だいななわ えいゆう
「おおお! とうとうやる気を出したのですね勇者様!」
好都合だな。この電子妖精。
「ああ……だが、そのためには、エメラルド。お前の力が必要なんだ」
「……え」
エメラルドは、信じられないものをみるように、目をパチパチと瞬かせる。
「わ、私の力が……必要?」
「そう、電子妖精エメラルドの優秀な力が……な」
「ゆうしゅう……」
エメラルドは、頬をぽうっと赤くして、酔っ払ったような腑抜けた表情になる。
「し、仕方ないですね。どうしてもと言うなら協力しないこともないですよ」
上半身だけを左右に揺らして、エメラルドはご機嫌に浮遊すると。
左手を腰に、右手の人差し指を俺へとビシッと突き詰めて、キリッと顔を引き締めているっぽい間抜け面の電子妖精は早口でまくしたてる。
「なにせ、私は優秀で世界一ですっごくかわいい正義の電子妖精エメラルドですから!」
そこまでは言ってねぇよとツッコミたくなったが。
機嫌を損ねないように、飲み込んでおく。目的を達成するまでは平身低頭。これ世渡りの基本ね。くっそ汚い大人の世界で揉まれた俺は、悲しくもこの現実を思い知ってしまっている。残念ながら、プライドは金になんねぇ。金でプライドは買えるけどな。
「そうそう、えー……すごくてやばくてーえーひらひらの」
やばいな。人を褒めることなんて普段皆無だから、語彙力が三歳児並になっている。
自分でも驚きの白々さだ。眩しくて目が潰れちまいそうだぜ。煽る目的で、褒め殺すことなら得意なんだがな。
よし、煽ろう。
「ああ、能力は優秀なエメラルドに、ぜひ解決して欲しいことがある」
「えへん」
あ、ちょろ。
コイツ、皮肉が通じないタイプのアホの子だ。
「でだ。俺の住む、この世界にも、貴族制度はある。貴族がどんなものか知ってるか?」
「えへん。ばかにしないでください。ファンタジーなら得意分野ですよ! なにせ、世界一ですから!」
豚もおだてりゃ木に登るというが。
電子妖精はおだてていけば、大気圏を突破できるんじゃなかろうか。宇宙空間で電子妖精は生存できるのか、それはそれで興味が湧くな。
「えーっと……そうそう。すっごく偉いですよ! こう、身分が高いんです! だから、お嬢様な感じで、ティータイムにメイドさんがケーキを焼いてくれるのです!」
コイツも俺に負けじ劣らじの語彙力の低さをみせつけてくれる。具体的なイメージは、微妙に、英国よりだし。英国貴族なんて、ファンタジーからはまた違うものだろうに。19世紀のイメージが強すぎなんだよ、あの国は。
「当たらずとも遠からじといったところだな。そのイメージは、後から付いてきたものにすぎない。言うならば、原因ではなく結果だ」
「ふぇえ?」
意味がわからないのか、エメラルドは小首をひねる。
「貴族の本質は土地を持っていることだ。もっと正確に言うならば、土地の権利をもっていること。領主というだろう?」
「え、ええ……広いお庭のあるお屋敷に住んでいるのです」
えらくスケールダウンしたな。話が噛み合っていない気がするが、いちいち細かい訂正をするのもめんどくさいので、まあいいや。
「ま、簡単にいえば金があるのさ。土地があるから金を生む。金があるから人がかしずく。人かかしずくから、権威が生まれる」
エメラルドは、必死に理解しようと、足し算を習いたての小学生がするように指を折って考えている。数字の要素なんて、微塵もないはずだが。電子妖精だから、全て計算として処理されるというのならば、それはそれで尊敬しないでもない。まあ、微粒子レベルで存在すると同程度の可能性だろうが。
「つまりは……権威ってのが、そのまま身分だ。大抵の人は、死ぬぐらいなら、頭を下げておく方がマシなのさ」
エメラルドはハッとしたように、ぽんと手を打つ。
「なるほど……わかりました! つまり、どんなに性格があくろばてぃっくにネジ曲がっていても、頼みを聞いてもらうために、いじわるを言われても健気に我慢すって話ですね!」
うん、自分のことに置き換えたら理解できたようだ。
あ~ちょーっと、ファンシー妖精に抽象的な大人の議論はむずかしかったかなー。ごめんねー。だけど、俺は許しちゃうよー。自分の利益になるからねー。
「だがな。人間っつーのは、愚かなもんで、その大切な前提条件を忘れちまうもんなのさ。自分だけで偉いって勘違いをやらかしてしまうのさ。……だから、限界を見誤って、民草を殺しにかかる」
俺は、目をすっと細めて、流れゆく夕焼け雲をじっと見つめる。
……敢えて、そのまま、何も言わず。ただ、木の葉が風で揺れる音だけが、静かに場を支配する。
「……あの、で、でっ、その……わるい貴族はどうなってしまうのですか?」
「ん、どうにもならねぇよ? 民草が死ぬだけだ」
「えー……そんな。……ひどい」
「現実なんて無味乾燥なもんよ。夢じゃねぇんだ。前提条件を忘れているのは、民草も同じそういうことだ」
「あ……う」
エメラルドは何か言いかけるが、キュッと唇を結ぶ。言い返そうとしたのだろうが、思い当たる節があるといった感じだ。
……よし、上々。
上々だ。
我ながら己の才覚が怖くなるぐらいの、パーフェクトな運びっぷりだ。
「だが、稀に……異端者がいる」
「え?」
俺はフッと口の端を、皮肉げに歪める。
「与えられた前提条件を更地にし、世界をフラットに見渡す者。――英雄の資質」
「おおっ!」
途端、エメラルドがパタパタと羽を激しく羽ばたかせる。
「英雄が、世界を変える力を持った時。世界は変革する」
「おおっ! おおおおっ! やりました! やったー!」
エメラルドは、ばんざーいっと両手を嬉しそうに上げている。
思考実験上だけでも、世界が救われたのが涙ぐむほどに嬉しいみたいだ。
……やれやれ、幸せな電子妖精だ。
「おいおい、暢気に喜んでいるようだが……ピンとこないのか?」
「ほえ?」
エメラルドは最大級の間抜け面を浮かべる。なんなら、アホ毛がぴょこんと跳ねる勢いだ。
「『英雄の資質を持つ者』と『世界を変える力』……つまりは」
俺は真面目な顔をして、初めて、エメラルドの小さな手をがしっと掴む。
エメラルドは照れてなのか緊張なのか、きゅっと身体を硬く強張らせる。
「俺とお前だ」
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