だいじゅうわ ぼろ
「誰もが、ぶっちぎりの最下層不良物件不良債権不良勇者のアンタなんかに、何がわかるっていうのよっ!」
ルビーは、キッと眉を釣り上げ、八重歯をのぞかせながら詰め寄ってくる。酷い言われようだが、よく噛まねぇなってことに、関心してしまう。
「……気づかないのか、自分がボロをだしているってことに」
「なによ? 傷だらけのアンタと違って、私は清廉潔白よ。何一つ恥じることのない生き方をしているわ」
ルビーは、腕組みをしてふんと鼻息を吐く。
「そ、そうですよ。勇者様! ルビー先輩は、秀才なんですから。いつも成績はトップで、スポーツ万能、品行方正、みんなの憧れの的。欠点といえば、ちょっとコミュ障で、漫画すら読まない堅物っぷりと、思いやりに欠けるお高く止まった感じの悪さと、すぐに強めの力で訴えるところがあるぐらいです!」
エメラルドは、社交辞令的な長所と、えらく私怨のこもった欠点を述べる。フォローしてんだか、けなしてんだかわかりゃしねぇ。
「……エメラルド、強めの力がお望みかしら?」
「ぴっ!」
ルビーの引きつった笑いを向けられたエメラルドは、弱小悪魔が指で潰されたみたいな声を挙げて、俺の鞄の中へと逃げ込む。
「ま、欠点はともかく。なるほどなるほど、ルビーは電子妖精界は優等生……と」
「優等生なんてものじゃないわ。エリートよ、エリート。家柄も高貴ってだけじゃないの。私はエメラルドの一個上の先輩だけどね、普通、一年上なだけで部下を持ったりなんてしないわよ。優秀すぎるので、特別に今の地位を頂いたの」
ルビーは空中で足を組み、得意気に指を三本立てる。
「スクールから数えて、もう既に三つの世界を救う勇者を送り込んだわ。この偉大な記録は、抜かれることはないでしょうね。本当はアンタが話しかけることすら畏れ多いの。……おわかりかしら?」
ルビーは、「愚民どもがっ!」と吐き捨てそうな、嘲った笑みを浮かべる。……やれやれ、自分で自分の優秀さをよくも恥ずかしげもなく言えたものだな。ま、実力は伴っているんだろうけど。それにしても、ルビーはいかにもスポーツバカといった見た目のくせに、才女のお嬢様かよ。
「で、優秀すぎるから、へっぽこなエメラルドを押し付けられた……と?」
「……ふん、部下はエメラルドだけじゃないわ」
……やはりな。自分のことは聞きもしないのにペラペラ饒舌に喋った割には、エメラルドのことには、どうにも煮え切らない態度だ。
「まどろっこしいわね! さっさと、本題に入るわよ! アンタに、どう償いをさせるかって話をするのよ!」
「なあルビー……いつから見ていた?」
ガミガミとまくし立てていたルビーの動きが止まる。なんなら、息までとまたように、ピタリと動きがとまり、ルビーの熱が引いていく。
「……何のことよ」
「とぼけるなよ。俺の栄光への第一歩を阻止したじゃねぇか」
「あー……ああ。ふん、当たり前よ。私達は、不正に電子妖精の力を利用したら、わかるようになってるの」
「わー……へー……そうだったんだぁ。便利なんですねぇ……え、ふせいりよう?」
おずおずといった感じで、鞄から顔だけをちょこんと覗かせたエメラルドは、きょとんと小首をかしげている。
……ああ、こいつまだ自分が利用されたことに気付いていないのか。だが、俺は嘲ったりなどしない。俺は自分の得になるタイプの間抜けには、とても優しい心で接する自信がある。
「そ、そうなのよっ! アタシぐらいに優秀になればね!」
「オーケー、一旦、その仮定を信じるとして、だ」
「疑り深いわね。ホント、なんでこんなのが……」
「最初の質問に答えろよ。いつからだ?」
「今の説明で、わかんないのかしら? 不正がわかってからよ」
ルビーは目をそらして、腕組みした手の人差し指をせわしなくトントンと動かしながら答える。額にはたらりと汗が浮き始めている。
「おいおいおい、そいつはおかしいぞ。……なあ、ここ、見ろよ」
俺は、ルビーにむかって、ノートパソコンの画面を向ける。俺が指を指した位置には、エメラルドとルビーとのやりとりが表示されたテキストエディタがある。
『うわーやめろー! 手首を押さえて、なにをするんですかー! ああっこの格好っ! 勇者様の部屋でみた、薄い本のやつだ! やめろー! ゆりんゆりんになりたくなーい! ゆりたくなーい!』
『ええぃ、そんなことしないわよっ! アタシは健全に生きるんだからっ! だいたい、アンタが、ちょろすぎなのがいけないのっ!』
「……それがどうしたのよ」
「うひゃぁ、勇者様みてたんですかぁ? 自分の言ってることを改めてみせられると、なんか恥ずかしいです」
エメラルドは、またシュッっと顔をひっこめて鞄の中へと戻る。リスかお前は。
「エメラルドは、『勇者様の部屋でみた、薄い本のやつ』と言っている。で、それに対するルビーの返答は、『そんなことしないわよっ! アタシは健全に生きるんだからっ!』だ」
「そ、それが、どうしたったのよ。何もおかしくないじゃない。アンタ何を聞いていたの? ア、アタシは、品行方正の優等生で」
「おいおいおい聞いていたから疑問に思ったんだ。この反応は、明らかにエメラルドの言っている意味を知っている」
俺はずいっとルビーに顔を寄せる。
「……何で、漫画も読まない優等生が、薄い本なんて知っているんだ?」
「…………く、ちが。それは……そ、そうよっ! エメラルドの次の発言を、みてよ、ゆりんゆりんになりたくないとか、なんとか言っていて! だからっ! アタシはっ、そんないやらしいことはしないって!」
目を泳がせ、羽をバタバタと落ち着き無く羽ばたかせて、必死に言い訳をするルビー。
「……ふーん、いやらしいゆりは知っているのか」
ルビーは、顔を真赤にして、悔しそうに喘ぎだす。
「ぐっ……くっ、あっ……か、仮に最初から見ていて、な、何が問題なのよ……じょ、上司だからそれぐらいするかも……でしょ」
「部下が何人もいるのにか?」
「それは……たまたま……みていて」
動揺しているのがまるわかりなのに、ルビーは必死に言い訳を続ける。視線の先では、チラチラとエメラルドを伺っている。
「……ルビー先輩も、大変なんだなぁ……いっぱい、手先がいますもんねー……うふふ」
ま、当のエメラルドは鈍感というかアホの子というか。暢気に、ルビーが困っているのがなんか楽しいといった愉快な面をしてるけど。
「ふぅ……やれやれ」
俺は、エメラルドには聞こえないように、そっとルビーに耳打ちをする。
「止めに来るの……遅かったな」
俺の計画は、ルビーが桁を飛ばさず額を付さしていっただけ合って、ルビーがくるまでかなり時間がたっていた。少なくとも、一時間は経っている。
「あっ……ぐっ……くっ……あ」
ルビーは苦しそうに、胸を抑えて、呼吸をする。ルビーは才女らしいから、俺の言わんとすることを察せなかったわけではあるまい。
「つまり、見ていたのは、職務と関係なくエメラルドを」
「もういいっ!」
ルビーは耳に手を当てて、叫ぶように俺の言葉を断ち切る。
「ぐうっ……こんな、こんな、勘が鋭いだけの鬼畜が勇者候補だなんてっ! 何が、望みよっ!」
……く、ふはは……あはははははは!
イージーイージーベリィーイージー!
堕ちた! あっという間に堕ちた! ニコマぐらいで堕ちた! 才女といえど本物の天才たる俺様の前では、所詮、羽虫にすぎん存在よ!
「さぁて……何でもしてくれるのか?」
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