だいきゅうわ るびー

「うおーまかせろー!」


 エメラルドは青白く発行すると、ノートパソコンの中へと入っていった。

 ……まだだ、まだ。

 電子妖精とはいえ、奴はぽんこつ。安心するにはまだ早い。


「……っ!」


 だが、予兆はすぐに現れた。

 口座残高。108円という寒々しい数値を示していたのが、わずかながらに上昇していく。


「おおっ……おおっ!」


 109、110、111……。


「くくくっ……いいぞ! いいぞ、エメラルド! それでこそ、だ。それでこそ電子妖精だ!」


 我ながら才能が恐ろしい。悪魔的センス。暴力的ひらめき。

 運に対する嗅覚が常人のソレとは、遥かに異なるのよ……!


 見ている間に、残高の上層速度が加速していく。順調に口座残高は不自然に増えていく。

 通常、F5で更新しないと見続けないと増えないはずだ。画面上でリアルタイムに更新していくのが、こんなに愉快痛快なものだとは……!


「……まて。落ち着け。リアルタイム……?」


 危ない。つい興奮してしまって、ある悲劇的可能性を見落としていた。

 俺のノートパソコンの画面上に表示される数字だけが操作されていて、実際の口座残高は増えていないという可能性。……あのぽんこつ電子妖精ならあり得る。


 念のため、スマホを取り出し、別ルートでアクセスし、自分の口座残高を確認してみる。


「……ははっ! くははっはっ! エメラルド! いいぞ、お前は最高に有能な電子妖精だよ!」


 問題ない。実際に増えている。

 その残高はいまや……10万円にまで達し、いまだに増え続けている。

 エメラルドは10万倍といったから、ざっと、1080万円にはなる予定だ。


 一生遊んで暮らすというには心もとないが、なに、十年は余裕で暮らせる。その間に、まー適当に俺の才覚を活かして、増やしていけばいいさ。

 余裕余裕。俺がいままでこんなクッソみたいな暮らしをしていたのは、元手もねぇ、信用もねぇ、人望もねぇっていう俗世資本主義の暗黒面に晒されていたせいだ。

 なあに、頭金さえば、全てが手に入る。何もかもは金で、だいたいのことは解決する。愛なんていう需要は俺にはないし、何も問題はない。ノープロブレム。イージーマネーイージーライフだ。


「……ん? どうした、エメラルド、休憩にはまだ早いぞ?」


 だが、順調だった口座残高の増加に異変が起こった。

 口座残高が、10万8千円になったところで、ピタリと数値が止まる。


 しかし、電子状態となったエメラルドとコンタクトする術を俺は持たない。

 ……ま、どうせ、あいつのことだから、『ふ~ここらで、ちょっと休憩~わたしがんばったぁ~えへへ~』ってクッソみたいな理由だろうが。


「ったく。……だが、今の俺は気分がいい。少しぐらいなら、お目こぼししてやろう。俺様は有能な者には極めて優しいのだ」


 しかし、唐突にテキストエディタが立ち上がり、何か文字が書き込まれる。

 エメラルドからの通信だろうか?


『うわーやめろー! 手首を押さえて、なにをするんですかー! ああっこの格好っ! 勇者様の部屋でみた、薄い本のやつだ! やめろー! ゆりんゆりんになりたくなーい! ゆりたくなーい!』


『ええぃ、そんなことしないわよっ! アタシは健全に生きるんだからっ! だいたい、アンタが、ちょろすぎなのがいけないのっ!』


『ちょろ……ち、ちがいます! これは、すうこうなみっしょんなのですよ! せんぱいは引っ込んでてくださいよぉ!』


 んー……思うに、アホっぽいのがエメラルドで間違いないとして。

 ……もう一人の邪魔をしているファッキンシットサノバビッチサックライフルードクレイジーキッズゴーホームゲラウトヒアなヤローは誰だ?


『これが引っ込んでいられるかってのっ! あばれないのっ! 大丈夫、アタシに任せていれば、大丈夫だか……らっ!』


『ひゃっ、だ、だからっ……もう、その手……離して……力が、入らなくなるからぁっ……んんっ』


『ちょ、ちょっと、変な声出さないのっ! あっ、こらっ……羽が、くふうっ、く、くすぐったいからっ! パタパタしない……のっ!』


『ひゃぁ……らってぇ!』


 ……なんで、俺のテキストエディタで急にR18指定のキマシタワーが立つのですかねぇ。あと、玉緒ちゃんは救われていい。渚ちゃんのルートできゃっきゃうふふすべき世界線があってもいい。異論は認めない。


『あーもう! いいわ! アタシが直接、話をつけてくるから!』


 途端、テキストエディタが閉じて、ノートパソコンの画面が真っ白にポリゴンショック的に光り輝く。


「くっ……!」


 光が収まって……目を開くと。


「ぐぇえ……」


 エメラルドが、頬を赤く染めて、若干涙目で、ぐったりとベンチに寝転んでいて。


「ふんっ、アンタが勇者候補ね」


 勝ち気に腕を組む電子妖精その2が、エメラルドの上に座っていた。

 赤く燃えるような、意志の強そうな切れ長の瞳、短く整えられた短髪。エメラルド同様ファンシーな服ではあるのだが、短いノースリーブの服に、黒いスパッツという動きやすそうな出で立ちという違いがった。あとエメラルドと違って胸はそれなりにあった。


「……お前は?」


 俺は、計画を邪魔されたという憎しみを持って、自分でもびっくりするぐらい低い声で名を尋ねる。


「悪党に名乗る名はない」


 ふんっ、と鼻息を吐き。吐き捨てるように赤い電子妖精は言い放つ。

 おお……これはこれは。俺に、人間らしい感情が満ちあふれてくる。こんなにも……論理性を失いそうになったのは、三歳児以来かもしれない。

 civシリーズでいうところの、こんにちWAR。お前は私の計画を邪魔したのだぞ!(-108)。貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。パパパパウワー(ドドン……ってやつだ。


「……ルビー先輩……重い……どいてぇ」


 名前はあっさりわかった。赤いからルビーか。

 なんで、電子妖精なのに、宝石なのか。どうせ、鉱物にするなら、カパーとかシリコンとかにすれば、電子妖精っぽくてスッキリするのに。エメラルドはカパーってのがお似合いだぞ。材質の性質とか全く関係なく、響きのイメージだけだけど。


「……あっさりバラすな。それにアタシは重くない」


 ぺちと、エメラルドの頭を叩くが、ファッキンカレイドルビーは照れくさそうにエメラルドからどいて浮遊する。


「ふんっ! で、あなた、私利私欲のためにエメラルドを利用しようとしたわね?」


 ルビーは不躾に俺の眉間に人差し指を勢い良く突きつける。


「ああ、もちろん」


 俺は言い訳することなく。悪びれること無く、素直に認める。


「ええっ! 私利私欲だったのぉっ!」


 一名、ついていけてない奴がいて、目をまんまるに見開いている。。

 まあ、あいつは今はいいや。今はこの目の前の邪魔者にどう対処するかを、考えるんだ。


 ……冷静に。怒りの炎をただ発散させるのではなく、思考回路の回転数を挙げるための、動力源に回して。

 それこそが、俺様のスマートなやり方ってものだ。


「このっ……ぬけぬけと、エメラルドをっ! 絶対に……許さない!」


 言い放った瞬間、ルビーは肩を震わせ、憎々しげに俺を睨(ね)めつける。


 結果は、予想通り、上々なものだった。

 ……やはり、俺とルビーはタイプが違う。一生、相容れないタイプ。

 これだけわかっただけで、探りを入れるには十全すぎる。


「なるほど……許さないときたか」


「当たり前よ! たとえ勇者候補ったってね、限度ってものがあるんだからっ!」


 ルビーは、小さな身体からは想像できないぐらいに、けたたましくまくし立てる。

 俺は、涼しい表情で聞き流すと、両掌をルビーに向けて、静かに諭すように聞き返す。


「限度、限度ね……なるほど」


「……なにが、おかしいのよ?」


 俺はくつくつと皮肉気味に笑う。


「いいや……怒りを俺に向ける様がおかしくてね」


「なんですってぇっ!」

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