だいはちわ ひゃくはち
「えっ? 勇者様と……わたし?」
エメラルドは、自分のことを指差して、キョトンとしている。
自分で自分を指している指を、今にもパクリと食いついてしまいそうな間抜け面だ。
「おいおい、何を呆けているんだ? 特別なことを言ったつもりはないのだがな」
「で、でもでもっ! だって、私ですよ? 私はその……かわいい顔をしてますし、性格も健気で、道端の」
ふぅ……お空が綺麗だなぁ。風も気持ちいい。小休止。閑話休題。
俺の特技は、冗長でミーニングレスな戯言に、脳内リソースを一切割かないようシャットアウトして、真剣な顔をしていれらることだ。
「……でも、電子妖精界でも落ちこぼれで、成績最下位で……だから、こんなブラック担当に甘んじちゃってるんですよ?」
ようやく三分ぐらいの長話が終わったようだ。
「……時に、お前は、なぜ異世界への転生者を募っているんだ?」
「それは……お仕事だから?」
「違う。お前個人の理由じゃない。組織としての理由だ。……マニュアルとやらには書いていなかったのか?」
「ええと……」
エメラルドは、こめかみにあてた両手の人差し指をくるくると回すという、ハゲた屁理屈坊主のクソガキじみたポーズで、考え事をしている。
そのポーズをすれば、電子妖精は、脳内から検索でもできる機能でもあるのか? あるいは仮にも電子妖精だから、どこぞのデータベースにアクセスできるのか?
……脳内完結でググれるならそれはそれで便利だな。俺にはもう必要ないが。世の中の学生に向けて、殺し合いのバトルロワイヤルでも開催できそうな悪魔じみた能力ではあるな。
「うーん……私はその……新人の下っ端ですから、あんまり上の事情とか思惑はわからんですたい……あはは」
急に鈍った上に愛想笑いを浮かべやがった。怪しさがマックスだ。
だけどまあ、上まで全部、エメラルドみたいなぽんこつ妖精ってこたぁないだろう。
「ようは、全く別の血を入れたいってことだ。停滞した世界の中だけで、漫然とイノベーションやブレイクスルーを待つなんて、ナンセンスだぜ?」
「あのう……私、この国の言語はできるのですけれど、意識高い系地方の言語は……ちょっと勉強不足なのです。……あう」
エメラルドはおずおずとトイレにでも行きたいかのように、右手を挙げる。
ははは、なかなかいい煽り返しだ。レスバトルなら、一息ついて冷静にならないと、長文煽りを入れてしまったことろだ。そんなことをすれば、外野から必死認定されて理不尽なクソダサ敗北をしかねない程度には効いたぜ。
すーはー。すーはー。俺は大人。大丈夫。優しいティーチャー。
「バケツの中の氷水は、いくら待とうが急に沸騰しない。沸騰させるには、他所から熱した石でも持ってきて投げ入れたほうが、手っ取り早い」
「……おーなるほど。つまり、ファンタジー世界が氷水、勇者様が熱した石ってことですね。勇者様はどっちかっていうと、道端の日陰で苔でも生えてそうな小石って感じですけど!」
「コロ」
「コロ? わんわんの名前ですか?」
……危ない。エメラルドのナチュラルボーン煽りはなかなか危険だぜ。ボディーブローのように効いてくる。
脳死反射しそうになった。煽りスキルは、三重に封印しなければ。
「ゲフン……ゲフン。異世界で特別なのは俺。……では、俺の居るこの世界で特別なのは?」
「えーと……あっ、もしかして……私?」
俺は、コクリと首を縦に振る。
「だから、お前は特別。偉い。すごい。かわいい。尊い。熱した石」
頑張れ俺の語彙力。
「えへへ……そんなでも」
我ながら酷い褒め方だが、単純ぽんこつな、エメラルドは両手を頬にあてて、すっかり蕩けた顔を浮かべていた。
よし、こいつにめんどくさそうな講義で頭をたっぷり疲れさせた後に、褒め殺しで思考力を奪う。
……頃合いだ。
いきなり、本題に入らず。
たっぷりと回り道をして、外堀を固め。
俺を尊敬させ、自尊心も満たしてやり。
相手の思考力を奪う。
「片腕として、巨悪を倒す腕となれ。立てよ英雄エメラルド」
「えいゆうエメラルド……おおっ!」
……エメラルドの瞳に、キラキラとした輝きがます。
「だから、ある悪の大組織のとある数字を書き換えて、陰謀を防ぐのだ。やれるな? 特別で素晴らしい力をもったお前なら」
「もちろんです! 任せてください! 私はすごい!」
「電子妖精は契約を重んじる誇り高き種族と効いている。相違はないな?」
今考えた設定だけど。
本当かどうかは知らんけど、流れでいけそう。
「そうですよー! しかも、大英雄エメラルド様はすごくかわいいので、困った人たちを助け、巨悪を倒すすごいスーパーヒーローなのです!」
大英雄エメラルド様は、あんまりない胸を、どんと叩いて。
「だから、頼まれれば、なんでもきいちゃうのですっ!」
「――その言葉が聞きたかった」
俺は、家から持ち出したノートパソコンを勢い良く開く。
場所を移して、この公園に来たのにはわけがある。寂れた公園に監視カメラもなく、鬱蒼とした雰囲気で人も居ない。だというのに、近くの施設から野良の無線ネットワーク環境がわりと飛んできており、すぐハックし放題だ。
キーボードを高速で叩きハックしていく。ハッキングはコンピューターの専門家にとって、基本的な嗜みだ。CUIは友達。emacsとviはもっと争え。
「おおお! すっごい早いタイピングですね! さすが勇者様」
「まあな。お前の手を最初から煩わせるのも悪い。これは俺とお前の共同作戦だからな。俺もお前は二人で一人の英雄だ」
「ん~! いいですね! その響き! えへへ……成績ビリの私が百年に一度の大英雄」
とはいえ、銀行のシステムとなれば、話は別。いかな天才的なハッカーといえど、無理難題ってものだろう。
しかし……今の俺には、電子妖精エメラルドという武器がある。
証拠は残さず。痕跡も残さず。この世界では存在しないテクノロジーとも魔法ともつかない何か。
……ククク完璧! 完璧! 完璧だ!
「あっ、勇者様! はじめて笑ってくれました! すっごい邪悪な顔ですけど、大丈夫です。かわいい私が側に居ますから、なんとか銅像が立つ時にはプラマイでプラスになります!」
だめだ……まだ、笑うな。
異世界なんてどうでもいい。俺の世界はようやく……救われる!
「ふぅ……後は、お前の仕事だ。さっき、なんでもするって言ったよね?」
「はいっ! 任せてください!」
俺は口座番号を残金などを、コンマ数秒で考えた適当な理由を伝える。
残金は嬉し恥ずかし、108円だ。税込みで100円の何かが買える。自販機でジュースは買えない。
「じゃあ、ちゃちゃっと数字を言われたとおりに108って数字を……10万倍ぐらいにしてきますね! 任せてくださいっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます