくなったぜ? オープンに行こうぜ?」
ルビーはさっきからどうにも、何かを隠しているように俺には思えた。俺と視線を合わせようとしないし、才女のわりには歯切れの悪い物言いだ。
……それはすなわち、悟られたくない何かがあるのだ。エメラルドのことがバレているし、これ以上バレて困ることもあるまい。エメラルドに対して、倒錯的的な趣味を実行に移していたとしても、俺は尖ったものに対しては寛容だしな。
「……ふん。やっぱり、アンタは嫌いよ」
ルビーは腕組みをして、諦めたようにため息をつく。嫌われるのは大好きだ。それは、俺が強敵であるという証にほかならないからな。……ま、余計に警戒されるのも嫌だし、ここは黙っておくけど。
「……もちろんできない理由はあるのよ。……勇者候補に対して、あまりにその世界で大きな利益を与えてしまうのはダメ」
「ふうん……既に利益はうけとったが。具体的には10万7892円」
隠すというカードもあるが、既に、バレているし、ルビーならずぐに気づくだろう。だから、さっさと言ってしまって反応をみたほうがマシだ。
「その程度なら、セーフの範疇よ」
ルビーはすぐに、あっさりと答える。これは嘘はないとみていいな。
「……大きな利益ってのは、世界に影響がでてしまうレベルの話よ」
「ふんっ……なら心配すんなよ。俺はたとえ10億円を手に入れようと、世界征服なんて企みはしねぇぜ?」
冗談めかした調子の俺とは対象的に、ルビーは、すっと流し目をして静かにつぶやく。
「どうだか。世界を救う勇者候補の言うことなんて、信用ならないわよ」
「変な信頼を得たもんだ」
……それからルビーが沈黙し、静かな間が流れる。遠くでは、エメラルドが、蛇口をひねりすぎたのか、頭から盛大に水をぶっかぶっていた。軽くパニくって、きゃーきゃー言いながらバタバタ飛んで水を撒き散らしている。寂れた公園だからいいけど、うっかり少年が目撃しようものなら、ちょっとしたホラーとして、生涯の思い出になるだろう。
ルビーの方に目をやると、ぼんやりとアンニュイな表情でエメラルドを見つめていた。
……微かに風が吹き、ルビーの髪を揺らして頬をくすぐる。
「……それに、協力できない理由はそれだけじゃないのよ」
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